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私の足で歩く朝  作者: 久遠 睦


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第22章:罠の中へ

気絶したのか、それとも動く気力すら失ったのか、床にへたり込んだままの康彦を残し、私は端末を強く握りしめ、地下駐車場へと駆け戻った。もはや、この夫に構っている時間はなかった。

車に戻ると、神崎はまだ後部座席で荒い呼吸を続けていたが、意識ははっきりしているようだった。事情を手短に伝えると、彼の顔が険しくなった。

「罠だ。行けば、お前と娘、二人まとめて吹き飛ばされる可能性が高い」

「分かってる。それでも、行くしかない」

私はきっぱりと言い切った。もう、迷っている時間はなかった。

「恵那は、私の絶望を特等席で見届けたいはずなの。だから、簡単には殺さない。むしろ、私が恐怖に打ちひしがれる姿を、目の前でじっくり見たいはず」

自分の声が、驚くほど冷静に聞こえた。これまでの数日間、恵那という人間の思考パターンを、いやというほど叩き込まれてきたからこそ見えてきた、一つの読みだった。

「神崎さんは、車から警察庁のサーバーへ回線を直結させて、すべての証拠を白日の下に晒してください。それが、あなたにできる最善の援護だと思う」

神崎はしばらく私を見つめていたが、やがて小さく頷いた。「お前、いい面構えになったな。数日前とは別人だ」

「褒めてるの? それとも呆れてるの?」

「さあな」神崎はかすかに口の端を上げた。それが、彼なりの精一杯の励ましだと、なぜか分かった。

差し伸べられた神崎の手から、発煙筒とスタンガンを受け取る。その重みが、わずかながら私に勇気を与えてくれた。

「気をつけろ。爆発物は、素人が下手に触るな。センサーの種類次第じゃ、体重をかけただけで即座に起爆することもある」

「分かってる」

私は運転席に乗り込み、湾岸の倉庫街を目指してアクセルを踏み込んだ。カウントダウンの数字は、刻一刻と減り続けている。夜明け前の首都高は、車の数もまばらで、街灯の光が等間隔に流れていく。焦る心を抑えながら、私はひたすらハンドルを握り続けた。

信号待ちのたび、端末の数字を確認せずにはいられなかった。四十二分、三十九分、三十五分――時間が、容赦なく削られていく。ハンドルを握る手のひらに、じっとりと汗が滲んだ。

倉庫街の入り口が見えてきた頃には、空はまだ夜明け前の深い藍色を残していた。旧資材倉庫の周囲には、人の気配がまるでなかった。錆びついたコンテナが積み上げられ、潮風に混じって、鉄と油の匂いが漂っている。街灯もほとんどなく、月明かりだけが、倉庫街の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせていた。

車を降りると、足元の砂利が、やけに大きな音を立てた。その音一つにも、心臓が跳ねる。目的の倉庫らしき建物は、周囲よりひと際大きく、シャッターの一部が朽ちて赤茶けた鉄骨を晒していた。搬入口の大きな引き戸に手をかけると、油の切れた蝶番が、耳障りな金属音を立てて軋んだ。

薄暗い倉庫の内部が、目の前に広がった。天井は高く、剥き出しの鉄骨が幾何学的な影を落としている。埃と錆と、かすかな火薬の匂い。息を潜め、目を凝らすと――中央に置かれたパイプ椅子に、小さな人影が縛り付けられているのが見えた。

「美羽!!」

叫びながら駆け寄ろうとした瞬間、椅子の足元に仕込まれた、灰色の塊――プラスチック爆薬らしきものが目に入り、私は寸前で足を止めた。美羽は目に涙を溜め、口をガムテープで塞がれたまま、恐怖で顔を引きつらせながら、必死に私を見つめている。その目に浮かぶ絶望的な訴えが、私の胸を鋭く抉った。パジャマ代わりの薄い服のまま、寒さと恐怖に小さな体を震わせている娘の姿に、全身の血が逆流するような怒りがこみ上げた。

「美羽、大丈夫、ママが来たから――」

声をかけながら、一歩、また一歩と、爆弾に細心の注意を払いながら距離を詰めていく。あと数メートル。そう思った瞬間だった。

背後で重い鉄扉が、ゴォンという音とともに閉ざされた。振り返ると、扉には太い閂が下ろされている。逃げ場は、完全に断たれた。

「よく来たわね、咲良」

木箱の陰から、恵那が姿を現した。傍らには、拳銃を構えた高宮玲奈が付き従っている。恵那の手には、あの起爆端末が握られていた。

「約束通り来てくれるなんて、思っていた以上に良い母親ね。感動的だわ」

その皮肉めいた声に、怒りが込み上げる。「美羽を放して。お願い」

「まだよ」恵那は、感情の見えない笑みを浮かべた。「まずは、あなたにすべてを聞いてもらわないと。そのために、十年以上も待ったのだから」



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