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【第257話】一日だけの姿

「ただいまー」


「おかえりなさい、遅かったわね」


 三千花が出迎えてくれるが、果たしてどこから話したら良いものか……


「それが、明日から小学校に通うことになったんだよね」


「えっ!? 4月からじゃなかったの?」


 いきなり結論を話してみたのだが、やっぱりそうなるよな。


「学校に行ったら担任の先生に会っちゃって、学校を見に来るくらいなら、授業を受けに来ていいってことになって」


「それで明日から行くことになっちゃったの?」


「小学生を平日の昼間に連れ回していると、涼也さんが逮捕されそうでしたので……」


「えっ!? 逮捕されそうになったの?」


 おいおい、三千花が心配するからと思って、お巡りさんに職質された話はあえて話さなかったのに……仕方ない、全部隠さずに話すか。


「それが、学校の外から、体育の授業を見てたら、お巡りさんに職務質問されちゃって……」


「そうなの!? それって大丈夫だったの?」


「そこに4月から夕花の担任になる先生が来てくれて」


「それで、授業を受けたくて学校に来たと思われちゃったのね……でも、陽花ちゃんのままで学校に行くの?」


「いや、今日の夜っていうか、明日の朝もう一回入れ替えて元に戻そうと思って……だから後でちょっと実験室に行ってくる」


「そうなんだ……じゃあ、陽花ちゃんの入れ替わりは一日だけなのね」


「そうなんです! 涼也さんの服を洗濯したかったのですが……」


「ごめんね、もう洗濯して干しちゃってるから」


「そうですよね……でも、三千花さんに堪能して頂けたのなら本望です……帰ってきたら私も匂いセンサーをつけてもらうようにします」


「に、匂いは堪能してないから……」


 ん? なに、その反応……もしかして、汗臭かったとか?


「そうなんですか? 涼也さんのパンツの匂いを嗅いだりしないんですか?」


「パ、パ、パンツの匂いは嗅がないから!」


 パンツ以外は嗅ぐみたいな反応だな……えーっと、俺、どうすればいいんだ?


「そうですね、いきなりパンツはレベルが高いですから、さすがにシャツとかからですよね」


「そ、そう、シャツから……って、嗅がない! 嗅いでないから!」


 これは明らかに嗅いでるような反応だが……


「ちょ、ちょっと俺、トイレ行ってくる」


 全然トイレなんか行きたくないんだけど、ここは逃げるしか無いな。


「ち、ちがうの! ホントに普段から嗅いでるとかじゃないから! 陽花ちゃんに言われたからちょっと気になって……」


 えーっと、これは自白というやつですかね……さっき職質されてたから、自白を強要されるつらさは身を持って分かってるんだけど……


 うろたえる三千花があまりにも可愛いのと、自分の匂いを嗅ぎたいと思ってくれたのが、ご褒美以外の何ものでもなかった。


* * *


「こんにちはー」


「おお、涼也くん、どうだい、ちゃんと入れ替わったかい?」


 午後になって、実験室にやってきた。陽花も一緒だ。


「はい、見事なまでに入れ替わりました」


「入れ替わりを許可して頂いてありがとうございます。お陰様で一日だけ東京に戻ることができました」


「えっ? 一日だけ?」


 聡さんが普段は見せない驚きの声を上げた……これは貴重だ。


「それが、学校を見に行ったら、夕花の担任の先生に会ってしまって、そんなに学校に来たいなら見学でもいいから明日から来ても良いと言われて……」


「それは……確かに、転入手続きは済んでるから、通おうと思えば通えるのか……でも、そんな数日のために5年生の教科書を用意するのも大変だから4月からにしてもらっていたんだけど……」


「教科書は貸してくれるそうです。ランドセルもまだこっちに持ってきてないなら、無くて良いって言ってくれて」


「いや、ランドセルは用意してあるから、今日持っていって貰えれば良いんだ。そうか、教科書は貸してもらえるんだね」


「はい、ランドセルはあるんですね」


 お金が足りなかったとはいえ、この前買わなくて良かった。


「流石に、六年生で新品のランドセルはおかしいので、知り合いから譲ってもらったんだよ」


「ああ、なるほど、そうですね、新品を用意しなくて良かったです」


「そうか、それで、明日からは夕花くんが学校に通うことになるから、入れ替わりは今日一日だけで、元に戻すんだね」


「そうなんです。すみません、またスクリプトをセットさせてもらっても良いですか?」


「もちろんだよ。そうか、目まぐるしいけど、仕方ないね」


 そうなんだよね、せっかく入れ替われたのに一日だけって。


 自業自得とはいえ、陽花もちょっと可愛そうだな。


 そう思って、隣を見ると――


 案の定、陽花はいつもの元気がなかった。


* * *


 スクリプトをセットしてると、聡さんがランドセルと洋服を持ってきてくれた。


 少し古ぼけた赤いランドセル。


 これを譲ってくれた子は、六年間これを背負って学校に通ったんだろうな。


 まだ一年は余裕で使えそうだ……ありがたいな。


「本当は、引っ越しが終わったら渡そうと思って用意していたんだが、明日から使うなら必要だろうから、持っていってもらえるかな」


「ありがとうございます! 洋服は少しは買ったんですけど、足りなそうだったので、助かります」


「このランドセル、背負ってもいいんですか?」


「ああ、そうだね、背負って帰ると良いよ」


 そう言って、ランドセルを陽花に背負わせてあげる聡さん……うん、どうみても娘に初めてランドセル背負わせてるお父さんだな……

 聡さん、姉貴と結婚してお父さんになる日が来るのかな……いや、そっちは想像できても、姉貴がお母さんになるのが一切想像できないんだけど……


「これがランドセル……昨日までお母さん役をやっていたのに、今日は小学生の体に入ってランドセルを背負っているなんて、脳がエラーを起こしそうです」


 人間の脳をモデルにして作られてるけど、脳みそが入ってるわけじゃないからな?

 まあ、人間と同じ言語を学んで、外見は人間と見分けがつかない体に入っていたら、自分を人間と勘違いしてしまっても、おかしくは無いか……


「まあ、一日だけの夢だと思えば、良いんじゃないかな」


「夢ですか……私には小学生だった記憶がないので、そういう夢をみることもなかったですが、これで、小学生のころの夢がみられるかもしれません」


 夜中に、その日に起こったことや考えたことを実験室のコンピュータで学習させるプロセスが、夢を見るのと似ているみたいなこと前に言ってたと思うけど、一度でもそういう経験をすると、小学生の頃の夢が見られるかもしれないな。


「俺もよく、小学生の時の夢をみるよ……お昼ごろまで寝てて、大遅刻する夢とか」


「それは、バイトで遅くに帰ってきて、大学に遅刻するかもしれないという強迫観念が生み出している思考ではないですか? 大丈夫ですよ、私が起こしますから」


「さすがに5時に起こすのは勘弁してくれ」


「そ、それは、しょうがないじゃないですか! 入れ替わったら涼也さんが目の前に居たんですから!」


 顔を赤くして、言い訳する陽花。


 まあ、しばらく別々の場所に居たから、会えて嬉しかったのは分かるな……


 でも、よく考えたら、入れ替わりしないで、いきなり再会したら、陽花の格好で抱きつかれてたってことだよな……それは、色々アウトだ。


 うん、危なかった。


 再度入れ替わりのスクリプトをセットしたので、明日の朝にはまた夕花に戻ってるのか……


 ランドセルを背負ったまま、鏡の前でくるりと回る陽花。


「似合ってますか?」


 一日だけの小学生か……


 夕花の体なんだから、似合って当然なんだけど……


「うん、すごく似合ってるよ」


 せっかくだから、一緒に買い物して帰ろうかな。


 たった一日だけのこの姿の陽花を、思い切り甘やかそうと思うのだった。

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