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【第284話】逆行ルートの先に

「えっ、こっちに行くんだ」


「はい、少し歩きますけど大丈夫ですか?」


 皆が歩いていく方向とは違う道を選ぶ天音ちゃん。


 すれ違う人はいるけど、同じ道を行こうとする人はいない。

 明らかに反対方向に進んでるような気がするんだけど……


「ま、まあ、俺は大丈夫だけど……」


 俺はバイトで体を動かしているから平気だけど、ずっと受験勉強で運動してなかったであろう天音ちゃんは大丈夫なのか。


 このルートだと、エスカレーターに乗るという手も使えないし……


「じゃあ、行きますよ、こっちです」


 いつものように、手を引かれて連れて行かれる。


 昨日、陽花から聞いた情報は全く役に立たなかった。


「まず、山ふたつですね、それから稚児ヶ淵、江の島岩屋まで行けると嬉しいです」


 さっき食べたタコせんべいは、この道を歩くためのカロリー補給だったのか……


 顔の大きさほどもあるタコせんべいをSNSに載せる写真を撮るでもなく、ペロリと平らげ、カップルや家族連れとは明らかに別ルートを踏破しようとする天音ちゃん。


 こんなにアグレッシブだったとは……


 まあ、バイト先でも、瓶ビールのケースは無理だとしても、缶ビールとかペットボトルとかの運び入れは普通にやってくれるし、何より良く動いてくれる。

 でも、それはお店の中の話であって、アウトドアでもこんなに活動的とは思っていなかった。


「そういえば、天音ちゃんは部活とかやってたの?」


「部活はバレー部でしたね……でも、引退してから全然やってないので、体がなまっちゃってますけど」


 なまっててこの行動力なのか……根っからのスポーツ好きは体の構造が違うな。


「あっ、ほら、海が見えますよ!」


 木々の間から海が見える……そうか、江の島に来てるんだっけ……もはやどこに居るのか、どこに連れて行かれるかもよく分からなくなってる。


 本当は、階段かエスカレータを登って、展望台から海を見るっていうのが定番なんだろうけど、こうやって見る海も綺麗だな。


「ほんとだ、綺麗だね」


「そうですね、地表の71%は海ですからね、波が侵食して様々な地形を形成してくれますし、海に堆積した地層が地上に隆起して見られる場所は本当に綺麗ですよね」


 ちょっと違う感想が返ってきたけど、もうだいぶ慣れた。


 地層か……そういえば、ニュースで、地磁気逆転した時代のチバニアンっていう地層が話題になってたな。普通の人にはただの崖にしか見えないらしいけど、天音ちゃんが行ったら、きっと大興奮なんだろうな。


 好きなことを語る天音ちゃんは本当に可愛くて、この姿を見てドン引きしてた男子に物申したいところだ。


「天音ちゃんと来れて良かったよ、中々ここまで詳しく説明してくれる人いないし」


「えっ、本当ですか!?……その、友だちにも、こういう話すると、天音って天然だよねって言われてたんですよ」


 天然っていうか、そっち系の知識がすごすぎて、みんながついてこれないだけなんじゃないかな。


「でも、茜だけは、私の話面白いって言ってくれて、その上、一緒に地学専攻もしてくれて……天音ちゃんの話聞いてたら地学やってみたくなったって」


 いい良い関係だなと思う。


 まあ、料理を専攻するわけにはいかないから、何か別の科目を選択するんだとしても、友だちが詳しい科目なら、普段から話を聞いてるから多少下地はできてるだろうし。


 何より、天音ちゃんが嬉しそうに話すのを聞くのが楽しい。


「でも、茜も結構理数系得意なんですよ、料理は計算と化学反応だって言ってましたから」


 それは料理ではなく、もはや何かの実験では……なんとなく悠二と気が合う理由が分かった。 


 ――そんな話をしながら山の中を歩いていると思ったら、急に民家の裏路地のような道に出た。


「なんか、雰囲気が変わってきたね」


「御岩屋道通りの傍まで来たんですね、もうちょっとです」


 お店の横の路地を抜けて突き当たると、そこは両側にお店の並ぶ石造りの通りだった。


「えっ、こんなところに、こんな場所があるの?」


「裏から回ってきたからですね、あっ、あそこの階段を登ると山ふたつが見えますよ!」


 なるほど、ここがメインルートなのか……本当は階段とかエスカレーターで登ってから下りてくるのか……さっきまでの景色とは全然違ってびっくりした。


 ……天音ちゃんに引っ張られるままに、階段を登ると、「山ふたつ」と書かれた石柱が建っている。


「ここです! ほら、海が見えますよね……波の力でやわらかい地層が侵食されて、海食洞ができて、その天井が崩落することで、今の地形になったと言われているんですよ」


 へぇー、昔洞窟だったんだ……ってことは、普通に陸地だったところに穴があいて、洞窟になって、それが崩れてこの地形になったってことか……スケールが大きすぎて想像つかないな……


「この場所知ってるってことは、天音ちゃん、来たことあるの?」


「はい、子供の頃、家族で来ました……その頃は、こんな知識なかったので、ただ綺麗な眺めだなと思ったんですけど」


 子供の頃からこんな知識あったら、お父さんもお母さんもびっくりするだろうな……まあ、子供の頃は普通の女の子だったってことか。


「あっ、ほら、ここの地層、関東ローム層ですよ! 箱根山の火山灰が降り積もって出来た柔らかい地層なんです。三浦軽軽石層、東京軽石層、箱根三色旗軽石層の3つの軽石層があって……」


 山ふたつが見える方と反対側の斜面を見ながら説明しだす天音ちゃん。

 これは……果たして、普通の女の子だったのか?


 まあ、貴重な理系女子なので、応援はするけど……


「ああっ! ごめんなさい、また、一人で盛り上がっちゃって……」


 そう、天音ちゃんが言った途端、


 ぐぅ〜……


 と、可愛らしい音がお腹から聞こえた。


「……そこのお饅頭でも食べる?」


「は、はい、食べましょう」


 お饅頭やさんで第二の腹ごしらえをして、山ふたつを後にした。


 ――その後、ちゃんとした定食屋でお昼を食べて、稚児ヶ淵、江の島岩屋、亀石を巡り――最後に江島神社から階段を下りて戻るという完全逆行ルート。


 各スポットでは天音ちゃんの地層解説が聞けたが、暗記は苦手なので、記録は陽花に任せるとしよう。


「あー、楽しかったですね。名残惜しいです」


 そうは言いつつも、天音ちゃんの表情にはやりきった感が溢れ出ていて、充実した一日だったことを物語っている。


 完全にフィールドワークだったな……


 デートっぽいことを期待した訳では無いが、全く何もないのもそれはそれで寂しい。


「もう夕方か……ほら、夕日が綺麗だね」


 橋の上から、夕日がよく見える。


「本当ですね……あ、ほら、富士山も見えますよ! 良いですね、行ってみたいです」


 夕日のオレンジと白い雪化粧をした富士山が綺麗だった。


「写真撮りましょうか! こっちに寄ってください」


 そう言って、急接近してくる天音ちゃん……自撮りでシャッターボタンを押すも、その写真には……


「逆光で影しか写ってませんね……」


 寄り添う二人のシルエットだけが写っていた。


* * *


「寝過ごしちゃいましたね」


「だね……」


 帰りは、下北沢で乗り換えるつもりが、案の定、新宿まで乗り過ごした。


「しょうがない、京王線で帰るか」


「そうですね、そうしましょう」


 天音ちゃんが寝過ごしても嬉しそうにしているのは、試験前日に、天音ちゃんが言った通りになったからだろう。


 ――駅からの帰り道、天音ちゃんが唐突に切り出す。


「試験の前の日、先輩が研究室に入ったら何がやりたいか聞いてくれましたよね」


「ああ、あれ……授業そっちのけでごめん」


「いえ、あれが無かったら、試験に受かってたか分からなかったです。本当にありがとうございました」


 天音ちゃんが深々と頭を下げる。

 いやいや、そんなにお礼を言われるほどのことはしてないと思うけど。


「あのとき、研究室でやりたいことも、今日先輩と江の島に来ることも、本当に起こる未来みたいに想像でしたんです……夢が一つ叶っちゃいました」


「それは、きっと天音ちゃんの願いが強かったんだよ」


「じゃあ、論文を発表する夢も叶いますかね」


「うん、きっと」


「えーっと、実は、もう一つイメージしたことがあって……」


「えっ、何?」


「それは……」


 天音ちゃんが耳元でささやくように、顔を近づける……


 ――そして、頬に、唇が触れた。


「!?」


 驚く俺を横目に、天音ちゃんは、数歩後ろに下がると、


「先輩! 今日は楽しかったです! ありがとうございました!」


 そう言って、笑顔で手を振り、走り去って行った。


 これ……


 どうしよう。


 俺は、一人立ち尽くしてしまうのだった。

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