ジークフリート卿編
3月14日。
この日は僕にとって最重要ミッションを遂行する必要がある。
ゆえに。
万全の体制であるために、休暇を――。
「ジーク副長官。長官がお呼びです」
「何ぃ!?」
長官に呼ばれた時。
それは1%で良い話。残り99%は厄介な話と相場は決まっている。
ならば。
長官室に到着し、彼の前で敬礼すると――。
「長官、お話があります!」
「……ジークフリート卿、何の真似だ!? わたしより先に発言するとは!」
「あらかじめお伝えさせていただきます。3月14日は休暇をとるつもりです。そう、二週間後の話。これだけ前もって宣言しているのですから、認めていただけないと困ります」
「構わん」
「!」
「休暇をとりたくば、14日までにこのリストにある殺し屋をすべて捕えろ」
そういうと長官は自身の執務机に巻物を広げる。
「な……!」
ズラリと並ぶその数、目視でおそらく五十名ほど。
「なんでこんなに大量に!?」
「どこぞやかの国のお偉いさんが、レグルス王太子殿下とコルネ伯爵の暗殺に懸賞金を出すと裏社会に向け宣言した。名乗りを上げ、入国したのがこの約五十名だ。殲滅するため、敢えて国内に入れ、泳がせている。半分以上は所在を掴めているから、部下を動かせばいい。残りは所在を調べた上で、叩く必要がある。まあ……ジークフリート卿なら……手こずるのは一人か二人、だろう? 見事全滅させた暁には、一日とはいわん。一週間は休んで構わないぞ」
「く……たった二週間でこの数の相手をしろ、と?」
「そうだ。しかも全員、プロの殺し屋だ。腕が鳴るなぁ、ジークフリート卿」
そこでニヤリと笑う長官こそを抹殺したくなるが、深呼吸でクールダウン。
このリストの殺し屋を始末すれば、一週間休める。
(一週間、リエットのそばにいられるんだ……!)
「長官、男に二言はないですよね? 全滅させたら、一週間の休暇をいただきますからね?」
◇
「ねえ、ジーク、お願い! 愛しているの、あなたのこと!」
「ははは、僕と君は敵同士。残念だが、どうにもならないよ、マデリ」
「いや! 私はジークがいればそれでいい!」
「……ダメじゃないか、マデリ。チャンスをあげたのに」
「そのチャンスにちゃんと応えたわよね、私?」
「……」
チラリと時計塔に目をやる。
間もなく二十一時。
リエットの仕事が終わる時間だ。
「組織の情報、全部話すわ。だから私と一緒に逃げて!」
「すまないが、タイムアウト。君にかけられる時間はここまで」
「え、ジーク……?」
首に絡まる腕を振りほどく。
甘ったるい香水に辟易しながら。
「君、プロの殺し屋なんだろう? 愛だの情だのにほだされて。でもさ、そういう人間的なところがあるから、君は普通の生活も送れる――そう思った。僕の言う通り、ここから退去して、組織から足を洗えばいいのに……。僕なんかに執着して。それが命取りになるって、わからないかな?」
「そんな、ジーク!」
「悪いが、最初から言っている通り。僕は君を愛することはない。心に決めた人がいるから」
「でもなびかない女なんでしょう!? そんなジークの良さわからないバカな女なんて」
リエットのことを“バカな女”呼ばわりしたのか、この女は。
その細い首をへし折りたくなるが、我慢する。
「ロイド。前言撤回だ。捕らえて地下牢へ連行しろ」
「はっ、かしこまりました。ジーク副長官」
「な……ちょっと! ジーク! どういうこと!? 二人きりで会おうと言っていたのに!」
女の叫び声を背に、歩き出すと、諜報員の一人が僕に続く。
ため息と共に、その部下に尋ねる。
「あれ、本当に世界的に有名な女殺し屋・ファム・ファタールのマデリなのか?」
伸びをしながら欠伸をすると、新人諜報員は顔色を変えて応じる。
「そ、そうですよ! 氷の女、鉄壁の女と言われて、暗殺率100%! っていうかジーク副長官、えげつないですよ。キスもしていない、抱いてもいない、それであのマデリを完全に骨抜きにして。組織の情報まで渡すと言わしめるなんて……! 一体、どんな方法使ったんです!? ジーク副長官だったら、落とせない女性なんて……いないですよね!?」
「ははは、新人。痛いところをつくな」
「へ?」
「ジーク様に落とせない女性はいない……そう思うよな?」
「思います。ジーク副長官だったら、男でも、たとえゴリラやチンパンジーの雌さえ落とすことができそうです!」
「新人、変なたとえはやめろ。だが言わんとすることはわかる。……そうだろう、このジーク様だったらどんな女性でも骨抜き……」
そのはずだが、どうやっても落とせない女性がいる。恋愛経験などなく、初心なくせに驚くほど手強い……。
(ああ、リエット……。こんなにも愛しているのに、なぜ伝わらない……!)
千人の女性の愛を得るより、得たいのはたった一人。ただただ欲しいのはリエットの心。
結婚なんて一生するつもりはなかった。
だが今の僕は――。
リエットの愛という名のがんじがらめの鎖で、全身を縛りつけて欲しいと願っている。
◇
「えっと、ジーク」
「なんだ、リエット?」
「この舶来品のメープルシロップとピーナッツ。これは初めて見たし、ありがたくいただきます。でも……」
「リエット。遠慮はいらない。そしてメープルシロップとピーナッツの方がおまけ、だから。両方とも、ジーク様ならいつでも手に入れてやる」
「……」
「ほら。受け取って」
「いや、無理です。というか……明日も仕事なんで、もう部屋に戻りたいのですが」
「そんな……」
3月14日のチョコレートのイベントのお返し。
手に入ったこの大陸ではほぼ見かけることのないメープルシロップとピーナッツ、さらには僕自身をギフトとしてリエットに贈ろうとしたら、まさかの「いや、無理です」と言われるなんて……。
(せっかく五十人の殺し屋を全滅させ、シルクの美しい碧いリボンもつけてきたのに! リエットにシュルッとほどいてもらい、そのままシャツのボタンもはずしてもらって、ベッドに押し倒してもらう計画だったのだが……)
「はぁ。仕方ない」
肩を落とし、リエットとは反対方向に歩き出したまさにその時。
「ジーク!」
リエットに名を呼ばれ「!?」と驚いて後ろを振り返る。
「……チョコレートのイベントのお返し、貰えないと思っていました。もう夜だし、みんな昼間の明るい時間に受け渡しをしていたから。でもジークは三月に入って特殊な任務についていると聞きました。長官からの直接受けた重要な任務に。だから……その任務の合間を縫ってこうやってちゃんとお返しをくれたこと。『ありがとう、リエット』と言ってくれたことは……嬉しかったです」
視線を伏せ、顔を赤らめながらも懸命に言葉を紡ぐリエットを見ていたら、「好きだ」という言葉以外は考えられない。
ターゲットに向かう時よりも素早くリエットの元へ向かい、その小柄な体を抱きしめる。
「ちょ、ジーク!」
「リエット、愛している!」
「く、苦しい、離して、バカジーク!」
「やだ! 離さない! リエット、本当に大好きなんだよ!」
このままキスをして、押し倒すことぐらい、簡単にできる。
できるのに、できない。
(好きすぎて、これがせいいっぱい! キスをしたいし、抱きたい! でも、できない!)
千人の女性の愛を得るより、得たいのはたった一人。ただただ欲しいのはリエットの心。
どうやっても落ちてくれないリエットの心を求め、3月14日が終わった。
お読みいただき、ありがとうございます!
物語の内容と更新タイミングが完璧にシンクロ
まさに同時進行する並行世界でジークが……!
(作者が中二病な件w)
何はともあれ、今回もとほほなジーク
でも時系列的にこうなるしかないのだよ、ジークくん……!
ということでホワイトデーが終わりました~
奇跡的に物語の進行とリアルの季節が連動しています!
次は……4月上旬の週末目指して新話を用意
しばし執筆時間をくださいませ☆彡
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