【第294話】今年の桜並木
「うわー、すごいですね!」
大学の正門前の道は見事な桜並木になっている。初めて見る人には、圧巻の光景だろう。毎年見ている俺でも、息を呑んでしまうほどだ。
そして、この道はそのまま穂乃花ちゃんの高校まで続いている。
穂乃花ちゃんも合格できて本当に良かった。
そして……
「天音ちゃんも4月からここの学生だね」
「そうなんですよ、夢みたいです!」
初々しい天音ちゃんの笑顔。
大学に合格したときは、なんとか責務を果たしてホッとしたというのが本音だったけど、この笑顔を見ていると、家庭教師を頑張った自分を褒めても良いんじゃないかと思えてくる。
「こんなにすごいんだ……しまったー、これは日本酒だったー」
そして、この人を見ると、連れてこなければ良かったと、少し後悔する。
岬さん、お願いだから大人しくしててくださいよ……
「でも珍しいですね、岬さんがお酒の種類見誤るなんて」
「それがね、純米大吟醸を一升買っておいたのに、昨日あけちゃって……」
その「あけちゃった」は、封を切った「開けちゃった」の方だよね……
昨日バイトだっただろうし、仕事終わってから一升飲んで、こんなに元気とかありえない。
――と、普通は思うのだが、絶対「空けちゃった」だな。
岬さんが、飲みかけのお酒の瓶をそのままにして寝ちゃうとか、そっちの方がありえない。
「まあ、トートバッグの中に一升瓶が入ってても、置いてきましたけどね」
「またまたー、この桜並木を知ってるなら絶対日本酒でしょ、何年酒屋でバイトしてるの?」
「だったら、一升瓶だけ残して、他を全部置いてくるとか……」
ぶっちゃけ、日本酒があったら、白ワインはいらないでしょ……
ウイスキーはハイボール、ジンはジンソーダとかにすれば割り方次第だからまだ良いんだけど、日本酒とワインは割らずに飲めるのにアルコール度数けっこう高いから、知らずに飲むと後が怖い。
正直、白ワインとウイスキーとジンという組み合わせは、危険だったかもと若干後悔している。
「ううっ、天音ちゃん、少年がひどいこと言うんだよ……こんな子に育てたつもりは無かったのに……」
むしろ岬さんに仕事教わった割に、常識的に育ったと思うんだけど……主に、お酒の飲み方的に。
「大丈夫ですよ、岬さんも先輩も尊敬してます! 一緒に桜を楽しみましょう!」
「ほらー、天音ちゃんはこんなにも、良い子に育ってくれたのに……」
それは、岬さんが教える前からじゃないかな?
お願いだから、自分が育てた的な雰囲気、出さないで欲しい。
「天音ちゃんは、元から良い子ですよ」
「なにおー、それじゃ私が悪の道に引きずり込もうとしてるみたいじゃん」
天音ちゃんが二十歳になってないから良いけど、お酒飲めるようになったら、絶対、引きずり込むでしょ……
「わ、私、先輩に良い子って言われた……どうしよう……」
ちょっとうつむき加減で何やらブツブツつぶやいている天音ちゃん……
この純真な天音ちゃんを岬さんから守らなくちゃ……
バイトのシフト変えてもらおうかと、本気で思うのだった。
* * *
「あっ、先輩! お久しぶりです! 天音ちゃんも来てくれてありがとう……って、その女性は!?」
「先輩また新しい女の人を……って、天音さん大学合格おめでとうございます!」
牧くんと宿直くんが挨拶してくれるけど、毎回新しい女の子連れて来てるみたいな言い方やめて欲しいな……まあ、毎回連れてきてるけど。
「あー、天音ちゃーん、合格おめでとー、絶対サークル入ってねー」
「天音ちゃん、今日は楽しんでね……大学入ってからも仲良くしようね」
夏子ちゃんと美紀ちゃんは、勧誘モードだな。
まあ、女の子の後輩欲しいよね。
「先輩! よろしくお願いします! サークル入ります!」
即答する天音ちゃん……いや、まだ入学する前だから、正式には入れないんだけどね。
「いいなー、私も学生に戻りたいなー、えーっと、しょうね……もとい、忍野くんとバイト先で一緒の岬です。バイト先は酒屋なので、お酒のことは何でも聞いてください」
酒屋でバイトしてもここまでお酒詳しい人って居ないと思うんだけど……
どっちかっていうと、酒屋で勉強したんじゃなくて、飲んで覚えたんだよね。
「よろしくお願いします! お酒強いんですか?」
……牧くん、それ、聞いちゃいけないやつ。
「うーん、たしなむ程度です。色々お酒持ってきたから、一緒に飲み比べしましょう?」
その、飲み比べって、味の違いを楽しもうって意味じゃなくて、どっちが強いか勝負しましょうってやつだから……牧くん、潰されたらごめん。美紀ちゃんも彼氏が毒牙にかかっちゃったらごめん……
「サマンサ先生と御子神先生は、遅れて参加するみたいです。先輩、始めちゃってください」
えっ、俺?……確かにまだ部長だからな……まあ、この景色の中で言うことは一つだろう。
早耶ちゃんからビールの入ったカップを受け取って、みんなを見回す。
「えーっと、本日は皆さんの日頃の行いが良いからか、絶好のお花見日和です。この満開の桜の下で、大いに盛り上がりましょう! カンパーイ!」
去年は悠二と馬鹿な話をしながら、この桜並木の下を歩いてたっけ。
それが、今年はこんなに人数が増えるなんて思いもしなかった。
陽花を作って……三千花と出会って、世界が変わった気がする。
来年の今頃は卒業してるのか……
でも、このメンツならOBでも呼んでくれるかもな。
また、こんな風に集まれればいいな。
始まって早々、しんみりしてしまうのは、桜の淡い花びらのせいかもしれない。
そんなことを想いながら、儚いひとときの幸せを噛みしめるのだった。




