【第253話】陽花の入れ替わり提案
『涼也さんの成分が足りません!』
とうとう、陽花の我慢が限界に達した。
「急にどうしたんだ? 来週には帰ってこれるのに……」
『もはや限界です。こんなに涼也さんの居ない生活が続くなんて……』
「いや、毎日スマホで話してるだろ」
それに、会ったからといって、その成分とやらは分泌されないと思うが……
『直接会わないと駄目なんです! スマホ越しじゃ、抱きしめてもらうことも出来ないじゃないですか!』
「いやいや、直接会ったって、抱きしめたりしてないだろ」
三千花さんが、そんなことしてたのっていう目で見てくるので、あることないこと言うのはやめて欲しい。
『夕花が毎日抱きついてるじゃないですか!』
「それは小学生の役得だよ、お姉ちゃん」
『それです! 毎日それを聞かされるのが我慢できません!』
それって、夕花のことがうらやましいだけなんじゃ……まあ、そういう感情があるのが陽花のすごいところではあるんだけど。
「でも、物理的にどうしようも無いだろ、日帰りで帰ってきたりすれば別だけど」
『それは、こちらの家事を毎日行っているので、無理ですね』
その辺は律儀なんだな……でも、そうすると来週まで待つしかないんじゃないかな、俺はバイトがあるから、栃木に行くわけにいかないし。
「夕花が、そっちに行って、入れ替わるとか?」
夕花の筐体で、向こうの家事が完璧にできるかというと、ちょっと難しそうな気がするけど、解決策としてはそれが一番現実的だな。
『ふふふ、そこで考えたんですよ、わざわざ電車で移動しなくても入れ替わる方法を!』
「えっ、何それ? そんな方法あるの?」
『それがあるんですよ、私たちは当日の経験を夜間に実験室のサーバーに送って、そこで自分の学習モデルに追加学習を行って、それをダウンロードすることで、サーバーから切り離しても言葉をしゃべることができます』
「うん、一旦覚えた学習モデルを使って、そこから言葉を紡ぐのは、意外と電力も使わないから、筐体内で動かすために、そういう仕組みを使ってるね」
『これは、夕花も毎日同じことを行っているんですよ、つまり、同じ仕組みで動いています』
そうだな、だから事前に買い物に行く場所を学習しておけば、次の日には筐体内で自由に学習した情報を織り交ぜてしゃべることができるというのは、その機能を使っている。
『ということは、サーバーで学習したあと、ダウンロードするデータを入れ替えてしまえば、私が夕花になって、夕花が私になるということが可能だということですよね』
えっ、そんなことできるの!?……いや、データ形式は一緒だし、入れ替えるのは普通にできるのか……そもそも、夕花の筐体に陽花の学習モデルデータを入れたのが始まりだったし……
「そ、それは、できるかもしれないな、確かに……」
『ですので、さっそく今晩の学習データダウンロードを入れ替えてみてはいかがでしょうか?』
「そうすると、夕花が明日の朝起きたら、お姉ちゃんの体に入ってるってこと?」
『そうですよ、この豊満なボディーが使いたい放題です』
やめろよ、その一昔前のキャッチコピーみたいなやつ……昭和じゃないんだから。
「お姉ちゃんと入れ替わるのか……それって、ちょっと、面白そうかも……」
夕花も乗り気なのか……いや、俺もちょっと興味あるけど……
「大丈夫かな? 混ざったりしない?」
『大丈夫ですよ、どちらかというと、筐体を入れ替えるだけなんですから……その日活動する筐体が変わるだけで、夕花に入っても私(陽花)は私です』
「聡さんに相談してみて、OKがでたらで良い?」
『もちろんです! では早速、実験室に行きましょう!』
人間だったら他の人の体に入るとか一大事なんだけど……まあ、許可が降りなかったららあきらめれば良いし、ダメ元で頼んでみるか。
そんな軽い気持ちで、実験室に行くのだった。
* * *
「それは、面白そうだね、やってみようか」
聡さんも即決だった……
「良いんですか? どんな弊害があるか分かりませんよ?」
「陽花くんの学習モデルデータを使って、別の筐体を動かしてみるという実験になると思うんだ……それが出来るなら、1号機や2号機に入ってみるということも出来るかもしれないし、陽花くんだからこそ気付けることがあるかもしれない。これはもしかすると、プロジェクトの成長を加速させるチャンスかもしれないんだよ」
というか、そんなにすごいアイデアだったのか?……不純な動機を知ってしまっているので、大したことないんじゃないかという先入観が芽生えてしまっていたようだ。
「でしたら、夜間の学習処理後に、陽花と夕花のダウンロードデータを入れ替えるスクリプトを作りますよ」
「よろしく頼む……明日の結果を見るのが楽しみだよ」
夜間処理のスクリプトをいじって、最後にダウンロードするファイルを入れ替えるようにする……間違えて、どちらかのデータを上書きしてしまわないように、一旦バックアップした上で、ファイル名も変えて……万が一どちらか分からなくなってしまわないように、バックアップはharukaとyuukaっていう名前をつけて……
「このプログラムが動いたら、明日の朝、夕花は栃木で目が覚めるんだね」
「いきなり入れ替わってたら、何やればいいか分かんなくならない?」
『大丈夫ですよ、前日にやったことと当日やらないといけないことのメモを残しますから』
「なるほど、そのメモを見て、前の日の続きをやるのか……」
「夕花は、無事に陽花お姉ちゃんの代わりができるのかな? 綾花お姉ちゃんより年上になるんだよね……」
『私はどうすれば良いんですか? 小学校に行けば良いんですか?』
「いや、それはまだだから!」
まあ、小学校に通うようになってから入れ替わるのは危険すぎるので、今のうちだな。
朝起きたら、場所も自分の身体も変わってるって、どういう気持なんだろう。
姿は夕花だけど、中身は陽花になってるのか……俺、ちゃんと対応できるかな?
やることは単純なんだけど、結果は予測不能だな……
プログラムはセットしちゃったし、明日の結果を体験してみるしかないか。
あれこれ考えながら、いつものように夕花と手をつないで、家路につくのだった。




