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9:四月十二日その③

「何で先輩までくるんですか」

「寮に入れるって話なんだろう? だったら学校に関することでもあるし、私がいて損になることはないと思うぞ」

「そういうもんですかね? 別にいてもいなくても変わらないと思いますけど」

「優木くん、せっかく来てくれてるのにそんな言い方……」

「ああ、そうか。優木……言ってくれたら二人きりにしてやったのに」

「はぁ?」


 放課後、俺と露木、そして渕上先輩という異色……でもないか、昼飯一緒に食ってたし。

 まぁそんなメンバーで再び露木の家を訪れる。

 昨日のことを引きずっている、ということはさすがにないと思うし、また包丁を出してきて、なんて狂った状況になってもおそらく渕上先輩がいれば、何とかなる気がした。


「わ、私と二人きりが良かったんですか?」

「お前、話聞いてたか? 俺がいつ、そんなこと言ったよ」

「そう邪険にしてやるな。お前の数少ない理解者なんだぞ?」

「……別に、頼んではないですけどね」

「はぁ……やれやれだな、優木。お前には素直さが足りない。まぁそこが可愛いところでもあるわけだが。しかしな、そういう態度も程々のところで軟化させておいた方が後々の為じゃないかと私は思うがな。私の様に彼女は強くないんだから」


 強くない、か。

 まぁ確かにある面ではそういう部分が目立つこともある。

 だけどこいつの強さは一定の状況下で発揮される類のもので、普段から発揮できるものではない、というだけのことなのではないかと、俺は思っている。


 そして渕上先輩だって、ただちょっと身体能力がズバ抜けているだけで、それ以外は割と普通の女の子なのだということを、俺は知っている。


「何だ、優木。その慈悲に満ちた顔は」

「へ? 俺そんな顔してました? 気のせいじゃないかと思いますが」

「いや、確かにしていた。何だ、お前は私を女の子扱いしてくれるのか」


 何で口にしてないのに、わかるんですかね。

 俺ってそんなにわかりやすいか?


「せ、先輩だって強いかもしれないですけど……それはあくまで身体能力の話で、精神的な部分はちゃんと女の子なんだと思います、私は」

「そうか、ありがとう。けど別に私は男扱いされようとメスゴリラ扱いされようと、別に構わないぞ。なぁ、優木」

「ぐ……そんな昔のこと、よく覚えてますね……」


 去年の乱闘騒ぎの後、停学を食らった俺の元に現れた先輩に向かって俺が放った第一声。

 それが、何しにきたんだよこのメスゴリラ、だった。

 一瞬ぽかんとした顔をして、その後大笑いして俺にヘッドロックを決めてきたのを覚えている。


 だって、めっちゃ柔らかかったからな。

 いや、何処が、とは言わないが。


「言われた方は案外忘れないものさ。精一杯の虚勢なんだろうとは思うが、こいつは可愛いやつだ、と思うきっかけになった一言だったからな」

「優木くん……先輩にそんなこと言ったんですか?」

「わ、悪かったって。その後ちゃんと謝ったはずなんだけど……」


 またしても軽蔑の眼差しを向けられ、割と本気で露木が俺を軽蔑したことがわかると、さすがに気まずくなってくる。

 

「だけどな、露木さん。ああやって悪態をついてくるっていうのは、好意の裏返しの場合が多い。覚えておくといいぞ」

「まぁ、そうですよね。仲良さそうですし」

「別に、そんなつもりじゃ……」


 こいつら仲良くなったなぁ。

 いっそこの二人で付き合ったら上手く行くんじゃないか?

 今どき百合なんて珍しくも何ともないんだし、世間的な風当たりだって、そう強くないだろうし。


「つきました。行きましょうか」

「私がついてる、安心しろ」

「…………」


 流血沙汰になったりしなければ別に構わないと思うが……ドアの向こうで包丁持って待ち構えてたり、なんてことがあると怖いな、とつい身構えてしまう。


「あら、帰ってきたのね。昨夜は優木くん、迷惑をかけたみたいね」

「……何で知ってるんだ?」

「この子、律儀だから。連絡だけは入れてきたのよ。で、そちらは?」

「私は朧谷高校三年、生徒会長をしております、渕上琴音です。ご挨拶が遅れました。こちらの二人とは懇意にさせていただいております」


 随分と丁寧に挨拶をしているが、渕上先輩は気を緩めていない。

 昨日のことを聞いているから、というのもあるのだろうが、この異様な雰囲気にのまれない辺りはさすがだと思う。


「そうなのね。で、生徒会長さんが来たってことは、学校でのお話なのよね? 聞かせてもらえるかしら」

「まずは露木さん、自分から話すんだ。補足があれば、私や優木で行うから」

「え、俺も?」

「乗り掛かった舟だろう、それくらい協力してやれ」

「…………」


 正直この母親と口利くのあんまり気が進まないんだよな。

 俺みたいな能力があるわけでもないだろうに、こっちのこと見透かしてくる感じがして、正直気味が悪い。

 みんなが俺を見るとき、こんな気分なのか、って錯覚してしまうから。


「私、家を出たいと思っています。朧谷高校には寮もありますし……お母さんやお父さんに多少、負担が増えてしまうかもしれませんが」

「そう、自分で考えて決めたの?」

「えっと……多少、優木くんに背中を押してもらった、という部分はあります。けど、決めたのは私です」

「望、あなたよほど優木くんが気に入ったのね」

「…………」


 そんなわかりきったことではあるが、面と向かって、しかも本人以外から本人の前で言われると、こんなにも恥ずかしいものなんだな、と思う。

 しかしながら意外なことに、この母親は露木の変化を好ましく思っている様だ。


「この二人は特に男女交際をしているというわけではない様ですが、そうなるのも時間の問題でしょう」

「は? ちょっと、勝手に話を進めないでくださいよ、先輩」

「何を言ってる。お前だって憎からず思っているところがあるから、こうしてここまでついてきたんだろう? お前は本当に関心がなかったり、嫌っている様であれば関わろうとすらしないじゃないか」

「…………」


 もう、勝手にしてくれ。

 交際なんか多分しないけどな。


「望は支えがなければ生きていけない様な弱い子ではない、と思っていたけど……支えがあればもっと楽に生きていけるものね。優木くんがどう思うかは別にして、寮での暮らしを望むのであれば、私もあの人も反対はしないと思うわ。何か必要な書類はあるのかしら?」

「では、こちらに署名と、捺印を。今までの学費に寮費が加算されますので、ご了承いただけますか」

「財政的な話は特に問題ないわ。私もあの人も余る程度に稼いでいるから。話は以上で?」

「今日すぐに入ることはできませんが、早ければ明日の放課後には入寮できるでしょう。そして今日なのですが……彼女がどうしても彼の誕生日会をやりたい、と言っていますので、連日のことで申し訳ありませんが、娘さんをお借りすることになるかと」


 本当、ズンズンハッキリと言っていくなこの人。

 そしてそんな先輩を、この母親は特に嫌悪している様子もない様だ。


「優木くん、誕生日なの?」

「今日じゃないけど。だから別に俺はいいって、言ったんだ」

「私が、お祝いしたかったんです。許可してもらえますか?」

「構わないんじゃないかしら。こんなにもはっきりと望が何かをほしがるって、初めてだもの。なら私からも、プレゼントをあげようかしら」

「は? いらないんだけど……」

「望を、あげるわ。好きにしていいわよ」


 この言葉に、リビングにいた俺たちの間の空気が凍り付くのを感じる。

 先輩は顔色を変えずにいるが、少し憤りの為か力がこもっている様に見えた。


「あんた……子どもは物でも犬猫でもねぇんだぞ」


 そして俺も、気づいたら言葉を口が勝手に紡いでしまっていた。


「そうかしら。養育義務があるうちは親の所有物と変わらないわよ」

「ふざけんな!! 娘がそんなに疎ましいのか!? 大事に思えないのか!?」

「……優木くん!! もういいですから!!」

「落ち着け、優木」


 何でだろう、こんなにも誰かに対して怒りを覚えるなんて。

 こんな感情は初めてかもしれない。


「あんたらの都合で勝手に生んで、愛情の欠片も与えてやらないで、養育しているから所有物だぁ!? 露木だって、一人の人間なんだ!! 傷つく気持ちがあって、それでも他人を気遣う優しさだって持ってて……アホだなって思うことだってあるけど!! ……それでも!!」

「それでも?」


 俺の言葉に眉一つ動かさず、張り付けた様な笑顔を向けてくる母親。

 その顔を見ているうち、こいつにゃ何言っても無駄だ、なんて思えてきて俺の頭は次第に冷えて行った。


「……何でもねぇ。行くぞ、露木。必要な荷物あるなら、手伝ってやるから」

「あらあら……案外ヘタレなのね。でもいいわ、そういうの。私結構好きよ」

「…………」

「……では、娘さんの必要な荷物だけ失礼して、今日のところはお暇しますので。何か追加で必要なものなどありましたら、その時は随時ご連絡させてもらいます」


 後ろから先輩が俺の肩を掴み、またも落ち着け、と宥めてくる。

 どうしてなのか、あの母親の発言に我慢ならないものを感じたのは。

 何で俺は、あんなにも激昂したのだろうか。

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