【第333話】両手に花
「陽花が、今実現できたら嬉しいことってなに?」
「もしかして、涼也さんがなにかしてくれるんですか?」
駅からの帰り道。
俺は陽花の感覚学習――その中でも、まず喜怒哀楽の「喜」を引き出すために、陽花が喜びそうなことを直接聞いてみたわけだが……
「まあ、俺で出来る範囲なら」
無理難題が要求されないことを期待しよう。
と思っていると、陽花は恥ずかしそうにモジモジしながら、
「それでしたら、涼也さんとあんなことやこんなことを……」
と言った。
「ちょっと待って、それ、大丈夫なやつなの?」
色々前科があるので、不安になるんだよな。
もしかして、キスとか……あるいはもっとその先の要求とか……
「……はい、涼也さんと手をつないだり、腕を組んでお出かけしたりしたいですが……駄目でしょうか?」
意外と健全なやつだった……まあ、アンドロイドなんだから当たり前か、人間と同じような煩悩があるわけじゃないし、シチュエーションを楽しみたいってことだな。
「それくらいなら良いんじゃないかな?」
前にもしたことあるし……記憶が無くなる前だけど……
「本当ですか! もちろん、三千花さんの許可は取らせていただきますよ……嬉しいです!」
なんか、既に喜んでるから目的はクリアしてる気がするけど、ここで「やっぱり駄目」とかになったら、悲しくなって「哀」の感情も一緒に……って、それはあまりにもひどすぎるか。
「三千花さんからの許可が降りましたよ! 手をつなぎましょう!」
「えっ、もう!? 早すぎない?」
「夕花経由で確認させていただきました。『もう、なんでそんなこと夕花に頼むかな……三千花お姉ちゃんは良いって言ってるよ、もう、今度から自分で訊いてよね』という返事でしたので、大丈夫です」
めちゃくちゃ迷惑がられてるけど……まあ、許可は降りてるみたいだな。
「じゃあ、手をつなぐか」
俺がそっと右手を出すと、左手を絡ませてくる。
「やりました! これで、いつでも手をつないで歩けますね……おじいさんになっても、手をつないで差し上げます」
それって、手を引かれて歩いてるだけだろ……確かに年を取ったら面倒見てもらわないといけないけど……
「……っていうか、今『いつでも』って言った? いつでも手をつないで良いっていう許可もらったの?」
「はい、未来永劫、いつでも手をつないで歩いて良いという許可をいただきました」
……三千花は陽花に甘すぎるな、未来永劫って、簡単に許可しちゃ駄目なやつじゃない?
しかも、それほどの長期契約にも関わらず、本人である俺の許可は必要ないらしい。
等の陽花は、そんなことはお構いなしに、そのまま腕を絡ませて、寄り添ってくる……
えーっと、なんか柔らかい感触が腕に伝わってくるんだけど……って、何考えてるんだ、相手は陽花だぞ。
だけど、陽花の皮膚素材、本当に良い働きしてるな……見た目が人間の皮膚にしか見えないだけじゃなく、感触まで……これだけでノーベル賞とか取れるんじゃないだろうか。
「また、難しいことを考えていますね……私もそうやって考えごとをしている涼也さんの横顔、かっこいいと思いますよ」
三千花に続いて、陽花にも同じことを言われてしまった……彩ちゃんには散々ダメ出しされたんだけどな……まあ、考えてることが、どうしようもないことだったので、ここは彩ちゃんの反応のほうが正しいと思っておこう。
「なんか嬉しそうだな」
「はい、嬉しいですよ……前に手をつないだときの記憶は、一度無くなってしまいましたから」
なるほど、吉祥寺に行ったときに手をつないだ記憶は、一度消えてしまって、後から再インプットしたものだったか。
ということは、元々の記憶と、再構築した記憶では何らかの差があるということだな。
まあ、あれだけ短時間で再構築したものと、毎晩、その日起こったことを時間をかけて記憶したものは、質が違っていてもおかしくない。
まして、一度忘れた状態のところに上書きしたわけだから、全く新しく体験したものではなく、思い出した状態になってしまっているのか。
「そっか、一度忘れちゃった記憶は、今思い出せたとしても、遠い記憶だってことか」
「そうなんです……ですから、もう一度この感触を含めてインプットしなくてはいけません」
そう言われると、断れないな……まあ、知ってる人に見られたりしなければ良いか……
――そう思っていると、それは現実になるもので……
「せ、先輩……やっぱり、陽花さんと……」
天音ちゃんに見られてしまった。
* * *
以前は、手をつないでいただけだから、慌てて手を離して、バレなかったと思ったんだけど、今日は振りほどけないくらい、腕を掴まれちゃってる。
「い、いやこれには訳が……」
なぜ、こんなに動揺してしまうんだろう。まるで、浮気しているところを彼女に見つかってしまったかのようだ。
「だ、駄目です! いくら先輩がコンピュータが好きだとしても」
だが、そんな考えからは想像もつかないような行動に、天音ちゃんは出る。
「に、人間を好きになれるようにならないと駄目なんです!」
そう言って、天音ちゃんは反対側の腕に抱きついてきた。
「えっ、ちょっと……天音ちゃん?」
うん、これはどう見ても、冴えない一人の男を奪い合っている二人の美女という構図。
周囲の人も、直視してはいけないという罪悪感からか、チラチラと横目で見ながら通り過ぎていく。
男ならだれでも一度は夢に見るような光景だと思うのだが、実際にこの状態になってみると、思いつくのは、
(……これ、どうしたらいいんだ?)
という疑問符だけ。
だが、時間が経過しても、二人の拘束は緩まることはなかった。
――こうして俺は。
両手に花の状態を堪能するでもなく、ただ、途方にくれるのだった。




