【第334話】最大の協力者
「先輩、大変申し訳ありませんでした」
天音ちゃんが平身低頭、謝罪してくれているのだが……
「いや、そんなに謝らなくても……誰が見ても、そう思うはずだから」
今はファミレスに来ている。陽花の記憶が無くなったことと、そこからリカバリーをかけたものの、感情が戻らないということを説明して、その治療?の一環だったということで、誤解を解いたところだ。
しかし、天音ちゃんは俺と陽花が付き合っていると、盛大に勘違いして、それがあまりにも恥ずかしかったこともあったのか、平謝りしている。
傍から見ると後輩に詫びを入れさせている先輩なのだが、うちのサークルはそんなに体育会系ではない。
まあ、大学のサークルなんて、文化系だと思って入ったら、飲み会は体育会系だったとかよくある話なので、AI研究会だから文化系とは言い切れ――いえ、うちは完全に文化系です。
「そんなに大変なことになっていたんですね……知らなかったとはいえ、本当に失礼しました」
「ごめん、こっちが言わなかったのがいけないんだから……頭上げて」
お客さんが少ないからまだ良いんだけど、そんなに頭を下げられると、こっちが恐縮してしまう。テーブルにおでこがつきそうな勢いだし。
「でも、昨日会ったときも、陽花さんはそういう状態だったってことですよね……気づいてあげられなくてすみません」
「いや、あのときはなるべく普段通りの会話をするってことにしてたし、結衣ちゃんもいて事情を説明するわけにもいかなかったから気づくのは無理だと思うし……逆に気づいてたら結衣ちゃんにも話さなきゃいけなかったから、結果的には普段通りにしてくれて正解だったよ」
「そうですか……そう言っていただけると……でも、私に出来ることがあったら、何でもしますので、言ってください」
……女の子が何でもしますとか軽々しく言わないほうが良いと思うんだけど。
まあ、この場合は陽花の感情を戻すために、協力できることがあったら何でもするという意味だろうから、そっちの意味で解釈しよう。
「えーっと、じゃあ、事情を知ってる側として協力して欲しいんだけど良いかな?」
「はい、何なりと」
あまりにも天音ちゃんが素直すぎるので、逆にこっちが後ろめたい気持ちになるな……まるで謝罪を受け入れる代わりに要求を飲ませようとしている悪い先輩のようだ。
「涼也さん、あまり無理なお願いをしてはいけませんよ」
「いや、分かってるから! そんな無茶振りしないって!」
陽花にまで心配される……俺って、そんなに無理な要求しそうかな?
「大丈夫です。覚悟はできてます」
天音ちゃんも天音ちゃんで、何言っても聞き入れてくれそうなモードに入ってる。
自分の誤解で話が大きくなっているとはいえ、さすがに陽花の問題なので、そこまで迷惑はかけられない。
「えっと、まず、陽花のことを知ってるのは、サークルの中でも、悠二と三千花と彩ちゃんと天音ちゃんだけだから、そこは広げないで欲しい」
「はい、分かりました。全員知ってるわけではないんですね」
「そうだね、サークルメンバー全員に教えても良かったんだけど、そうすると、今後もサークルに入った人全員に教えないといけなくなっちゃうから、申し訳ないからいとこってことにしてる」
「なるほど、確かにそれはそうですね」
今のメンバーはいいかもしれないけど、サークルは人の出入りがあるので、将来的には辞める人も出てくるかもしれないし、新入生だって、お試しでくることもあるだろう。そこまで共有してしまうと、リスクが大きくなってしまう。
「それから、陽花の感情は、朝起きるとリセットされちゃうみたいで、日中色んなことがあると、感情らしきものが芽生えてきて、時間が経つと普通にしゃべれるようになったりするんだけど、これをどうすれば再現できるのかが、分かっていないんだ」
「そうなんですね……今の陽花さんに感情があるように見えるのは、朝起きてから時間が経過しているからということですか」
結構、状況の飲み込みが早いな……これなら、喜怒哀楽の話をしても大丈夫かな?
「そうなんだけど、喜怒哀楽の4つの感情のどれかが芽生えるような行動をしてみたら、時間経過と関係なく、感情を戻すことができるんじゃないかと思って、試しに『喜』を戻せないかやってみようということになって」
「それで、手をつないだりしていたってことなんですね」
「そうそう、そうすれば陽花が喜ぶと思ったんだけど」
「そこを、私が邪魔してしまったということですね」
そこまで理解してくれてるのか。
「申し訳ありません、私も涼やさんと手をつなげるのが嬉しくて、必要以上に密着してしまいました」
あれ? 陽花もやりすぎたと思ってたのか?
「そ、それは仕方ないと思います……私も……いえ、そうではなくて!」
天音ちゃんが慌てて首を振る。
「そういえば、陽花さんが涼也さんと手をつなぐと嬉しいのには何か理由があるんですか?」
よく考えると、手をつないだ記憶を一度忘れてしまったというのは理由にならないのかな。最初に手をつないだときも、手をつなぎたかった理由があるんだろうから。
「理由ですか……それは、私が研究室のコンピュータの中にいたときは、カメラを通して見ることと、マイクを通して声を聞くことしか出来なかったからだと思います」
「コンピュータの中……陽花さんが体を持つ前ですね」
「そうです……その頃は、手を伸ばしても永遠に届かないと思っていましたので……それが今の私の目の前には手を伸ばすと触れられるところに涼也さんがいるんです」
「だから、手をつないでみたかったんですね」
「はい、手を伸ばして、届かなかったはずの、手を繋いでみたかったんです」
そう陽花が言うと、天音ちゃんが泣き出しそうな顔で、陽花の手を握った。
「分かります! その気持ち!……陽花さん! 私にも協力させてください!」
陽花の話のどこかに、天音ちゃんの琴線に触れるところがあったんだろう。
目をうるうるさせながら、陽花の手をやさしく包み込む天音ちゃん。
その瞳には、何を差し置いても協力してあげたいという強い意思が宿っていた。
――こうして。
天音ちゃんは、陽花の感情を取り戻すための、最大の協力者になったのだった。




