【第268話】陽花緊急メンテナンス
「おはようお兄ちゃん、行ってくるね」
えっ、もう朝!?
目を開けると、そこには、既にランドセルを背負って身支度を整えた夕花がいた。
「うわっ、こんな時間か、起こしてくれても良かったのに……」
「うん、だから今起こしたんだよ」
にこっと笑う夕花。
昨夜バイトだったとはいえ、起きられなかったな、これじゃ見送りにもいけない。
「ちょっと待って、今玄関まで……」
「ここで良いよ! じゃあ行ってきまーす!」
トタトタと、軽い足取りで走って行ってしまった。
「涼也さんは二度寝しても大丈夫ですよ。今度は私が起こしますから」
そう、魅惑の提案をしてくる陽花。
スヌーズ機能じゃないんだから、何回も時間差で起こされても困る。
「いや、もう起きるから大丈夫だよ」
「がーん、せっかく今日は涼也さんを起こせると思っていたんですが……」
露骨に残念そうにする陽花……余程楽しみにしてたんだな。
「分かったよ、もう一度寝ればいいんだろ」
「さすが涼也さんです! なんてやさしいんでしょう!」
すっかり眠気は覚めちゃったんだけど、まあ、良いか、寝たふりしよう。
目を瞑って、二度寝体制をとる。
すると――
「それでは、お目覚めのキスで……」
「ダメー!」
三千花が止めに入る。
「大丈夫ですよ、おでこですから」
「えっ、おでこ? えーっと、じゃあ良いのかな?」
いや、駄目だろ、もう我慢してられないので、目を開けて起き上がろうとすると。
――ゴツン!
陽花にヘッドバッドしてしまった。
「あー、涼也さん! なんで起きちゃうんですか!?」
「いたたた、大丈夫か! 陽花!」
全然痛そうにしてしてない陽花……って当たり前か、痛覚ないもんな。
「大丈夫ですよ、これしき」
――カラカラ。
「えっ、なんか変な音してないか?」
「この音、私からしてるんですか?」
カラカラ。
「もしかして、なんか部品がとれた!?」
「でも、大丈夫じゃないですか、特に機能は制限されてなさそうですけど」
カラカラ。
「いやいや、明らかになんか取れてるだろ!」
――というわけで。
陽花の緊急メンテナンスが決定した。
* * *
「すみません、突然」
「いえいえ、久々に陽花さんのメンテナンスをすることが出来るので嬉しいですよ」
車田さんがそういってくれるのだが、全然表情に現れないので、社交辞令なのかどうか分からない。
あっ、でもちょっとウキウキしてる感はあるな、本当に嬉しいのかも……
「それで、どのような状況ですか?」
「はい、朝お布団で涼也さんと頭がぶつかってしまい、カラカラと部品が外れたような音がするようになってしまいました」
「朝お布団でですか……」
ほんのり顔を赤らめる車田さん……なんか誤解してない?
「いえ、布団で寝ていたら陽花が起こしに来てくれて、起き上がろうとしたらぶつかりました」
「……そうですか、少し期待したのですが、そういう状況だったんですね」
何を期待されていたんだろう……アンドロイドとの恋愛とか?
アンドロイドもAIも”A”で始まるから、”AL”とかかな?……”BL”好きな女の人は彩ちゃんしかり、結構いるみたいだけど、”AL”も需要あるのか?
「すぐ直りそうですか?」
「どうでしょう。開けてみないと分からないですね。カラカラという音がしているので、ネジが外れているのではないかと思いますが、その程度の衝撃で外れるのであれば、元々ゆるんでいたのでしょう」
だとすると、ネジを締め直すだけで元通りっていう可能性もあるのか。
「では、開けますね、その前に電源を落とさないと……」
「いよいよ、涼也さんに私の中を見ていただけるんですね……はうっ!」
陽花の電源をオフにした。
……きちんとターミナルからシャットダウンしたからストレージに書き込み途中とかじゃないはずなんだけど……そんな直前までしゃべれるんだな。
「それでは、背中の方から開けていきます」
そういって、電子メスのようなもので、背中から首筋、そして後頭部までをスーッとなぞると、切れ目が入って、そこから機械部分が見えた。
カラーン。
何かが落ちてきたので、拾ってみると……小さいネジだった。
「これがカラカラいってた原因ですか?」
「そうですね、頭のフレームにセンサーを固定していたネジだと思います」
「どこか分かりますか?」
「動作に支障がありませんでしたので、おそらく温度センサーあたりではないかと……あっ、ありました。これですね」
フレームから外れて、ケーブルでぶら下がっているセンサーが一つあった。
「このセンサーをフレームのこの部分に固定すれば直りますが、やってみますか?」
「いいんですか? じゃあ、やってみます」
拾ったネジで、センサーを頭のフレームに固定する……これだけの作業なのに緊張するな。
「ドライバーの使い方が手慣れていますね」
「はい、PCを何台もバラしたり、組み立てたりしていたので……あっ、他のネジも締め直していいですか?」
「そうですね、他にもゆるんでいるネジがあるかもしれませんので、お願いします」
許可をもらったので、色々なセンサーのネジを締めていく……これはGPSセンサーかな? ちょっとゆるんでるな。
「ネジの締め方が上手です。あまり強く締めすぎると、アルミのフレームのネジ山が崩れてしまうことがあるのですが、しっかり留まっていますし、ネジ山も崩れていません」
「その辺は、やっぱりドライバーを手で回さないと身につかないですよね、電動ドライバーとかはちょっと苦手で……」
「欲しい……」
車田さんが無表情でつぶやく……
「えっ、何ですか?」
「失礼しました……うちの部署に欲しい人材だなと」
あー、そういう意味か。
無表情でつぶやかれると、正直ドキドキする。
「これで大丈夫ですかね、一通り締め直しました」
「ありがとうございます。漏れもありませんし、手際も良いです……合格ですね」
……何かの試験だったんだろうか……まあ、合格ならいいだろ。
「それで、駄目なら全然いいんですけど、匂いセンサーとかって付けられますか?」
「それでしたら、以前全く役に立たない匂いセンサーを取り付けたときのピンが残っていると思いますので、そこに付けられると思います」
といって、なにやら部品棚のようなところをあさり始めた車田さん。
「ありました。これは夕花さんに取り付けた匂いセンサーと同型のものですので、こちらを取り付けてみます」
そういって、おもむろにピンにハンダ付けを始める車田さん。
うーん、実に無駄のない動きだ。
「これで、パーツとしては組み込めましたので、あとは陽花さんの方から制御してもらえれば使えると思います……お料理のときなどに使うんですよね」
「えーっと、はい、そうです」
俺の匂いを嗅ぎたがってたとかは、絶対に言えないな。
「では、起動してみましょう」
一旦、背中は開けたまま、電源を入れる。
しばらくすると、陽花が目を覚ました。
「おはようございます。修理してくださってありがとうございます」
もうお昼だけどね……まあ、今日は起こしたり起こされたりだな。
「おはよう、どう? 異常はない?」
「えーと、背中がスースーするくらいで、後は大丈夫ですね……あっ、追加されているセンサーがあります」
背中が開いてるのって、感知できるのかな?
それよりも、どうやら新しく入れた匂いセンサーに気づいてくれたみたいだ。
「これは、匂いセンサーじゃないですか! これで涼也さんの匂いが堪能できますね」
メンテナンス室の女性全員がこちらを振り返った……いや、これは陽花が言ってるだけで、俺の趣味じゃないですから……
「料理をするときに使うのかと思ったら、涼也さんの匂いを嗅ぐためだったとは……AIがそういう願望を持つというのは、非常に面白い事象かもしれませんね」
車田さんが表情を変えずに、そんなことを言ってくる。
めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど……もう、帰ってもいいかな?
「バイト終わったらお風呂には入るので、石鹸の匂いくらいしかしないはずなんですけど……って、そんなことより、背中閉めなくて大丈夫なんですか?」
「一応、動作することを確認してから閉めたほうが、やり直しがあったときに便利なので……これから閉めますね」
そう言って、特殊な光のライトをかざして背中を閉じていく車田さん。
切れ込みなんて無かったように、綺麗に背中が塞がっていく。
「これで完了です。もう動いてもいいですよ」
「はい、ありがとうございました。涼也さん直りましたよ」
といって、こちらを向こうとする陽花……
「ちょ、ちょっと待って! 服着てから!」
裸に布を掛けただけという扇情的な格好で、こっちを向こうとする陽花……
中の回路が見えてるときは、そっちに集中してたけど、布一枚でこっち向かれると、色々見えそうで怖い。
「涼也さんになら、見られても大丈夫ですけど……」
いやいや、見ちゃったら、絶対後で「見られちゃいました」とか言うでしょ。
とりあえず、メンテナンス室から退散して、その間に服を着てもらった。
カラカラの修理はあっという間に終わったのに、その後は……これ、何とかしないとな……
ともあれ――
陽花の緊急メンテナンスは滞り無く終わったのだった。




