【第285話】誰にも言えないこと
「昨日は何もなくて安心しました」
陽花が能天気にそんな話をする。
――何もなかった、か。
確かに、会話上は何もなかったように聞こえたはずだ。
だが、俺の頬には、未だにあのときの感触が残っているような気がする。
柔らかい唇の感触が。
……言えない。
百歩譲って、サマンサみたいに「ワタシのクニではキスはアイサツです」っていう可能性もゼロではないのかもしれないが……
いや、現代日本というこの法治国家で、それはあり得ないか。
早耶ちゃんに法律は関係ないとツッコまれそうだが……
「どうしたの? 何かあったの?」
三千花が心配そうに覗き込んでくる。
「い、いや、昨日は偶然天音ちゃんの誕生日だったみたいなんだ」
キスのことは当然言えるはずもなく、俺は無難な話題で誤魔化してしまう。
「そうなの? それで何かプレゼントあげたの?」
「えーっと、ラピスラズリのペンダントを……」
「3月の誕生石だったっけ?」
「いや、誕生石じゃないんだけど、日本で初めてラピスラズリが確認されたとかでタイムリーだったのと、地球みたいな模様で気に入ったみたいだったから」
「そうなの、喜んだでしょ?」
「そうだね、合格祝いと誕生日祝いと成人祝い全部それ一つで済ませちゃったけど」
「うーん……ポイント高いわね」
「えっ? そうなの?」
全部まとめちゃったし、そもそもアクアマリンは高くて買えなかっただけなんだけど……
「プレゼントはいつ誰からもらったかが重要なのよ、その上、天音ちゃんがちょうど欲しがってたんでしょ? それ以上のものって無いんじゃないかしら」
まさかの好感度MAXプレゼントだったとは……
「なんだ、こんな完璧な彼女が居るのに、女子高生とデートしてプレゼントでポイント稼いだのか……しょうがないやつだな」
「ホントだよ、お兄さん、もっと奥手だと思ってたのに」
「えーっと、はい、すみません」
もう卒業してるから女子高生じゃないとか言っても火に油なので、ここは平謝りだ。
「大丈夫よ、私が行ったほうがいいって言ったんだから……でも、知らずに誕生日を選んじゃう辺りが涼也っぽいわよね」
「はい、申し訳ありません」
……言えない。
その上、キスまでされたなんて、絶対言えない。
これはもう、墓まで持って行く案件だな。
* * *
「サークルでお花見をやろうという連絡が来ています」
あー、そういえば、学校前の桜もそろそろ咲く頃か。
でもなんで陽花経由で連絡が来るんだ?
「だれからの情報?」
『はい、私です』
スマホから聞こえてきたのは健斗の声だった。
……って、健斗がお花見企画することなんてあるのか?
「いやいや、健斗がお花見企画したの?」
『いえ、二年生の皆さんが企画してくださいました。私は仲介役をしていただけです』
なるほど。
直接やり取りをしなくても、健斗を通してみんな繋がってるから、「もうすぐ桜が咲きそう」とか「お花見やりたい!」とかを健斗に伝えると、『◯◯さんもお花見やりたいと言っていました』みたいな感じで話がまとまったんだろう。
「そうなんだ。それで、詳細は?」
『はい、来週の日曜日、学校の正門前に11時集合です』
そこまで決まってるのか……
用事があったらどうするつもりだったんだ……まあ、無いけど。
『念のため、その日、予定が無いことは陽花お姉さんに確認済みです』
陽花から個人情報漏れまくりか……
いや、予定があるか無いかだけ確認できるわけだから、そこまででもないのか。
『それから、二年生で新しい部長を決めましたので、引き継ぎをして欲しいそうです』
そうか、部長は三年生がやるんだから、新四年生の俺は引退か……
全然考えてなかったけど、後輩たちが優秀ならきちんと運営されていくんだな。
『新部長の夏子さんから、先輩はサマンサ先生と御子神先生、文化祭に来ていただいた方や知り合いの方など幅広く誘ってくださいという依頼が来ています。お店を予約する訳ではないので、人数制限はないそうです』
えっ、サマンサは彩ちゃんが誘ったほうが良かったんじゃ……?
御子神先生が来るって言えば、天音ちゃんも来るかな……
だけど今誘うのはどうなんだろう。あんなことがあった後で、どんな顔して会えば良いか分からないし、電話とかメッセージなんか尚更だ。
「夕花も行って良いのかな?」
「アルコールは飲めないけど……って、水しか飲めないか……まあ、桜を見にみんなで集まるのが目的だから、それでもOKだろ。穂乃花ちゃんも行ける?」
「行って良いの? 東京の桜、楽しみ!」
穂乃花ちゃんの高校は、大学の隣だから、間違ってお酒飲んじゃいましたとかいうのは、無しにしないと……
入学前に停学とか洒落にならんない。
「真奈美も呼んで良いかしら?」
「そうだね、来れるかな?」
実家の旅館とかに帰省してなければ呼んであげたい。文化祭でお世話になったし。
『敷物とベースの飲み物とおつまみは二年生で用意しますので、追加で食べたい物や、自分の飲みたい物があれば、持ってきてくださいということです』
至れり尽くせりだな……
と感心していると、陽花が隣に来て耳元でささやいた。
「麗香さんは誘わないんですか?」
……すっかり忘れてた。
自由参加だし、誘うか。
「あのー、麗香さんも来ませんか?」
「今、忘れていただろ……まあ、仕事も陽花が手伝ってくれるお陰で順調だし、助手がいないんじゃ仕事にならないから、私も行くぞ」
サマンサ先生や御子神先生も呼ぶなら学生限定じゃないし、いいか。
じゃあ、とりあえず、先生二人に行けるか連絡するか……
天音ちゃんは……どうしようかな。
誰にも話せないので、一人悶々と思考しかないのだった。
* * *
「あっ、先輩! 今日から復帰してるんです! よろしくお願いします!」
バイト先に行くと、なんと天音ちゃんがいた。
態度は至って普通。以前と何も変わらない。
……もしかして、昨日のアレは俺の妄想だったのか?
だが、これはチャンスだ。
今なら普通に話せる。
「あ、うん、またよろしく! それで、突然なんだけど来週の日曜日大学の前の道でお花見するんだけど、天音ちゃんも来れる?」
「えっ、本当ですか! 絶対行きます!」
……即答だった。
今までの杞憂はなんだったんだ。
「なんだ少年、花見をやるのか? 昼間から酒を飲むんだな」
えーっと、その通りなんだけど、一番聞かれたくない人に聞かれたような……
「そうなんですけど、岬さん日曜日シフト入ってますよね?」
「酒を飲むのかと聞いただけなのに、シフトの話をするのか……来週は他の曜日のシフトを全部入れてしまったから、日曜日は休むように言われて、休みだぞ」
……しまった、墓穴を掘ったか。
まあ、今更一人くらい増えても同じだろう。
「じゃあ、岬さんも来ますか?」
「いいんだな、それなら世界中の珍しい酒を……」
「いえ、みんなそんなに飲まないので、普通に自分が飲むのを1本持ってくるくらいで良いですよ」
予想外の人が釣れてしまったが、まあ、天音ちゃんを普通に誘えたから良しとするか。
「あっ、私、もう時間なので上がりますね。お花見楽しみにしてます!」
「あ、うん、お疲れさまでした!」
しかし天音ちゃん、バイト先だから普通だったのか、それとも俺が考えすぎなのか、対応に困るな。
そして、誰にも相談できないのが一番困る。
誰でも良いから、話を聞いてくれる人いないかな?
そう思っていると、岬さんと目が合った。
……いや、絶対に酒の肴にされるだろ。
それに、酔っ払って天音ちゃんに直接聞いたりしかねない。
できれば、岬さん以外で……そう願うのだった。




