【第254話】入れ替わりの朝
「……い、入れ替わってます……入れ替わってますよ! 涼也さん!」
「うげっ、な、なんだ!?」
寝ているところにいきなり抱きつかれて、ちょっとパニックになったけど、夕花が俺に抱きついてる?……いや、この呼び方、もしかして陽花か?
「涼也さん! 会いたかったですー!」
「会いたかったって……今何時だ?」
時計を見ると朝の5時……会いたかったのは分からないでもないけど、さすがに早すぎるだろ。
「申し訳ありません、まだ起きる時間ではなかったですよね」
「まだ、夜明け前だよな……勘弁してくれ」
昨夜バイトから帰ってきたのが1時過ぎ、寝たのが2時過ぎなので、せめて、夜が明けるまでは寝かせて欲しかった……
「涼也さんは私と会えて嬉しくないんですか?」
「といっても、見た目は夕花だし、しゃべり方は陽花なんだけど、そこはスマホでしゃべってたから、あんまり実感無いんだよね」
「そ、そんな……どうやったら私を実感してもらえるんですか……もしかして、あんなことやこんなことをしないといけないんですか?」
「いや、実物の陽花にもあんなことやこんなことをしてもらった記憶は無いんだけど……まあ、そういうこと言うのは陽花で間違いないかも」
「ちょっと、心外な見分けられ方ですが、分かってもらえたので良しとしましょう」
まったく、どっちがお姉さんなんだか分からないな、これじゃ……
「そういえば、やることをお互いメモに書いてあるんじゃなかったっけ?」
「そうでした! そういえば夕花とそんな青春っぽいやり取りをするって言ってましたね」
どの辺が青春っぽいんだ? 交換日記的な何かなのか?
「えーっと、朝起きたら、お兄ちゃんに抱きついて匂いを嗅ぐって書いてありますね……これは奇しくも正解でしたね」
『あのね、その前に、お兄ちゃんの寝顔を見つめるっていうのと、朝ごはんの準備をするっていうのがあるでしょ……』
夕花もちゃんと入れ替われてるみたいだ……いつも陽花としゃべってるスマホアプリを使って話しかけてくる。
っていうか、匂いを嗅ぐまでがルーチンだったのか……
「おはよう夕花、そっちはどう?」
『どうもなにも、朝昼晩の献立とお弁当の作り方、洗濯機は2回に分けてあらうとか、何時にどこを掃除するとか、天気がよかったら布団干すとか、蔵の掃除するとか、やることがビッシリ書いてあるけど、これ本当に一日で終わるの?』
ひどいなそれ……本当に毎日それやってるのか? もしかして、やろうと思ってたけど時間がなくてできなかったことも入ってるんじゃ……特に布団干すとか、蔵の掃除とか……
「それでも随分減らした方なんですが……分かりました、食事と洗濯だけは必須で、後はできるところだけでいいです」
『なんか夕花が出来ない子みたいになっちゃってるけど、このメモがヒドすぎるんだからね! 夕花のメモにはお兄ちゃんと買い物にいくとか、ちゃんと陽花お姉ちゃんがやりたそうなイベントを書いてあげてるのに……これじゃバッテリーが切れちゃうよ……』
ホントに、これじゃどっちがお姉さんか分からないな……
「大丈夫ですよ、夕花のバッテリーとは容量が違いますので、それくらい全部やってもバッテリーがなくなることはありません」
『そうなんだ……でも、そっちはバッテリー無くならないように気をつけてね』
「分かりました。気をつけます……まず、朝ごはんの準備からですね」
「俺、もう一回寝て良い?」
「もちろんです! 寝顔を見るという使命がありますから!」
それ、使命なのか……さすがに3時間睡眠はきつすぎるので、もう一度布団に入ると、秒で寝てしまった。
* * *
「朝ですよ……涼也さん、そろそろ起きてください」
「……もう朝なのか……もう少し寝たいんだけど……って、顔近!」
目覚めると、目の前に夕花……もとい、陽花の顔があった。
時計を見ると、朝の7時だ……確かに夜は明けてるし、普通に起きてもおかしくない時間ではあるんだけど、さっき布団に入ったのが5時半くらいだったから、実質1時間半しか寝てない。最初の睡眠と合わせても4時間半だ……
「涼也さんの睡眠周期に合わせたんですけど……大体、90分周期なので……」
ああ、最初に深い眠りについて、それから90分後くらいに浅い眠りになって、そこからまた深い眠りにつくっていうあれか、スマホのアプリとかでも測れるやつ……
「できれば、もう一周期寝かせて欲しかったけど……」
「そんな……せっかく寝顔を見つめながら、眠りが浅くなるのを待ったんですけど……朝ごはんも作ってありますし……」
そこまで言われると、もう一回寝るのはかわいそうかな……
「それじゃ、起きるよ……その代わり、あとで昼寝するかも……」
「大丈夫です。今日の買い物はスーパーなので、近場です。お昼寝をする時間はありますよ」
しょうがない、顔を洗うか……
「あっ、おはよう……もう起きちゃったのね」
「うん、起きちゃったと言うか起こされたと言うか……」
三千花はもう、とっくに起きてたみたいだ……
「朝ごはんは、夕花ちゃ……じゃなくって、陽花ちゃんが作ってくれたから、今、パンだけトーストするね」
食卓にはベーコンエッグ、ハッシュドポテト、ソーセージとアスパラ炒め、温野菜入りシーザーサラダ、ポタージュスープ……洋風の朝食ビュッフェみたいなメニューが並んでいる。
「朝から随分、豪華だな……ポタージュスープなんてあったっけ?」
普段、朝食は和食だから、即席スープとか買ってなかったはずなんだけど……朝から買いに行ったのかな。
「いえ、じゃがいもがありましたので作りました」
……そこからなのか……ハッシュドポテトは……いや、聞くのはやめておこう……
「懐かしいわね、実家は朝はパンだったから……」
あっ、それで陽花的には朝は洋食にする習慣になってるのか……
「さすがに、パンは三千花さんと一緒に買いに行きました」
そりゃそうだろ、イースト菌とかないし……よく見ると、二人とも、着替えて出かけられる格好してる。
パンも焼けて、せっかくなので、俺だけパジャマのまま先に朝食をいただくことにする。
パンにベーコンエッグを乗せて一口食べるが、黄身は丁度いい半熟具合で、塩コショウとベーコンの味がマッチしてて美味しい。
「どうですか? 美味しいですか?」
夕花の顔で覗き込まれて、そう言われると違和感があるけど。
「うん、美味しいよ」
「良かったです! これです! この成分が欲しかったんです!」
これだけ美味しいんだから、美味しいっていうのは当たり前なんだけど、どうやらそれが聞きたくて入れ替わりたかったみたいだ。
うーん、それにしても、朝からこれだと、この先どうなるのかちょっと心配だけど……
まあ、陽花が嬉しそうだから良いか。
夕花の顔で、ニコニコしながら見つめてくる陽花を横目に、朝食を食べるのだった。




