【第290話】夕花の自転車練習
「ほら、夢花も卒業したのよ」
スマホの写真を見ると、おめかしした夢花ちゃんがお母さんと写っていた。
「そっか、4月から中学生か」
穂乃花ちゃんと入れ違いで、同じ中学に入るらしい。
「セーラー服も買ったみたいよ」
もう一枚は、家でセーラー服を着て撮った写真だった。
同じ夢花ちゃんなんだけど、全然雰囲気が違うな……
やっぱり、中学の制服を着ると中学生っぽく見えるもんなんだな。
「いいなあ、夕花もセーラー服着たい」
ここに、未だ小学校に通っているのが一人いる。
どうやら、夢花ちゃんに先を越されて悔しいらしい。
「いいじゃないですか、毎日違う服を着られるんですから」
陽花がフォローしてくれるが、そういうことじゃなくて、制服を着たときの、このお姉さんになった感を味わいたいんじゃないかな。
「お姉ちゃんはいいよね、麗香さんのところで制服着たりしてるんだから」
「なっ、あれはお仕事なんですよ、決して、ああいう服が着てみたいとか、そういう訳ではないんです!」
その割には、コスプレするたびに俺を呼びつけるけどな……
そして、そういう服が似合うというのが、また厄介だ。
麗香さんが引き受ける依頼の性質上、アニメ関係が多いのだが、そういう格好がピッタリ嵌ってしまうのだ。
しかも、その度に写真を撮ってくれと言われるので、俺のスマホは陽花の写真だらけになってしまっている。
もはや、人に見せられないスマホになってしまったな……
いや、穂乃花ちゃんには見せてくれとせがまれるので、思いっきり見られているのだが……
「そういえば、夕花も春休みなんだよね」
「あんまり、学校に荷物置いて無かったから、普通の格好して帰ってきたけど、もう修了式も終わったよ」
そっか、普通は荷物たくさん持って帰ってくるけど、通ったばかりだから、そういうのも無いもんな。
「春休み、どこか行く?」
この時期になると、親子連れで電車とかに乗ってるのをよく見かける。
「うーん、公園とか?」
「それって、普段でも行けるんじゃない?」
「そうなんだけど、自転車の練習したいんだよね」
「えっ、自転車?」
「香菜ちゃんが、ちょっと遠くまで出かけるなら、自転車で行くといいって」
そっか、小学生の移動手段って言ったら、電車より自転車か。
でも、アンドロイドって、自転車乗れるの?
「バランス制御機能は二足歩行するために付いていますが、自転車はハンドル操作も必要ですから、難易度は高いですね」
陽花が補足してくれる。
確かに、二足歩行はスムーズにできるから、その延長線上ではあるけど、ハンドルを握る手との連携が必要だな。
「じゃあ、試しに練習してみようか……まず、その前にヘルメット買わないとな」
とりあえず、先に、ヘルメットを買いに行った。
* * *
「この肘当てと、ひざのサポーターはいらないと思うんだけど」
ヘルメットを買うだけのつもりだったのに、余計なものを色々買ってしまった……
だって、転んだとき、傷がついたらメンテナンス室送りになってしまうと思ったんだよね。
「まあ、お守りだと思って、付けといてよ」
結局、誰も付き合ってくれず、夕花と二人で自転車の練習しに公園まで来た。
三千花はバイトだし、陽花も麗香さんの手伝い、穂乃花ちゃんは地元の友だちが東京に遊びに来ると言うので出掛けてしまった。
「さすがに、転ぶ前に足付くから、大丈夫だと思うけど」
俺のほとんど使っていない折りたたみ自転車のサドルを思いっきり下げて、練習用に使ってもらっている。
最初は、折りたたんで部屋まで持って行ってたんだけど、早苗さんに、アパートの階段の下に停めていいって言われて、それから一回も折りたたんでない自転車だ。
「でも、ほら、子供用の自転車じゃないから、転んだら怪我しそうだし」
怪我というか、破損かな……破れて中身出たりしたらそれこそ一大事だ。
「まあ、じゃあ、最初は漕がないで、ハンドルでバランスとるの覚えるから、後ろから押して」
おお、子供の自転車の練習の定番のやつだ。
途中まで押したら、後ろ見てないのをいいことに、手を離すやつだろ。
「ブレーキの練習はその次にやるからね、手を話しちゃだめだよ、止まれないから」
釘を刺されてしまった……行動を読まれてるな。
「分かったよ、じゃあ、押すね」
ゆっくりと、押すと、少しずつ走り出す自転車。
一生懸命、ハンドルの動きと体のバランスを微調整してるみたいだ。
「なるほど、こんな感じか……ちょっとブレーキかけるね」
キキーッと、ブレーキの音がして、自転車は止まった。
「あっ、これは、結構いけるかも」
「えっ、もう良いの?」
「まだ、ペダルを漕ぐのが残ってるけどね……もう一回押してみて、スピード出てきたら、ペダル漕いでみるから」
めちゃくちゃ、呑み込み早いな……俺、必要かな?
と、そこへ、小学生の男の子がやってきた。
「おっ、なにしてんだ、今ごろ自転車の練習か?」
……この口調って、もしかして、達也くん?
「そうだよ、別にいつ始めてもいいでしょ、すぐ乗れるようになるんだから」
「ホントかよ、今日一日で乗れるようになるといいけどな」
「一日もかかるわけないでしょ、達也は一日かかったの?」
「へっへー、俺は一時間くらいで乗れるようになったんだぜ」
一時間で乗れるようになったのか、呑み込み早かったんだな。
確かに、体格もしっかりしてるし、運動も得意そうだ。
「ほら、お兄ちゃん、早く押して」
「はいはい……」
自転車を押して、少しスピードが出てくると、夕花は足をペダルに乗せて、自転車のスピードに合わせるように、ペダルを漕ぎ出す。
しばらくペダルを漕いでいると、自転車のスピードとペダルを漕ぐスピードが一致したみたいだ。
ちょっとずつ、ペダルで前に進むようになると、自転車を押してる感覚がなくなる。
「もう、離してもいいよ」
そう言われたので、手を離すと、勝手に自転車を漕いで進んでいく夕花……マジか、2回押しただけで乗れるようになるとは。
少し進むと、キキーッと、ブレーキをかけて止まった。
「どう? 大丈夫そう?」
「うーん、後は、自分で地面を蹴って、スピード付けてからペダルを漕げればOKかな」
そういって、足で地面を蹴って自転車を進ませる夕花……そして、ペダルに足を乗せると、普通に漕ぎ始めた。
「マジで、もう乗れるようになったのか!?」
驚く達也くん。
「まだ、もうちょっと調整しないと……ちょっと一回りしてくる」
そう言って、ぐるっと、一周する夕花……
もうちょっと、時間かかると思ってたのに、この間、わずか5分。
達也くんの一時間を大幅に更新してしまった。
まあ、バランス制御機能が付いてるみたいだから、反則だけど……
「うん、だいたい覚えたから、もう大丈夫だよ」
一周して帰ってきた夕花がそう言うと、
「……お前、スゲえな」
達也くんが言った。
あれっ? 意外と素直に認めるんだな。
しかも、時間で負けたはずなのに、なんか嬉しそうにしてるのは何でだ?
……えっ! もしかして、達也くん、夕花に惚れてる?
「じゃあ、私、このまま自転車で帰るから、じゃあね」
「お、おう」
といって、達也くんとは別れた。
* * *
「ねえ、達也くんって、いつもあんな感じなの?」
夕花が気づいてるかどうか、聞いてみた。
「そうだよ、変でしょ」
どうやら、全く気づいていないみたいだ。
夕花が5分で自転車に乗れたことも忘れて……
達也くんと夕花の関係に驚いてしまうのだった。




