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【第282話】天音ちゃんの欲しいもの

「はーっ、堪能しました」


 満足そうに息をつく天音ちゃん。どうやら誕生日を満喫してくれてるみたいだ。

 まあ、確かに俺は天音ちゃんがどれだけ地学を好きか知ってるので、気兼ねなく楽しめたのだろう――正直、ここまでとは思っていなかったが……


 誕生日に俺と出かけるのに躊躇がないのには、そういう意味もあるのかもしれない。一緒に受験という試練を乗り越えたというのも、大きいのだろう。


 ともかく今日は、合格祝い兼誕生日祝い兼成人祝いということで、天音ちゃんが思い切り楽しめる一日にしようと、改めて心に決める。


「お土産コーナーがあるね」


 まだ、江の島に上陸すらしていないのに、お土産を買うというのは荷物になることも考えるとどうかと思うが、誕生日プレゼントを買うとしたら、むしろちょうどいいお店だ。


「そうですね、さっきのカワウソのぬいぐるみがあると良いんですけど……」


 おっ、やっぱり女の子だな、地学だけじゃなくて、可愛いものも好きなのか。

 さすがに、あれだけ人気のあるカワウソグッズが無いわけないので、ぐるっと見回してみる。


「あっ、あそこにありました!」


「ホントだ、すごい人気だね、みんな買っていってるみたいだ」


 とくに、家族連れからの人気がすごい。みるみる在庫が減っていく。


 こういうとき「品出ししなきゃ」って思うのは、悲しいコンビニ店員の(さが)だな……


「どんどん無くなっちゃいますね、品出ししないんでしょうか」


 ――そういう、天音ちゃんもよくよく考えたらコンビニ店員だった。

 

『カワウソのぬいぐるみは、在庫切れのため、棚に並んでいるもので最後になります』


 店員さんのアナウンスが流れる……


 まあ、あれだけ可愛かったら、この人気にも頷ける。

 俺は天音ちゃんとカワウソの見つめ合う姿に心奪われそうになったけど……


 もしかして、このカワウソ人気、天音ちゃんのせい!?


 まさか、そんな訳ないか……


「どの大きさが欲しいの?」


「あの小さいのをカバンに付けたくて……」


 ああ、あの良くカバンにぶら下がってるやつか。

 なるほど、ちょうどいい大きさだな。


 俺は、ぬいぐるみのところまで行って、一番小さいカワウソをゲットした。

 あぶなっ、最後の一個だった。


「何とか残ってたよ、これで良い?」


「ありがとうございます、先輩! この子です! このつぶらな瞳が可愛いんです!」


 良かった、欲しいのが残ってて……これは誕生日プレゼントにしようかな。


 ――と、安心していると。


「あー! カワウソが無くなってる!」


 男の子の声が響いた。


「ええっ、お兄ちゃん! ぬいぐるみもう無いの?」


「さっきまであったんだけど……ごめん、もう無くなっちゃったみたいで……」


「うそっ、カワウソさん、欲しかったのに……うわーん!」


「お、おい、泣くなって、ほら、他のぬいぐるみならあるから」


「うえーん! カワウソさんがよかったのに……」


 女の子は泣き出してしまった。


 これって、俺が最後の一個をゲットしちゃったからだよな……でも、これは天音ちゃんも欲しがってたし、どうしよう。


 ちらっと、天音ちゃんの方を見ると、


「先輩、せっかくだけど、良いですか?」


 そう言って、俺からぬいぐるみを受け取る天音ちゃん……これから何をするつもりなのかは聞かなくても分かる。

 俺は、コクリと頷いた。


「欲しかったぬいぐるみって、これ?」


「あっ! カワウソ!」


「そ、そうだよ、それだけど……」


「妹さんのために、取ってきてあげようと思ったんだよね……えらい、えらい」


「そ、そんなこと……けっきょく無くなっちゃってたし……」


「じゃあ、これ、妹さんに買ってあげてね」


 といって、カワウソのぬいぐるみを渡す天音ちゃん。


「いいのかよ、あんたも買おうと思ったんだろ」


「いいんだよ、学校のカバンにつけようと思ったけど、よく考えたらお姉ちゃん、高校卒業しちゃったから、もう、つけるカバンがないんだ」


「それじゃ、いいんだな」


「うん、いいよ」


 やっぱり、天使みたいだな……妹さんからも「お姉ちゃんありがとう!」とか、お母さんらしき人からも「うちのバカ息子が……本当にごめんなさいね」とか言われてる。


「良かったの?」


「はい! せっかく家族で来たんですから、笑顔になって欲しくて……それに、兄妹ってうらやましいです」


 そうだよな、天音ちゃんのところは、お父さんが忙しくて、夕飯はいつもお母さんと二人だもんな……


 家族を大切に想う天音ちゃんに、少し、ほっこりしてしまうのだった。


* * *


「せ、先輩! 鉱石コーナーがありますよ!」


 パワーストーンのアクセサリーとかが置いてあるコーナーがあった……天音ちゃん曰く、鉱石コーナー、ぬいぐるみとは違って、競争率は低そうなコーナーだ。


「3月の誕生石ってなんだっけ?」


「アクアマリンですかね」


 アクアマリンのネックレスなんかも置いてあるけど、何やら桁が違う……

 これは所持金では到底手が出ないな。


「それよりも、ほら、ラピスラズリがありますよ、実は日本では産出しないと言われていたんですが、先日新潟の糸魚川で採取されたヒスイの原石から発見されたんですよ!」


 そんな、高級アクセサリーには目もくれず、地質学的発見を語る天音ちゃん。


 女の子っぽい天音ちゃんも可愛いけど、やっぱり、こっちの天音ちゃんの方が、落ち着く気がする……すっかり、感化されちゃったな。


「へぇー、綺麗な青だね」


「そうなんです! フェルメールもラピスラズリを絵の具にして、あの青を出したんですよ! ツタンカーメンの黄金のマスクにも、ラピスラズリが使われているんです!……古代エジプトやメソポタミア文明の頃から愛されてるなんて、素敵ですよね!」


 一言感想を言うだけで、これだけの応えが返ってくるって、どんだけの知識量なんだ?


 そんな、ラピスラズリの中に、一つ、目に止まったものがあった。


「これって、地球みたいだね」


 深い海のような青に、白やグレーの雲のような模様が付いた、まるで地球のような丸いラピスラズリのペンダントがあった。


「本当ですね……カルサイトが入ってて、地球みたいに綺麗です」


 うっとりと、ペンダントを眺める天音ちゃん。


 天音ちゃんが想像する地球っていう星は、きっと宇宙からみると、こんな風に見えるんだろうな。


「これ、欲しい? プレゼントしようか?」


「えっ、いいんですか?……でも、結構しますよ」


 いやいや、アクアマリンに比べたら1桁少ないので、これくらいなら余裕で……多少バイトのシフト増やせば……買える範囲だ。


「うん、合格祝いと誕生日祝いと成人祝い、いっぺんで良ければ」


「本当ですか! ありがとうございます! 一生の宝物にします!」


 そ、そこまで……


 まあ、あそこでぬいぐるみを譲ってあげたのが、これにつながってると思うから、天音ちゃんの行いが良かったんだと思うけど。


 天音ちゃんが喜ぶプレゼントが出来て、俺も嬉しくなるのだった。

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