【第293話】朝から不安なお花見
「じゃあ、岬さんと天音ちゃんを迎えに行ってくる」
「先に駅に行ってるから、追いかけて来てね」
今日はお花見に行くので朝から忙しいのだが、岬さんと連絡が取れない。
仕方ないので、天音ちゃんに岬さんのアパートまで連れて行ってもらって、直接引っ張っていくしかない。
三千花たちと別行動になるけど、岬さん大学の場所知らないからな。
……正直めんどくさいので、来ないなら置いていこうかと思ったが、天音ちゃんが一緒に見に行きましょう言うので、いやいやついて来た。
「ぜったいに、飲みすぎて、起きられないだけだと思うんだけど……」
「そんなことないですよ、昨日のバイト上がりのときも、楽しみにしてるって言ってたんですから」
お花見が楽しみで、どのお酒を持っていこうかと思って、ついつい味見をしてしまった――どうせ、そんなところだろう。
「あっ、ここです」
天音ちゃんが指さした先には、【グランハイツ和泉】という看板があった。
……グランハイツ。名前だけ聞くと立派なマンションを想像するが、実際に目の前にあるのは、どう見ても年季の入ったアパートだ。
正直、【和泉荘】という名前のほうがしっくりくる気がする。
三千花といい、こういうアパートに抵抗無いのかな。まあ、三千花のときはお父さんが決めちゃったらしいけど。
「202号室……ここです」
……当然、オートロックなどは無いので、部屋の前まで行って、インターホンを押す。
しかし、岬さんの家、知りたくなかったな……「家で飲んでるから、今から来て一緒に飲もう……場所は知ってるよね」とかいう呼び出しがありそうで怖い。
そんなことを考えてたら、カチャカチャと音がして、扉が開いた。
そして――扉の向こうにいたのはナイトウェア姿の岬さんだった。
ボサボサのロングヘアーで少し隠れているが、かなりダボッとした胸元から、鎖骨と谷間が見えていて――って、これは……
「先輩、見ちゃ駄目です!」
突然、天音ちゃんに両目を手で隠された。
「あれっ、少年、なんでうち知ってるの? ストーキングした?」
「いやいや、どう考えても連れてきてもらったに決まってるじゃないですか、天音ちゃんいるんだから」
「えっ、うそ、何時? スマホ鳴んなかったんだけど……」
「メッセージ送っても既読もつかないし、天音ちゃんが電話してくれたのに出ないから、行き倒れてるんじゃないかって心配して、来たんですよ」
行き倒れと言うか、酔いつぶれというか……
「ごめんごめん、ちょっと待ってて」
そういうと、ドアを閉めて部屋に引っ込む岬さん。
「ごめーん、スマホの充電忘れてバッテリー切れてた……3分待って」
えっ、うそ、あの状態から、3分で支度できるの?
――結局、20分待たされた。
* * *
『早耶さんとの待ち合わせ時間に間に合わないので、先に行きます』
陽花からメッセージが届いた。
『うん分かった、先に行ってて』
岬さんのせいで、大遅刻だ。
とはいえ、岬さんは20分できっちりヘアメイクもして、化粧もバッチリ、カーキー色のスカートに、黒のトップス、大きく開いた胸元は……鎖骨と谷間が見えている。
正直、さっきとあまり変わらない気がするけど、天音ちゃんに目隠しされることはない。
なにがOKで、なにが駄目なのか、基準が分からないんだけど……
そして、岬さんは大きめのトートバッグを肩からかけていた。
「重そうですね、持ちましょうか」
「おお、気が利くね少年、サンキュー」
――バッグを受け取って中を覗き込むと、ウイスキー、ワイン、ジン、ウォッカ、テキーラの瓶が……
「ちょっと、こんなに飲めるわけ無いでしょ、置いていってください」
「えーっ、ちゃんとメジャーなの選んだのに! 大丈夫、みんなが飲まないのは私が飲むから」
「なおさら置いていってください! ワインも、なんで赤と白あるんですか、どっちかにしてください」
「えーっ、だって、どんなおつまみあるか分かんないじゃん!」
「そんな駄々をこねても駄目です」
とりあえず、赤ワインはコルク抜きがないから却下、ウォッカとテキーラも危険なので却下、本当はもっと置いていきたかったけど、スクリューキャップの白ワインと、ウイスキーとジンを持っていくことにした。
「絶対、こんな量じゃ足りない……」
軽くなったトートバッグを悲しそうに見つめる岬さん……いや、さっきより軽くなっただけで、充分重い。
「みんなもお酒持ってくるんですから、一人でそんなに持っていったら余っちゃいますよ、あと、普通お花見で、昼間からウォッカとかテキーラは飲まないです!」
「そうかなー、天音ちゃんそんなことないよね?」
「えっ、私ですか!? お酒飲んだことないから分かりません」
「そうなの? 成人したんでしょ?」
「岬さんの頃と違って、成人は十八歳なんですよ、お酒は二十歳になってからなんで、まだ飲めませんよ」
「なん……だと……成人してるのに、お酒飲めないなんて、そんな……天音ちゃんかわいそう!」
「いやいや、今は、大学の飲み会でも一、二年生は二十歳になるまで飲まないですよ、岬さんの頃と一緒にしないでください」
「失礼な、私だって二十歳になるまで一滴も飲んでないし……その代わり二十歳になった日に浴びるほど飲んだけど……」
うわー、その光景、目に浮かぶな……
やっぱり、この人を連れてきちゃいけなかったんじゃ無いだろうか。
――始まる前から不安しか無いお花見だった。




