彼女はお客様。
成金男爵夫妻として、闇カジノに潜入し、派手にお金を使い、目立つぐらい勝ち続ける。
勝ち続ける……ジークは恐ろしいほど勝負事に強かった。いかさまはしていないのに、本当に勝ってしまうのだ!
『ジーク、あなた何者なんですか!?』
『うん? 僕は諜報部ミラーの副長官で、リエットの最愛、だろう?』
そう言ってジークは完璧なウィンクを披露する。
『絶対に違う気がします。……本職はギャンブラー!?』
『まさか! 僕はただリエットのおかげで勝てているだけだよ。でもまあ賭け事で負けたことはない』
『一度も!?』
問いかえす私にジークは余裕しゃくしゃくで答える。
『一度も。諜報部の任務でも負けなしだ。……あ、あいつは別だ。あれは……ノーカウントだな。勝負をしていないし。そして今日の摘発作戦も間違いなく、成功させる』
『あれはジークの負けだと思います』
『まったく僕のハニーはつれないな。そんな意地悪を言うなら……この作戦が成功したら、ずっとお預けになっているリエットの唇を奪うぞ!』
そう言うとジークが私をぎゅっと抱き寄せた。
この日のために髪をバターブロンドからダークブラウンに染め、ほくろもつけたジークは、それだけで別人に見える。なんというか、醸し出すオーラが普段と全然違う。奔放で自由で、どこからどう見ても、成金男爵でギャンブラーにしか見えなかった。
『ちょっとジーク、どこに顔を近づけているんですか!』
『リエットの今日の香水はバニラか……やっぱり甘い』
ジークの鼻が胸の谷間に近づき、なんだか体の芯の部分が変な気持ちになる。
『……くっ、ジーク! やり過ぎだと思いますっ!』
『しっ。用心棒が近づいてきた。どうやら成金男爵リフレア夫妻のド派手な勝ちぶりに、ようやく目をつけてくれたようだ』
そこで黒服の用心棒がジークに声をかける。
『お客様。当カジノでは初めてのご利用ですよね?』
ジークと身長は変わらないが、肩幅が広く、大きな一枚岩のようないかつい男性がこちらを見る。
『ああ、そうだよ。デンバーから来た。このカジノはアントネッロ伯爵の紹介で来たんだが……。王都についてからアントネッロ伯爵の屋敷を訪ねたら、もぬけの殻だ。一体何があったのか。君、知っているかい?』
すっとボケた様子でジークは話しているが、アントネッロ伯爵は一カ月前ぐらいに別の闇カジノの摘発で逮捕された有力貴族の一人だった。もちろん、目の前の用心棒はアントネッロ伯爵が逮捕されたことを知っている。だから眉をしかめ、今の話を聞かなかったことにして話を続ける。
『支配人が勝ち続けるご夫妻にあやかりたいそうです。支配人室でヴィンテージシャンパンやブランデー、葉巻、チョコレートなどをご用意しています。……特別なお客様のために』
『おおお、それはもしやVIPな待遇を受けられる……ということか!? ハニー聞いたか? すごいぞ』
そこでジークが頬にキスをするので、本能で手が動いてしまう。だがジークは瞬時に私の手首を掴み、自身の腰の方へとぐいと引く。そのせいで私はジークの胸の中にぽすっと収まることになる。
『ぜひ支配人による特別待遇を受けてみたいな。案内、してくれるかい?』
『もちろんです、どうぞ、こちらへ』
成金男爵リフレアを演じるために、ジークは普段吸わない葉巻も口にしている。テールコートからはその葉巻の香りがして、いつもの爽やかなミントとは違い、なんだかとってもアダルト。
『よし、行こうか、ハニー』
エスコートではなく、そのまま私の腰を抱き寄せジークが歩き出すので、その体に密着した状態になる。
引き締まった胸板、力強い腕、さらに脇腹に筋肉を感じるのは、かなり鍛えている証。
(多分、服を脱いだジークは、美術館や博物館で見るような、彫像みたいに完璧な体をしているはず)
それはもう自然な羨望の気持ち。警棒を使い、日々訓練を続けているが、女性はなかなか筋肉がつかない。
『どうしたリエット? この髪色の僕が気に入ったか?』
『……任務に集中してください』
ジークの体は拝みたい気持ちになる。だが口はやはり縫い付けておきたい。
『お客様、こちらです』
『随分、のぼったり、くだったり、曲がったりだったね!』
『そうですね。支配人室は特別で、誰でもご案内するわけではないですし、関係者以外に来られても困りますから』
『なるほど。いやー、僕は無理だね。案内してもらえないと、外には出れないよ』
そう言ってジークは肩をすくめるが、それは、はったり。
諜報部では歩数を諳んじて当たり前。その歩数から移動距離と時間を瞬時に計算する。しかも目に付くものをランドマークにし、迷うことはない。それにランドマークになるものがないと、作る。
迷いそうな場所を通り過ぎる度に、私はさりげなくブレスレットの模造パールをひと粒ずつ落としていた。
(これで仲間の諜報部のメンバーも私たちの後を追えるし、私とジークは脱出ができる)
用心棒がぶ厚そうな鉄製の扉の前で立ち止まった。
そこには屈強そうな男が手を前に組んで立っていたが、私たちを見ると頷き、扉をゆっくり開けた。
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