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柿太郎の誤解

 柿太郎はおじいさんの家に閉じこもっていた。窓には時々、石が投げられる。「人殺し!」「村から出て行け」と殴り書きされた紙が玄関に貼られるようにもなった。

 ピジョーが伝えた『計画書』によって、村人たちは「村の蚤ヶ島化計画」を知ってしまったのだ。この責任と村人のうらみは柿太郎に集中した。

 村をシラミで混乱させ、さらに村の征服まで目論んでいるのは、紛れもなく柿太郎の母、枝子えだこなのだ。


 おばあさんが枝子率いる蚤ヶ島軍の攻撃で死んだことを柿太郎は弁天様から聞いた。

「親殺しの子」

 柿太郎は弁天様にもらった「もっこ」に向かいひとりつぶやいた。


 村人たちは柿太郎に対し、面と向ってはえて素知らぬふりをしていた。柿太郎が混乱していることを知りながら敢えてなにも知らぬふりをしていた。柿太郎に手をさしのべるものはいない。言葉を掛けるのは、せいぜい家のものや蟹、そしてあの日、丸焦げのピジョーを一緒に運んだごく少数のものだけである。それ以外のほとんどの村人は遠巻きに幼い柿太郎を眺めては、隠れて責め、石を投げた。投げられるものならなんでも投げた。

 根拠のない噂まで流している。なかにはこのまま柿太郎やおじいさんが死んでしまえばいいと口にするものまでいた。


 雑種犬のタローちゃんやネコの和代が話しかけても柿太郎はなにも答えない。思い詰めたように八幡様からもらった「もっこ」を眺めるばかりだった。

 どうしたらいいのか分からないのだ。自分に一体、何が出来るというのか。北野の谷の様子から想像すると、相手はおそらくかなり大きな軍事力を持っているだろう。それを動かす指揮命令系統も整っており、具体的な作戦もまとまっているだろう。そしてその指揮官がまさに自分の母親なのだ。母はすでに、知らずとはいえ、実の母親、おばあさんを殺している。村人たちの態度などより、それが痛かった。柿太郎は地獄の業火に焼かれていた。


「柿太郎、「もっこ」ばかり眺めていても仕方がないぞ」

 おじいさんが話しかけるが、柿太郎は相変わらずなにも答えない。

「弁天様が気に掛けているようだ。一度行ってみたらどうだ」

「うん」

 おじいさんのすすめに柿太郎は思わずそう答えた。


 柿太郎は「もっこ」を手に、数日ぶりに家を出て弁天様のところへ向った。弁天の神社ではネコの和代が巫女として働いている。その気安さもあったし、弁天様への疑問も持っていた。


「よく来たな」

 椅子に座るようすすめながら弁天様は言った。和代も境内の掃除を終え部屋に入ってきた。

「おばあさんをなぜ、止めなかったんですか!」

 柿太郎は語気鋭く言った。

「止められると思うか、ひとがひとを思う気持ちを。曲げられると思うか」

「じゃあ、なんであんな「羅針盤」を持たせたんだ」

「柿太郎には、まだ理解できないかも知れないが、ひとはそれぞれ、否が応でも心に約束を持っている。欲や飾り、打算などを一切取り払った、ひととしての約束だ。長い間、様々なものを見るにつけそう感じてきた。それに突き動かされ行動するときがあるのだ。心の約束を守ろうと覚悟するときがあるのだ。

 覚悟したものは強い。心の約束を守るため覚悟して立ち上がるものは決して負けない。たとえ実際の争いに負けたとしてもだ。私はあの日おばあさんの覚悟をみた。「命の羅針盤」は心の約束を映す。せめてあの「羅針盤」さえ持っていれば、どんな状況になっても、ひとはひとでいられるのだ」

 弁天様は確信を持ってそう言った。

「柿さん。おばあさんにも、おそらくピジョーにもそれがあったのよ。きっとあなたにもある。私には、なにか分かるような気がする。遠くでその約束が私を呼んでいる気がしてならない。その気持ちが不安のようにうずき、痛むことがある。世の不条理やひとの思いの行き違い、そんなこといくらでもある。しかし、約束は曲がらず私を呼んでいる気がするの」


 柿太郎は家に帰り「もっこ」を眺めながら弁天様の話を思い返していた。

「お母さんと戦う」

 ピジョーもひとり戦った。おばあさんもそうだ。ひとりで助けなどなにひとつないなか、力など欠片もないのに、戦おうとしたのだ。

 状況はここまできてしまっている。たとえ蚤ヶ島軍を制圧し、蚤ヶ島政府の幹部たちや、なによりも母の枝子と交渉して調停を結んですむ話しではない。村を守るためには母親を倒さなければならない。

 柿太郎は母を殺す覚悟を決めた。





(つづく)


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