【第299話】好きな理由
「大丈夫ですか涼也さん?」
「……駄目だな、既に気持ち悪い」
「吐くならこの袋に……」
「いや、そこまでじゃないから大丈夫だ」
潰れたとき隣りにいたというのもあるのだが、陽花が酔い潰れた俺の面倒をみてくれる。
「ウイスキーを飲むペースが早かったのと、少し寝てしまったので、肝臓の働きが弱まって、アセトアルデヒドの分解が間に合わなかったのではないかと思います」
「ごめん、今そういう分析されても、全然頭に入ってこないから……」
アルコールは、一度アセトアルデヒドという物質に分解された後、酢酸に分解されて、最終的に水と二酸化炭素になる。
その途中段階のアセトアルデヒドが分解されないと、頭痛や吐き気の原因になる……というのは、バイト先で岬さんから教わったんだけど、その知識、酒屋で必要なのか?
しかも、そんなことを今言われても、頭痛と吐き気に支配されていてどうしようもない。
「先輩、大丈夫ですか?」
天音ちゃんも心配そうに覗き込んでくる。
「うん、もうちょっと休めば大丈夫だと思うから、天音ちゃんは、御子神先生と一緒に帰って大丈夫だよ、岬さんもいるし……」
御子神先生と岬さんは、なぜか意気投合して飲んでいた。
岬さんのお酒知識が楽しかったのか、それとも自由な生き方に惹かれたのか分からないけど、終始楽しそうだった。
「少年、大丈夫? ほら、トマトジュースあるから飲むといいよ」
岬さんがリュックから缶を取り出してくれる。
民間療法ではあるんだろうけど、おそらく岬さんが二日酔いのときに飲んで良くなったという実体験に基づいてると思うので、その効果に期待してありがたく受け取った。
「大丈夫か忍野くん、すまんな、サマンサも悪気は無かったと思うんだが……」
「涼也さん、ゴメンナサイ」
「いえ、確認しないで飲んじゃったのは自分なので、謝らないでください。それに、だいぶ良くなってきましたから……」
本当に油断していた。
あのタイミングで早耶ちゃん渡されたから、てっきりウーロン茶だと思っちゃったんだよね……
早耶ちゃんが自分で注いだんなら絶対ウイスキーってことは無いし、ちょうど良いタイミングで欲しいものが出てくるパターンに慣れすぎちゃったのがいけなかったみたいだ。
「それでは、以上で、お花見は終了します! 皆さんお気をつけてお帰りください!」
夏子ちゃんの号令で、撤収となるが、
「ごめん、もうちょっとだけ休ませて……」
やっぱり、すぐには歩けないみたいだ……
* * *
結局、穂乃花ちゃんと夕花も、麗香さんが連れて帰ってくれて、残ったのは三千花と早耶ちゃんと陽花だけだ。
「ごめんね、私が飲ませちゃったから……」
早耶ちゃんが申し訳無さそうに言う。
自分のせいだと思って、残ってくれたみたいだ。
「いや、俺の不注意だから……」
「そうね、折角のお花見なのに、みんなに心配かけちゃって」
三千花の言葉がグサリと胸に突き刺さる……全く持って、三千花の言う通りだな。
この状況を招いたのは自分のせいだし、せっかく楽しいお花見なのに、みんなに心配かけてしまった。
「……はい、反省してます」
「なら、よろしい」
厳しいが、ありがたい言葉だった。
こういうとき、強く諭してくれるのは、三千花くらいだな……でも、それが逆に心地よい……マゾ的な意味ではなくて。
「そっか……涼くんが三千花ちゃんのこと好きな理由が分かった気がする」
「えっ?」
「甘やかすだけじゃ駄目なんだね、本当のこと、言い合えないと……」
なるほど、確かにそうかな……どんなに相手のして欲しいことしてあげても、それだけじゃいつまで経っても成長しない。むしろ、駄目なことしたときは、叱ってくれるくらいの方が、お互い成長し合える。
「がーん、それでは、私のやり方は駄目だったということなんですね……」
「大丈夫、私もそうだったから……陽花ちゃん、これからだよ」
「分かりました、ありがとうございます早耶さん。これからはビシバシいくようにします」
いや、陽花にしごかれる必要は全く無いんだけど……
「良いのよ、アメとムチが必要なんだから、陽花ちゃんはやさしくても」
「陽花ちゃんがアメで、三千花ちゃんがムチ?」
早耶ちゃん、なんでわざわざ分かりきったことを聞く?
できれば、早耶ちゃんにもアメ担当をお願いしたい。
「ほら、早く飲んじゃって、せっかく岬さんがくれたんでしょ」
「あ、うん、飲むよ」
トマトジュースをゴクゴクと流し込む……
意外と、飲んだ感じは二日酔いのときに良いかも。
「なんか、スッキリした気がする」
「それは、気のせいですね、そんなに早く効果がでることはあり得ませんので……」
早速、陽花から、冷静なツッコミを受ける。
「トマトは利尿作用があるから、公園まで移動したほうが良いと思う」
早耶ちゃんからもツッコミ?を受けるけど、相変わらず世話焼きだな。
「今年の桜も見納めかしら……でも、夜桜も綺麗ね」
もう、日が暮れてきて、街灯に照らされる桜が綺麗だ。
「これも、良い思い出になるわね」
三千花にそう言われると、少し救われた気がする。
――きちんと反省すれば、後は良い思い出になるんだな。
「あっ、ズルい、三千花ちゃんだけ、甘やかしてる」
「本当です、私たちがせっかく塩対応しようとしていたのに……」
「えっ、そんなつもりじゃなかったんだけど……」
三千花にも、ちゃんとツッコミが入って、これでドローだな。
しかし、陽花の塩対応っていうのはちょっと違うと思うんだけど……
そんな四人の上に、花びらはやさしく舞うのだった。




