【第327話】リセットされる朝
「お姉ちゃん、起きた?」
まだ薄暗い部屋の中、夕花が小声で話すのが聞こえる。
「はい……おはようございます」
「もう、そんな杓子定規な挨拶しなくていいよ、おはようお姉ちゃん」
昨夜の陽花とは違う……どうやら、感情はリセットされてしまったようだ。
「分かりました……おはよう夕花」
「……うーん、ホントに分かってるのかな? ほら、もう朝だから起きて手伝ってよ」
「はい、今、参ります」
いやいや、いくら感情が無いとは言え、あまりにも他人行儀だな……もしかして、記憶まで無くなってないだろうな。
「大丈夫? 記憶はあるよね?……ほら、洗濯機回せるように、洗濯物をネットに入れたりしておいて……お兄ちゃんと三千花お姉ちゃんを起こさないようにね」
「承知しました……音を立てないように気をつけます」
そっか、みんなが起きる前に色々準備してくれてたのか……それにしても、まるで夕花がメイド長で陽花は新人メイドみたいだ……立場が逆転してる気がする。
でも、こうして感情がないと指示待ちになってしまうのを見ると、家事とかの仕事ってルーチンワークじゃなくて、意外とモチベーションが大事なんだなと思ってしまう。
確かにコンビニでバイトしてても、お客さんに怒られることもあるし、逆に感謝されることもあるよな……
まあ、そんなことがあると、もうちょっと頑張らなきゃとか、嬉しくってもっと頑張ろうとか思ったりするし、陽花たちも同じなのか……ちゃんと言葉で伝えるようにしないと駄目だな。
――と、そんな二人のやりとりを薄目を開けて見ていたら、三千花と目が合った。
「「…………」」
やっぱり心配になって起きちゃったんだな……陽花と夕花が部屋をでるのを、二人して寝たフリをしながら待った。
「――三千花も起きてたの?」
「うん、一緒に起きようかと思ったけど、ああ言われると起きづらくって……涼也がこの時間に目が覚めるなんて珍しいわね」
「やっぱり気になってたみたいで、夕花の声が聞こえたら起きちゃったんだよね」
もしかして、普段も薄っすら気づいているのかもしれないけど、多分また寝ちゃうんだろうな。
「そうね……夜は元に戻ったみたいだったから、朝どうなるかは気になるわよね」
三千花も気になってたのか……しかも、夕花の第一声で、またゼロスタートなんだってことが分かっちゃったから、これじゃあ目が醒めちゃうよな。
「それもそうなんだけど、いつも、この時間から、こんなに色々やってくれてるんだと思って……」
「そうね……洗濯だけじゃなくて、拭き掃除とか、玄関掃いたり、トイレ掃除したり、ゴミ出しの準備したり、乾いた食器を戸棚にしまったり、ごはん炊いたり、穂乃花のお弁当のおかず作ったり……」
「うっ、そんなにしてくれてたんだ……ごめん起きた後のことしか知らなくて……いつもありがとう」
「それは陽花ちゃんと夕花ちゃんに言ってあげて、私は朝ごはん作るくらいだから」
「それも結構大変そうだけど……」
「でも、掃除も洗濯も任せちゃってるし、朝ごはんも実家にいるときより人数少ないし、お弁当も作ってくれたおかず詰めるだけでいいのよ……本当に助かってるわ」
そうか……三千花は今までが大変すぎたから、陽花と夕花が手伝ってくれるっていうのは、相当楽になったってことか。
でも、お弁当のおかずは、冷凍食品じゃなくて、わざわざ作ってるんだな……卵焼きくらいなら作るかもしれないけど、ハンバーグとかコロッケとか唐揚げとか、お弁当のために朝から作るのってすごすぎる。
「俺も何か手伝おうか?」
「……駄目よ、まだ寝たフリしてて……夕花ちゃんはあなたを起こすのがモチベーションなんだから」
(そんな役割があったのか……)
いやでも、それだと、起こしに来るまで待ってないといけないってこと?
絶対、二度寝しちゃうけど……
「夜バイトなんだから、もうちょっと寝てないと途中で眠くなるわよ、じゃあ、私は起きるから、おやすみなさい」
この早朝に『おやすみなさい』って……人生初だな。
とはいえ、そう言われると起きるわけにもいかず、言われるがままに二度寝したのだった。
* * *
「お兄ちゃん、もう朝だよー、起きてー!」
「いやいや、まだ30分くらいしか経ってない……もうちょっと寝かせて……」
「ちょっと、なに寝ぼけてるの? 朝だって言ってるでしょ! いつまで寝てるつもり?」
しまった、二度寝したら余計に眠気が……って、いかん、起きねば!
「ごめん夕花、もう起きるよ……いつも起こしてくれてありがとう」
「……どうしちゃったのお兄ちゃん? 変な夢でも見た?」
いやいや、素直にお礼を言ったら、この反応……ひどくない?
まあ、夕花にしてみたら、だらしない俺をいかに起こすかがモチベーションになるわけで、素直に感謝とかされても、気持ち悪いだけなのかもしれないけど……
「いや、夕花が毎朝起こしてくれるのって、幸せなことなんだなって思って……」
「なに……もしかしてロリに目覚めた? 病院行く?」
「おい!」
ひどい言われようだな。
……しかも、自分でロリとか言うんじゃない!
「もういいよ……おはよう……そういえば、陽花は?」
「うーん、お姉ちゃんは……また電圧下がったみたいになってるよ」
だから、低血圧みたいに言うなってば……むしろ、充電したばっかりなんだから、一番電圧が高い時間帯だろ。
「やっぱり駄目か……毎朝リセットされちゃうんだな……」
「でも、記憶はしっかり残ってるみたいだから、仕事は今まで通りきっちりしてくれるし、ぼーっとお兄ちゃんの寝顔見てたりもしないから、逆にはかどるかも」
まあ、記憶はあるから良かったか……しかし、感情がない方が仕事がはかどるとは……まあ、夕花が指示してくれてるからかもしれないけど……
――結局のところ、陽花の感情は毎朝リセットされて、やり直しに鳴ってしまうみたいだ。
ただ、やることはやってるから、特に支障は出ないのか……
これはやっぱり、彩ちゃんや悠二の言う通り、『今の陽花はこういうもんだ』って思うしか無いのかもしれないな。
(ちょっと様子見るか……)
朝から色々と考えさせられる一日の始まりだった。




