【第288話】桜の樹の下で
「お昼何か食べたいものある?」
どうやら、好きなものを作ってくれるらしい。
なんだろう、さっき住民票に書いた「妻」という文字も相まって、新妻感が半端ない。
妻(未届)――つまり、婚姻届を提出してないだけで、実質的には夫婦だってことだよな。
まあ、二人で住民票移しに来て、一緒に住むんだから普通そう思うのか。
よく考えたら穂乃花ちゃんも住民票移さないし、陽花も夕花もそもそも住民票がないんだから、記録上は二人暮らしだ。
ただがデータベース上の記録と思うかもしれないけど、二人でそれを喜びあえるなら、そのデータにも意味がある。
「でも、今から帰って作ると遅くなっちゃわない? 何か食べていく?」
「そうね、でも穂乃花の分、どうしようかしら」
マイナンバーの書き換えなんかもあったから随分時間が掛かってしまった。
そっか、穂乃花ちゃんがお腹を空かせて待ってるか、それなら帰らないとな――
『大丈夫ですよ、私が作りますので、お二人は外食してきてください』
「ありがとう陽花ちゃん、じゃあ、お言葉に甘えて」
ということで、どこかでランチしていくことになった。
* * *
「あっ、ここ入ってみたいかも」
三千花が見つけたのは、古民家カフェだった。
うん、チョイスが三千花らしい。
ランチもやってるし、メニューにはローストビーフのプレートなんかもあって、なかなか良さげな雰囲気だ。
「じゃあ、ここにしようか」
「うん、楽しみ」
古民家風の建物で、隠れ家っぽい感じだけど、内装は落ち着いたアンティーク調のテーブルに木の椅子。すごくおしゃれだ。
「へー、落ち着いた感じで、良いところだね」
「本当ね、こういう雰囲気、好きかも」
来たばっかりなのに、もうリピートしてしたくなってしまう。
「いらっしゃいませ、ランチメニューとスイーツメニューがありますが、どちらになさいますか?」
「えーっと、ランチでお願いします」
「こちらがランチメニューになります。お車でなければ、Aコースはお飲み物がランチワイン、メインのお料理はこちらからお選び頂くようになります」
Aコースはアルコール、Bコースはソフトドリンク、Aコースだとオードブルも付くのか……三千花飲むかな?
三千花の方を見ると、「もちろんAコースで」と顔に書いてある。
「じゃあ、Aコースを2つで、メインはローストビーフと」
「グリルチキンで」
「はい、ローストビーフのコースとグリルチキンのコースですね、赤ワインでよろしいですか?」
「はい、お願いします」
今日はバイトも無いし、三千花が妻になった記念だ。昼間から飲むのも、まあいいだろう。
陽花が「どうぞ楽しんできてください」という言葉が、現実になった気がした。
* * *
「美味しかったわね」
「ホントだね、今度は夜も来ようか」
特にパンが美味しかったのは良かった。
値段もリーズナブルで、パンもおかわり自由なのにランチ価格という、学生にもやさしいお店だった。
ローストビーフも、ちょっとしたステーキくらいの大きさが2枚と、ボリュームも満点だった。
ワインも口当たりのいい、料理によく合うものがチョイスされていて、思わず二人とも2杯めを頼んでしまった。
「今日くらいはいいわよね」
「そうだね、最近忙しかったから」
それでも、陽花と夕花が家事全般をやってくれるので、かなり助かっているのだが、時間が空いていればバイトを入れたりと、なんだかんだ動き続ける毎日だった。
「ちょっと遠回りだけど、公園寄っていこうか」
「うん、桜咲いてるかもしれないわね」
川沿いの公園は桜の木が両岸からせり出してるお花見スポットだ。
まだちょっと早いかもしれないけど、開花宣言はこの前出たので、ある程度は咲いてるだろう。
――普通の住宅地を抜けて、橋のたもとに出ると、そこは、一面桜色に染まっていた。
「すごーい、こんなに咲いてるなんて」
今日の温かさで、桜の開花が進んだみたいだ。
七分、いや、八分咲きくらいだろうか。
「向こうの橋まで、みんな桜の木だ」
「綺麗ねー、見惚れちゃう」
俺は、桜に見惚れている三千花を見て、俺は三千花に見惚れてしまう。
こんなに素敵な女性が、隣にいてくれる。
まるで、桜から抜け出した妖精みたいだ。
「俺、三千花に出会えて良かった」
「どうしたの急に?」
「いや、幸せだなと思って」
「私もよ、好きな人と一緒にいられるのって、こんなに幸せなのね」
三千花が俺のことを好きって言ってくれるのが嬉しい。
「これからずっと、よろしくね」
「こちらこそ、よろしく」
桜並木を歩きながら、俺たちは――夫婦になったのだった。




