公開裁判
あひるランドでのダニの侵略は続いていた。すでにほとんどのアヒルが襲われて瀕死の状態である。次はカモメ、そしてハトが襲われることは誰の眼にも明らかだった。
しかしサマンサたちには戦う術がまったくなかった。動かせる軍隊がない。防衛すら出来ないのだ。いくら国民の絶大な支持があっても戦えなければ国民を守れない。これでは敵の作戦を知っていながら、敵のなすがままにならざるを得ないことになる。あひるランドが植民地になり、生き物たちが奴隷化されるのをただ見ているしかないのか。このままでは旧政権時代より悲惨な状況になることは間違いない。
「ピジョーはもう帰ってこないのかな」
はったんが何気なくつぶやく。
「分からないよ。村に辿り着けたかどうかも分からないんだから」
サマンサはそういうと途方に暮れ、畳に横になった。
すでに旧政権の中枢を担ったアヒルたちのほとんどが逃亡してしまっている。公開処刑されたものも多い。サマンサたちが当初、計画したアヒル旧政権との共闘は頓挫していた。
街ではかつて虐げられていたカモメやハトなどによる旧政権幹部の公開裁判、公開処刑が連日、お祭りのように行なわれていた。それだけでは収まらず一般のアヒルまで街中で、なんの法的手続きもなく処刑され始めていた。サマンサたちは止めようとしたが無駄であった。
旧政権時代の狡猾な強権支配、アヒルを頂点とした理不尽な身分制度に対する恨みは抑えられない。ダニの侵入を自分たちの解放と思っているカモメもいる。
今日も街では旧政権幹部であったアヒルの公開裁判が行なわれるという。サマンサとはったんは、それを止めようとアパートを出て現場に向った。
「裁判が行なわれれば必ず処刑になって殺される。これではあひるランドの国民を分断することにしかならない。敵の意のままじゃないか」とサマンサは怒りに震えていた。
「アヒルなんか俺たちの奴隷にしてやればいいんだ! 地ベタに頭をつけてみろ。お前たちが俺たちにさせたように、同じようにやってみろ!」
「殺せ、アヒルを殺せ!」と多くのカモメらが叫んでいる。
ハトは、両手を縛られ、足に鎖をつけられて広場の真ん中に引きずられてくるアヒルに向って叫び、いままでの恨みを爆発させている。
「暴力には暴力だ!」
踏みつけにされきた、生き物として扱われたことなど一度もなかったのだ。
石を投げるもの、唾を吐きかけるもの、罵声を浴びせるもののなかでアヒルは黙ったまま下を向いている。なにも話さない。
「まともに飛べないものがどうして鳥を名のれるのだ! お前たちは道すらまともに歩けないじゃないか。水に浮くしかない役立たずだ」
「なにが優良市民だ! だれがおまえらなんか助けるものか。アヒルの味方をする奴は敵だ!」
すでに立錐の余地なく集った群衆は、悔しさをてんでばらばらにアヒルに向けて、生のままぶつけている。
アヒルは黙っている。
「こんなの、間違っている」
サマンサはつぶやく。
「そうじゃない、そうじゃないんだ」
アヒル旧政権も当初はあひるランド全国民の幸せのために樹立されたものだった。しかしときが経つにつれ、政権組織が大きくなっていくとともに、腐敗していった。歪んでいった。いつの間にか生き物より政権が上位に置かれるようになった。自由と民主主義を高らかに謳ってはいたが、それは政権組織、政権決定の下にある限りで認められるものとなっていった。自由も民主主義も政権組織の上に置かれ、政権を律するはずのものから、次第に組織の下に置かれるようになっていった。
それをどうすることもできなかった。アヒルたちも自分が生きるためにはそれに流されるしかなかった。その反動であったのか、あひるランド旧政権はより強権的になっていった。
「分かっていたが、どうすることも出来なかった」
足に鎖をつけられ広場の真ん中に晒されるアヒルはひとり静かに、自分自身のこれまでの道程に語りかけるよう囁いた。
「だから、わたしはこれを甘んじて受けなければならない」
「殺せ死刑だ。いますぐ処刑せよ」群衆が大声で叫ぶ。
「待ってくれ。待ってくれないか」
サマンサは群衆に言った。
「サマンサ首相だ!」と群衆の中から声がする。
「こんなの間違っている。彼が罪か。彼が悪か。あひるランド旧政権のなかで、どうしようもなかったんじゃないか。歪んでいったのは旧政権だ。彼は確かにそれに飲み込まれた。どうしようもなく飲まれていった。流されていかざるを得なかった。それが保身だったとしよう。しかし生きているものの中で保身を考えないものがいるか。いたらここに連れてこい! 誰に保身を責められよう。誰が、ひとり叛旗を翻せと言えるのだ。弱いのだ。みな弱いのだ。生きていれば誰もが間違いを犯すだろう。罪を犯すだろう。過ちを犯さざるを得ないこともあるだろう。しかしそれは彼の悪ではない。僕たちハトやカモメだってそうじゃないか。それなのにいま、またここで僕たちは敢て罪をおかすのか。悪になろうとするのか。それでは旧政権と同じじゃないか。自分たちで自分を歪めてしまうのか。
この国の敵は蚤ヶ島だ。アヒルでもカモメでもハトでもない。力を合わせて戦うときが、いまじゃないのか!」
サマンサは一気にまくし立てた。皆が黙って聞いていた。
群衆の中からひとりのカモメが旧政権幹部のアヒルに近づき、手の縄を解いた。
そのときアヒルは叫んだ。
「わたしは赦されなくていい」
そのやつれた顔は、サマンサたちが政権を奪取したとき、次々に逃げ出す大臣、幹部たちを尻目に最後まで残り、サマンサとピジョーに深々と頭を下げたアヒル防衛大臣であった。
(つづく)




