【第267話】春の陽気とスマホ機能
「送っていかなくて大丈夫?」
玄関先で靴を履く穂乃花ちゃんに、そう声をかけた。
「うん、多分こっちから行くのは大丈夫かな? 北の方に向かえば着くと思うし……」
めちゃくちゃザックリしたルート設定だな、大丈夫か?
穂乃花ちゃんが一人で帰れるというので聞いてみたけど、余計に心配になった。
「それって大丈夫なの?」
「帰りは地名が分かるから平気、平気!」
あーなるほど、確かにこっちの地名って分からないよな……
西馬込行きとか、押上と反対なのは分かるけど、西馬込がどこにあるのか未だに俺でも知らないし……
「それに、分かんなかったら夕花ちゃんにスマホで聞けばいいから」
――あれっ?
夕花がスマホ?
「夕花、スマホ持ってるの?」
「持ってないよ、小学生が持ってたら目立つでしょ、学校にも持っていけないし」
持ってないのに、なんでスマホで聞けるの?
「どういうこと?」
「スマホの基板が入ってるんだよ、タッチパネルの画面は仮想環境で再現して、それをタッチするみたいに操作したり、bluetoothキーボードの通信をエミュレートして文字を打ち込んだりできるようになってる」
なにそれ、聞いてないんだけど。
しかも、さらっと言ってるけど、結構な新機能だなそれ。
「じゃあ、メッセージアプリのID交換したりできるの?」
「出来るけど、学校からは送らないからね、連絡も取ってないのにお兄ちゃんが学校のこと知ってたりしたらスマホ持ってきてるんじゃないかって疑われるから」
あー、そりゃそうか。
なんかトラブルがあって、学校から連絡がある前に知ってたらおかしいもんな。
「どうしても連絡取りたいときは実験室経由で陽花お姉ちゃんと通信するから、お姉ちゃんからスマホとかで聞いてね」
なるほど、それだと今までと一緒か……俺に連絡するなら陽花経由すれば良いから教えてくれなかったってことか。
「学校行ってるときは送ったりしないから、ID教えてくれ」
「まあ、交換してあげないこともないけど……ほら、QRコード出して」
「えー、俺がだすのか……どこから出すんだっけ?」
「もう! 情報科学科でしょ! 夕花の画面は仮想環境だからQRコードは見せられないんだよ、ちょっと貸して!」
うわー、小学生の妹にスマホの使い方教わる兄って、情けないな。
「QRコード読み取り画面にしてから、マイQRコードだよ」
「どうやってQRコード読み込むの?」
「どうやってって、目で見て読むに決まってるでしょ」
決まってるんだ……まあ、眼球に見えるけど、本当はカメラなんだから当たり前か……
「涼也さん、私がまだパソコンの中に居たときから、その機能はありましたけど……」
「あっ、そういえば、確かにパソコンに付けたカメラからQRコード読めたな」
……でも、パソコンのカメラと眼球型カメラって同じなのか?
まあ、カメラなんだから一緒か。
「しっかりしてよー、はい、登録終わり、何か送るね」
返してもらったスマホを見ると、夕花から巨大なレッサーパンダのスタンプが送られてきた。
「かわいいでしょ?」
「でかすぎるだろ……」
「そんなことないよ、可愛いんだから大きくしないと」
まさか自作か……?
と、そんなどうでもいい話をしてたら、
「えーっと、もう、そろそろ行くね?」
あー、穂乃花ちゃんのこと忘れてた!
「うん、気をつけて、次会うときは中学卒業してるのか」
「そうだね、うわー、東京に住むのかー、なんだかまだ信じられないよー」
そして、穂乃花ちゃんと一緒に住むのか……そっちの方が信じられないな。
「じゃあね、陽花ちゃん! 毎日美味しいお料理作ってくれてありがとう!」
「しばしのお別れですね、今度はこちらで一緒に暮らしましょう」
そっか、ずっと陽花の料理食べてたんだもんな、でも、今度は綾花ちゃんが作るのか……
まあ桜さんも忙しくないときには作ってくれると思うし、こっちに来る前に家族水入らずで過ごして欲しいな。
「夕花ちゃんもありがとね、おかげで高校生になれるよ」
「えーっと、穂乃花ちゃんが高校に受かったのは推薦とれたからでしょ、学校の勉強頑張ったからだよ」
確かにそうだ、学校の成績が良かったから推薦取れたんだもんな、夕花とは一緒に勉強して仲良くなったんだから、それはそれで良かったけど。
「それじゃ、お兄さんも三花姉と仲良くね」
「ちょ、ちょっと、穂乃花、何よそれ!」
「もっとラブラブなのかと思ったら、熟練夫婦みたいだったから」
……それ、前に誰かにも言われたな。
「ほーのーかー、卒業式終わったらこっち来るんだからね、覚えてなさいよ」
「ヤバッ、じゃあ、もう行くね、バイバーイ!」
嵐のように去ってしまった。
「もうっ! 穂乃花ったら!」
ぷんすかしてる三千花も可愛いな……思わず、頭を撫でてしまった。
「ど、どうしたの!? 急に」
「いや、可愛いなって思って……」
「えっ、ちょっと、なんで!?」
うろたえる三千花も可愛い。
「口説いてますね」
「ホントだ、口説いてるね」
――しまった。
陽花と夕花が居たんだった。
「ずっとこんな感じだったんですか?」
「そんなことないよ、お姉ちゃんもスマホから聞いてたでしょ」
「そうですね、確かに急に積極的になりましたね、新居効果でしょうか」
そこ、冷静に分析すんな、恥ずかしいだろ。
まあ、陽花も帰ってきたし、暖かくもなってきたし――
ちょっと浮かれてるのかもしれないな。
春の陽気に誘われて、気の緩む休日だった。




