【第287話】三千花の続柄
「えーっと、どこか行きたいところ無い?」
突然、三千花にそう言われる……
しかも、やけに優しげな笑顔でそう言われた。
いや、ちょっと緊張してるみたいな感じもするな。
もしかして、何かバレたか?
でも、怒ってる感じじゃないし、むしろ普段より柔らかい雰囲気で――なんか可愛い。
「そういえば、区役所に行って転居手続きしないと」
三千花と、なぜか陽花までが、がっかりした表情を浮かべる。
えっ、もしかして、そういうことじゃなかった?
まあ、陽花は一緒に行けないのでがっかりするのは分かるけど、まあ、住民票もマイナンバーカードも無いのでしょうがない。
なんだろう、たまには自分が作るんじゃなくて、外食したいとかかな?
いや、陽花が作ってくれるときは、外食してるみたいなもんだからな……どちらかというと、家に専属シェフがいるみたいな感じだけど。
「あっ、でも、私も転出証明書もらってるから、転入手続きしないと……」
そっか、三千花は距離は近かったけど、区が違うから、転出と転入、両方いるのか。
「じゃあ、行こうか……穂乃花ちゃんは?」
「えーっと、学生のときだけこっちに来てるってことで、住民票は移さないで良いって」
「へー、そうなんだ」
「三花姉のとき、住民票移したら、二十歳の集いの案内が世田谷区から届いたから、地元の方に出られなかったんだよね」
「でも、真奈美も住民票移してたから、二人で出たわよ」
「あっ、そっか、まなみん居たもんね……私は一人で出てきちゃったから、集いのときは帰りたいんだよね」
なるほど、確かにそれは大きいかも。
俺も、住民票を移しちゃったから杉並区から案内が届いたけど、ちょろっと顔出して、飲み会は地元に戻って中学の友だちと行ったもんな。
「じゃあ、二人で行ってくるね」
「それでは、どうぞ楽しんできてください」
……区役所で一体何を楽しむんだ?
今日の陽花、ちょっと変だな。
いや、いつもこんなもんか……
「今、ものすごく失礼なことを考えていましたよね、そういう表情でした」
やたら鋭いツッコミをする陽花。
……やっぱりいつもと違うか。
* * *
「えーっと、その格好で行くの?」
なんと三千花がメイクしてるし、ワンピースがちょっと短めで、白い生脚が綺麗だ……しかも、普段はロングスカートが多いのだが、今日はバッチリひざが見えている。
「うん、だいぶ前に買ったんだけど、まだ着れそうだから」
七分袖のカーディガンからスラリと伸びる白い腕にも目を奪われる……こんな可愛い子が俺の彼女って、ちょっと信じられない。
陽花も手伝ってたメイクで、いつも以上に目鼻立ちがくっきりと際立ち、知らない人がみたら、どこかの女優さんかモデルさんじゃないかと思ってしまうだろう。
「区役所まで行かなくても、区民事務所で手続きできるから、歩いて行けるよ」
駅まで7分、そこから5分なので、歩いて10分ちょっとだ。
正直、ここまでおめかしする意味が分からない……まるで、結婚式にでも呼ばれてるみたいだ……いや、結婚式は新婦より綺麗なのはマズいから、それ以上だな。
「俺、この服で大丈夫かな?」
一応、陽花が選んでくれたので、そんなに変な格好はしていないが、いかんせん、三千花と釣り合いが取れてるかと言うと、服じゃなくて中身を変える必要があるな……
まあ、それは不可能なので(メイクでもすれば別だが)結局そのまま出かけることにした。
* * *
「えっ!?」
――すれ違う人が二度見してくる。
おそらく、こんなローカル駅にこんな美人がいるという驚きと、その隣に居るのが俺みたいな平凡な学生だという驚きが入り混じっているに違いない。
しかも、三千花さん、俺の左手に恋人繋ぎで手を絡めてくるのは反則だ。
やめて欲しいとは1ミリも思わないが、おおよそ区民事務所に行くようには見えない。
いや、唯一あるとしたら、婚姻届を出しに行くときくらいだろうか。
……まさか、出さないよね……婚姻届。
「こんなに近いのね」
大学の最寄り駅から、教室まで歩くくらいの距離かな?
1kmくらいあると思うけど、普段歩いてる距離だから近く感じてしまう。
「転居のときは……区民係に行けば良いのかな」
平日の朝ということもあって、意外と空いてるな。
住民異動届というのに記載をするのだが、三千花の分と、俺の分で二枚書かないといけないのかな?
俺の方は同じアパートで部屋番号が違うだけだから簡単だ……続柄は「世帯主」でいいだろう。
「私の続柄って、どうすれば良いのかな?」
三千花の続柄か……ちょっと聞いてみよう。
区民係のお姉さんに聞いてみると……
「続柄ですね、ご結婚されるご予定があるか、そういうご関係で届けを出さない場合は、内縁の妻という扱いで、『未婚の妻』とご記入ください」
……どうやら、俺たち二人を見て、結婚前の同居カップルと思われたらしく、そう言われた。
まだ、学生なんだけど……
「は、はい、『未婚の妻』ですね、ありがとうございます」
そういって、三千花は「未届の妻」と続柄に書いた。
……書くんだな。
確かに、プロポーズもしたと思うし、一緒に住もうとも言って、OKをもらっているので、その通りだとは思うんだけど……
続柄に書かれた「妻」の文字の破壊力が凄かった。
――その後、転居後の住民票を見ると、
氏名 忍野涼也 続柄 世帯主
氏名 野咲三千花 続柄 妻(未婚)
と、なっていた。
この住民票、みんなに見せられないな……
何言われるか分からない。
「これ、二人だけの秘密ね」
三千花もそう言ってくれた。
妻という響きが新鮮で、三千花がそれをためらいなく書いてくれたのが嬉しかったのだが……
また、一つ秘密が増えてしまうのだった。




