弐
「さて、なんでしたか。そう、滅びの運命とおっしゃってましたが具体的にはどのような事でしょうか?」
老人や周囲に居る者たちの困惑を無視して話を進め出したルクスリア。
「あっ、ああ、そうじゃ!滅びじゃ!今、我が国は滅びの運命に呑み込まれようとしておるっ!!」
「ええ、ですから具体的にお願いします。契約内容が決まりませんので」
どうにか再起動した老人が熱のこもった声を上げるがルクスリアは平淡な声でその先を促す。
「そ、そうじゃな。け、契約?」
「ええ、契約です。私はお望みを叶えます、そして貴方にはその対価を支払っていただく。それだけのことですが、何か問題が?」
淡々と言葉を述べるルクスリアに老人は慌てて声を上げる。
「無いっ!何も問題など無いっ!望むものは何でも支払う!!じゃから勇者よっ!!帝国の侵略から我が国を守ってくれっ!!」
「侵略ですか……」
ルクスリアは掌を上に向け右手を胸の辺りまで上げる、すると何もない空間から羊皮紙と羽ペンが現れた。
「はぁ、こんなことなら使わなくても最新のツールを貰っておくんでした」
うんざりとした声でそう言ったルクスリアは右手に羊皮紙を持ち、左手に持った羽ペンを自身の右手首に突き立てた。
「なっ、何を!?」
「あぁ、お気になさらず。つまりこの国に攻め込んで来た敵兵を排除すればよろしいのでしょうか?」
相変わらず周りの困惑にはお構いなしに話を進めるルクスリアに周囲に並ぶ顔には疲れの色が浮かんでいた。
「あぁ、そうじゃ。帝国からの侵略軍が三万。今、我が国に攻め入ってきておる。どうか、それを退けてはくれぬだろうか」
「なるほど……。敵兵三万の排除、それが貴方の望みということですね」
「……そうじゃ」
ルクスリアは頷き、羊皮紙に何やら書き込んでいった。
「わかりました。次に報酬の話ですが?」
「う、うむ。……それで、そなたの望みはなんじゃ?」
老人にしてみれば、今まで非常識極まる言動をしてきたルクスリアの要求である。自然と声にも警戒の色が交じる。
「では、貴方のお望みが叶いました際は宝石を対価としていただきます」
「宝石?……本当に、それでよいのか?」
「はい」
平坦な声で答えたルクスリア。
肩透かしを食らったような思いであろう。老人はもっと突拍子のないことを要求してくると予想していたのだから。
「よかろう。そなたが帝国の兵を退けたあかつきには、宝物庫にある宝石を好きなだけ授けよう」
「いえ、ひとつだけでけっこうです。貴方の持つ宝石を一つ、それがこの依頼の報酬です」
ルクスリアのこの言葉には、さずがにこの場にいる全員が訝しげな視線を向けていた。
「一つ。……たったそれだけで良いのか?」
「ええ」
「敵の数は三万じゃぞ」
「はい」
「その対価が、たった一個の宝石で良いと申すのか?」
明らかな不信が見える老人の表情。それに対してルクスリアは相変わらず平坦な声で返す。
「そちらには“たった”かもしれませんが、私のとっては“その程度”ということです。……どうしても信用できないと仰るなら、この国の人間を六万ほど殺してみましょうか?妨害はご自由に」
サラリと言うルクスリアに老人は慌てて言葉を吐き出す。
「いやっ!信じようっ!そなたの力を信じる!!レガス王国の国王、マルス=レイ=レガスの名においてっ!そなたに侵略軍三万の殲滅の任の全権を授ける!!」
「では、契約成立ということで。こちらにサインを頂けますか?」
向けた言葉とともにルクスリアはペンで羊皮紙の右下を指しながら国王へと差し出した。
その羊皮紙を国王はまじまじと見つけていた。
「これに名を書けばよいのか?それで、おぬしは三万を滅してくれるのか?」
「そうです。そして私がそれを果たせなかった場合、この文字が私の魂を刈り取ります」
ルクスリアの言葉にその場にいた全員が目を見開いた。
その中で国王だけがどうにか、口を開くことができたのだろう。その言葉は疑念と驚愕、半々。
「出来なければ死ぬと?」
ルクスリアはそれ対して淡々と言葉を述べるのみ。
「わが主は無能に慈悲などかけません。己が血をもって交わした約を違えた者に次などありません」
「そのうえで、そなたは三万の侵略軍を滅するというのか……」
「契約不履行となった場合の賠償があるのは当然かと?」
驚愕に言葉が紡がれ、淡々と言葉が返ってくる。そして紡がれるもう一つの言葉。
「その確たる証は有るのか!!!」
その場に居合わせた一部のものが騒ぎ立てた。ルクスリアの言動に対する不信が爆発したのだろう。
まぁ、それもルクスリアにとっては渡りに船でしかなかったのだが。
「有るかと言われれば、今はまだ。サンプルを見ていただいて、それを証しとするのは如何でしょう?」
「さ、さんぷる?とは何じゃ?」
「先ほど六万を殺すと言ったこと同じです。簡単な依頼、安い対価、どうということのない賠償、それをもって私が言ってることがどういう意味かを理解していただければ……」




