【第281話】水族館と衝撃の事実
「先輩、いよいよですね」
江の島と言えば、新江ノ島水族館というくらい、定番のデートスポット。
もっとすごいところを巡るのかと思ったら、意外にも王道の水族館に入るんだな……
やっぱり、目的はデートなのか?
もしかして、この後、恋人の丘や龍恋の鐘辺りに行って、告白されるというシチュエーション……
いや、そんな訳無いか。
昨日、陽花から散々デートスポットの説明を聞かされたせいで思考がそっち寄りになってるな。
それに、やはり、このカップルの数!
朝からよくもこんなにイチャイチャできるんなってくらい、げんなりする光景だが、自分も天音ちゃんと手を繋いでいる(掴まれている)状態なので、人のことは言えない。
「水族館好きなんだね」
ものすごくワクワクしてるのが伝わってくるので、そう聞いてみると、
「ここは特別ですね」
ん?……特別?
「まあ、入れば分かります」
……なんだそれ。本当にデート……なのか?
しかし、入ってみないことには、その謎は解けなそうなので、人の流れに身を任せて、天音ちゃんに手を引かれながら、入口へと向かうのだった。
* * *
「ここです! 相模湾ゾーン!」
一見すると、ゴツゴツした岩場の水槽が並んでいたりする地味なゾーンなんだけど、天音ちゃんだけテンションの上がり方が違う。
「えーっと、岩場が再現されてるのかな?」
波しぶきが上がる岩場から、水が吹き出してくるところなんかは迫力があって、小さい男の子とかは、興奮してる子もいるんだけど、明らかにそれ以上のテンションの子がここにいる。
「そうなんですよ! 相模湾は陸地から近いところに深い海底谷があって、他の穏やかな海とは違う地形が形成されてるんです! ここから近いのは、片瀬海底谷、それから平塚海底谷とか二宮海底谷とか……」
……”平塚”くらいまでは聞き取れたんだけど、”カイテイコク”ってなんだ?
『海底谷ですよ、海中にある深い谷のような地形のことです』
スマホに、陽花からのメッセージが届く……なるほど、海の底が急に深くなっている地形のことか……勉強になるな……
「見てください、相模湾の多様な環境が見事に再現されていて、こうやって地形が波に侵食されていくと、また何千年後かには違った姿に変わっていくんです」
うん、はっきり言って、俺は天音ちゃんの地学好きを侮っていた。
水族館に来たのに、明らかに魚よりも岩を見てるし、何より、地形などの知識量が半端ない。
こりゃ、共通テストで満点取るわけだわ……
入学してすぐに御子神先生の弟子になれば、学者とかになれるんじゃないのかな?
「すごいね、やっぱり地学好きなんだね」
そう言うと、
「えっ……ああああっ! ごめんなさい! 私一人で盛り上がっちゃって!」
慌てふためく天音ちゃんも物凄く可愛い。
なんだろう、俺とか悠二もコンピュータに関してだったら、こんな風になるような気がするから、耐性があるのかもしれないけど、微笑ましいっていう印象しか受けないな。
やっぱり、自分が好きなことを楽しめるって、大切なことなんだな。
「全然大丈夫だよ、むしろ、そうやって天音ちゃんが好きなことで喜ぶところ見れたのが、なんか嬉しいし……」
「……えっ?」
一瞬、時が止まったような沈黙。
「そ、そうなんですか……男子にはもれなくドン引きされてたのに……そんなこと言われたの初めてで……先輩……ズルいです」
顔を真っ赤にしてうつむく天音ちゃん。
ん?……しまった、変なこと言っちゃったかな?
はしゃいでるところ見られて恥ずかしいと思ってるところに、その姿見て嬉しいとか、そんなこと言われたら、もっと恥ずかしいよな。
いや、でも、こんなときなんて言ったら良いか分からないんだけど……
「ほ、ほら、まだ他にも色々あると思うから、次のところにも行こうか」
とりあえず、話題転換だ。
ここの展示だけでも、30分以上はいた気がするので、さすがに次に行こうと言ってみる。
いくらなんでも、他は大丈夫だろう。
「は、はい、分かりました。名残惜しいですが……次に行きます」
本当にここが好きみたいだけど、いつまでもここにいる訳にはいかない。
えーっと、次は……
「深海ですよ! ほら、見てください熱水噴出域! 溶かされた鉱物が海水で冷やされて結晶になるんですよ……ああ、行ってみたいです」
――ここも同じだった。
しかも、行ってみたいんだ……こういうところって近寄っても大丈夫なのかな?
鉱物が溶けてるんでしょ?……潜水艦溶けちゃったりしない?
この水族館って、まさか全部こんな感じなのかな?
……もしかして、地学好きが集まる聖地的な場所だったりするとか。
これは、長丁場になりそうだ……と、覚悟を決めるのだった。
* * *
「カワウソ可愛いですー!」
いやいや、カワウソを見て目を輝かせてる天音ちゃんの方が可愛いけど……
ようやく普通の展示に興味を示した天音ちゃん。(普通の水族館にカワウソがいるのかは分からないけど……)
こうして見ると、どこからどうみても普通の18歳の女の子だな。
……ん?
18歳……なのか?
高校を卒業したんだったら普通は18だとは思うけど……
「そういえば、天音ちゃんの誕生日っていつ?」
「えーっと、今日ですね」
「えっ! 今日!?」
「はい、3月15日です」
ま、まさかの誕生日当日!?
「い、いいの? 誕生日に俺と過ごしてて……」
家族と誕生日パーティーとかあるんじゃないの?
クリスマスの時も、お父さん早く帰ってきてくれてたみたいだし……
――でも、それは違った。
「何言ってるんですか」
天音ちゃんは、俺の目をまっすぐ見ながら唇を動かした。
「先輩と一緒に過ごせる以上の誕生日があるわけ無いじゃないですか」
何気なく決めた日程……
澄み渡るような青い空……
地学好きのための水族館……
――どうやら俺は、
気付かぬうちに、18歳の誕生日の思い出を一緒に作っていたのだった。




