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【第292話】久々の研究室

『先輩、健斗から返事がこなくなったっす』


 彩ちゃんから連絡があった。


『なんだろう、ちょっと見に行ってみるよ』


 春休みだというのに、大学の研究室に行くことになった。


「私も行きましょうか?」


 陽花が一緒に行ってくれようとするが、


「いや、良いよ、自転車で行ってくる」


 休み期間は、定期を買わずに自転車を使うことにしている。

 授業じゃないので、多少時間が前後しても大丈夫だからだ。


 最初は授業も自転車で行こうとしたんだけど、朝のラッシュ時間帯は開かずの踏切のせいで30分くらい足止めをくらって遅刻したりしたので、それ以来授業は電車で行くことにしている。


 まあ、休み期間中でも誰かと一緒に行くときとか、飲み会があるときとかは電車で行くけど、その時だけICカードで乗っても、定期よりは全然安い。


「そんな! せっかく、涼也さんとお出掛けできると思ったのに……」


「ごめん、この時間なら電車の本数的にも自転車のほうが早く着くから……急いで確認したいし」


 残念そうにする陽花を置いて、部屋を飛び出した。


 自転車はこの前、夕花が練習するときに使ったから、タイヤの空気もバッチリ入ってるし、チェーンに油もさしてある。


 準備万端、出発と思って跨ったら、サドルが低い!……夕花が乗るから思いっきり下げてあった。

 サドルの高さを調整すると、気を取り直して出発した。ヘルメットを忘れずにかぶって、車道の左側を通るようにする。


 大学までは、直線距離で2〜3kmなので、踏切に捕まらなければ15分ちょっとで着くこともできる。

 とはいえ、自転車置き場に自転車を停めて、そこから教室まで歩いたりしてると結局30分弱かかってしまう。


 電車だと30分強かかるが、踏切に捕まるとこれが逆転する。あとは、タイヤのパンクとか、チェーンが外れたとか、雨が降ってきたとか想定外のトラブルがあるので、やっぱり授業があるときは、定期を買っておいたほうが無難だ。


 ……が、休みの日は多少なんかあっても大丈夫だし、自転車置き場から研究室も近い。


 それに、何と言っても、途中で寄り道ができる。

 今日は長丁場になることも考えて、コンビニでポテチとサイダー、途中の肉屋で手作りコロッケ(ひき肉入りと、カレー味一つずつ)を買って、研究室に向かうと、


「おお、来てくれたん。助かったっしょ」


 研究室にはすでに、悠二がいた。


「アップデートで今までの設定ファイルが使えなくなったみたいなんよ」


 なるほど……セキュリティのアップデートを自動で適用できるようにセットしておいたのが裏目にでたか……たまに、設定ファイルを書き換えないと動かなくなることがあるんだけど、そっちは俺の担当だ。


 どのファイルをどう直せば良いかは、ログを見てすぐ分かった。とはいえ、何十台もあるPC全部に適用するとなると、手作業でエディタを開いて直すのはしんどい。


「設定ファイルを書き換えるスクリプト作るから待ってて」


 実行するだけで、設定ファイルを書き換えて再起動してくれるスクリプトを即席で作る。


 その間、悠二はポテチで腹ごしらえする……俺が買ってきたポテチの倍はあるお買い得サイズの袋だ……俺もそっちにすれば良かった……


 まあ、コロッケがあるから良いか。


* * *


「スクリプトができてテストもOKだから全台に展開するよ、2番のPCから順番に実行していって」


「了解、管理者権限必要っしょ、ターミナル用意しておいたし」


 悠二のPCを見ると、大量のターミナルウインドウが開いている。


 いつの間に準備したんだ?


 これだと、こっちがスクリプトファイルを展開するより、悠二が実行していくだけの方が早いんだけど……


「いやいや、ちょっと待ってくれ、展開が追いつかない」


 普通、この台数だったら3時間くらいかけてやる作業じゃないの?


 このペースだと、あっという間に終わるな。


「早く終わらせて、コロッケ食べるっしょ」


 匂いでバレてたか……


 ――結局、最短時間で終わらせて、コロッケにありついた。


 悠二にコロッケを半分ずつあげて、悠二から唐揚げをもらった。


 こういうときの揚げ物って、なんか美味しいんだよね……


* * *


「春休みなのに、わざわざ直しに来ていただいてありがとうございました」


 健斗からお礼を言われる。

 AIを直したお礼をAI本人から言われるのって、なんか不思議な感じだ。


 そこへ――


「先輩、手伝いに来たっすよ」


 彩ちゃんが現れた。


「ごめん、今終わったところ」


「はい、この通り、普通にしゃべれるようになりました」


「えーっ、早いっすよ先輩、そんなに簡単に直るのだったんすか?」


 いや、難易度的にはそんなに高くないとはいえ、この台数だから簡単ではなかったんだけど、まあ、この時間で終わってるなら、簡単だったのか?


「ほら、アヤぽん、ポテチ食べるっしょ」


「あざーっす、さすが悠二先輩、いただくっす」


 お前、いったい何しに来た?


 ――結局、座談会となって、久々に悠二の話を聞いた。


 どうやら、茜ちゃんとは正式にお付き合いすることになったそうで、しょっちゅう手料理を作ってもらっているそうだ。


「三千花先輩とはどうなったんすか?」


「えーっと、三千花の妹が東京に出てくることになったから、一緒にアパート借りて住むことになった」


「……ホントっすか? それって、陽花さんとかも居るんすよね、ハーレムっすね」


 いやいや、むしろ同居人が多いが故に、二人っきりになれないという状況なのだが、それってハーレムなのか?


「いやいや、二人っきりになれる機会(チャンス)がほとんど無いんだよね」


「うれしい悲鳴っすね……地獄に落ちればいいっす」


 さらっと、ひどいことを言われた。

 ……が、ここまではっきり言われると、むしろ清々しい。


「いや、悠二のところの方がうらやましいだろ」


「そういうことじゃないっすよ、先輩が女癖が悪いから、三千花さんが可哀想っていう話っす」


 女癖が悪いって、そんなわけ……いや、心当たりがありすぎる。


「どうせ、早耶さんとか天音さんとかとも体よく付き合ってるんすよね、女の敵っす」


 いや、こっちから手は出してないんだけど……一緒に出掛けたくらいで……って、これ反論したら2倍になって返ってくるやつだ。


「三千花先輩も、よく怒らないっすよね、なんか弱みでも握ってるんすか?」


 弱みは握ってないけど、確かに……そう言われてみると、なんでこんな俺を好きになってくれるんだろう。


「まあ、冗談っすよ、どうせ、誰にも手を出してないんすよね」


 うん、図星だ。


「でも、三千花にはちゃんと手を出したほうが良いっすよ、愛想つかされる前に……」


 ――久々に、彩ちゃんと話した……というか、一方的な話を聞かされたけど。


 その辛辣な話は、ほとんどが的を射てることばかりで……


 チクチクと、胸が痛むのだった。

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