ミッション
支配人室は地下にあった。窓はなく、ランプの淡い明かり照らされた部屋に入ると、時間がわからくなる。
(カジノで窓がないのは常套手段。そして無料で配られるアルコール。時間間隔を失わせて、酔わせ、掛けさせて、有り金を巻き上げる……)
『これはこれは。初めてお目にかかります。ザ・カイルの支配人のアーヴァインです。ご夫妻は随分と勝ちが続いているようで』
『ええ、ハニーが勝利の女神なんですよ! 彼女がそばにいてくれるだけで、僕は勝ち運に恵まれる!』
『あははは! それはそれは。でもお美しく、グラマラスなマダムだ。勝利の女神……確かにそう思えますな。ささ、どうぞ。女神の幸運にわたしもあやからせてください』
支配人がソファ席に誘い、そのローテーブルにはひと目で高級とわかるシャンパンやワイン、ブランデー、チョコレートに葉巻、この時期では温室で栽培されるオレンジも置かれている。
(……食べたいし、飲みたい)
でもジークから敵地で飲食は禁止と言われている。そういう前提の場なら、あらかじめ準備して挑む。その必要がない場面では、敵が出したものを口にいれるのは厳禁と言われていた。
(まあ、当然と言えば当然よね……)
毒を盛られたら元も子もない。年齢を誤魔化しているのでシャンパンを渡されたが、それも飲んだふりをするだけだ。
ふり。
ジークはお酒を一口も飲んでいないが、その頬が少し高揚とした様子。トロンとした感じの瞳と言い、ほろ酔い状態にしか見えない。
(舞台俳優顔負けの演技力だわ、ジーク……)
『……なるほど。リフレア男爵、ですか。王都では聞かない名ですが、デンバーからいらしたのですね』
『そうなんですよ、アーヴァイン支配人! ハニーとの新婚旅行です。初めての王都は……いやはや驚きましたよ! 見たことのないデザインのドレスを売るお店があったと思ったら、絢爛なオペラハウスもある。宮殿なんて端から端まで見るのに何日かかるのかという大きさです。……まあ、国王陛下に呼ばれたわけでもないので、中に入ることはできませんが。有料で観覧できる庭園にハニーと一緒に行って来ましたよ!』
ジークの嘘八百には舌を巻くしかない。よどみなく滔々と語るので、まさか嘘だとは……誰も思わないだろう。
『カジノはよくされるのですか?』
『まあ、ほどほどに。といってもデンバーのカジノなんて、居酒屋の延長みたいなもので。こことは大違いですよ。ここはゴージャスなシャンデリアに美しい給仕の女性、酒はいくら飲んでも無料。ディーラーも美女揃い。しかも勝てる! こんなに勝てるのは初めてですよ!』
そこでジークはシャンパンの入ったグラスを手に、大仰な動作をする。
その瞬間。
『きゃっ』
『ハニー! すまない!』
ジークとは打ち合わせの通りで、今の動きで彼の持つシャンパンが飛び散り、私はソファから立ち上がる。
『ダーリン、ドレスにシャンパンが飛んだわ。染みが心配よ。レストルームへ行ってくるわ!』
『あああ、ハニー、すまなかった! 僕も付き合おう!』
『いいのよ、ダーリン。わざとではないのだから。私一人で行ってくるわ……って場所がわからないわね。どなたか案内いただける?』
支配人は「面倒ごとを起こしやがって」と思っているはずだが、完璧なポーカーフェイスで女性スタッフを呼び、私をレストルームへ案内するように命じる。
(さあ、ここから金庫と重要書類を隠していそうな部屋を探す必要がある。ジーク、私が動けるよう、支配人は頼んだわよ)
心の中でそう思い、ジークの顔を見る。その顔には「任せておけ、リエット」と書かれている気がするし、本人は綺麗なウィンクをしてみせる。
こうして私は支配人室を出て、レストルームへと向かうが、廊下で用心棒がウロウロしているわけでもない。レストルームで女性スタッフを簡単に気絶させることができた。
私は早速、順番に部屋を見て回る。
ジークの読み通りで、支配人室のあるフロアにはワインや高級葉巻の貯蔵庫、金庫室があり、そして――。
そこは支配人室……VIPを招き入れる部屋とは別の、彼の書斎に当たる部屋を見つけることができた。棚を確認すると、それは金の貸し出し名簿がある。
(……額としては少額ばかり。この棚にあるのは小物の貴族だけね。そうなると……)
金属製の金庫が置かれていた。
(この中で間違いなさそうね)
鍵式の金庫は間違いなく、鍵を数名で管理しているはず。
(でも鍵を探す必要はないわ。このカジノは三十分以内に摘発される。いざとなれば金庫を破壊すればいいのだから)
つまり金庫の場所さえちゃんと把握すれば、今はOKだった。
(よし。支配人室に戻り、すぐに撤収よ!)
女性スタッフがレストルームで気絶していることは、遅かれ早かれ発覚する。そうなると私が怪しまれ、漏れなくジークも「何者だ!?」と疑われるだろう。そうなる前に退散だ。ここからは一秒を争い、動く必要がある。
迷路のようになっているフロアだが、支配人室の場所はバッチリ覚えていた。足早に移動し、この曲がり角を曲がったら……。
『おいおい、そう手荒にするなよ』
『ふざけるな! いかさまをしたお前のような人間を、手厚く扱う必要なんてない!』
『いや、今回は一度もいかさまはやっていない。やるまでもなく勝てたんだ』
『そんなわけないだろう! その見え透いた嘘をついたことを、泣いて詫びるようにさせてやる!』
怒り心頭の支配人を先頭に、用心棒に両肩をそれぞれ掴まれたジークが部屋から出てきて、私は「!」となった。するとジークはまるでここに私がいると最初からわかっていたかのように、こちらを一瞬振り返る。
その顔に焦燥や不安は感じられない。
(!? どういうこと? ジークがこんなふうに連行されるなんて計画にない!)
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