10:四月十二日その④
「なぁ優木」
「……何ですか」
露木の家を出て、寮へと向かう途中。
やたらとニヤニヤした、腹の立つ顔で先輩が俺に問いかけてくる。
「あの時の、それでもの続きは何だったんだ?」
「…………」
「なぁなぁ? 言えよ、言ってしまえよ。楽になるぞぉ?」
うざい。
この人こんなキャラだったっけか。
「わ、私も聞きたいです」
「尚更言う気なくなった。とっとと行くぞ。荷物、案外重たいんだよ」
「照れてるぞ、露木さん」
「そうみたいですね、先輩」
「…………」
わかってんなら聞くなよ。
俺だって、我に返って正直恥ずかしい思いしかなかった。
勢いに身を任せて、取り返しのつかないことを言うところだった。
どうもあの母親相手だと、調子が狂ってしまう気がする。
もし、あの母親が正常な人間だったなら……展開は随分と違っていたのだろうが。
もっともあの母親がまともだったなら、露木だって家を出ようなんて決断はしなかったんだろうと思うが。
「でも、私の為にあんなにも一生懸命になってくれて、私嬉しいです」
「……そうかよ」
「なかなかカッコよかったぞ、優木。あの母親相手にあそこまで啖呵切るなんて」
「……もう、黙って歩いてくれません?」
あの時、俺が我に返ることがなかったら。
おそらく今の流れももっと気まずいことになっていたのだろう。
言おうとしていたことは今でもはっきりと覚えているし、発せられなくて良かった、と思える様なことだったのだから。
『それでも、こいつは可愛いやつだし俺にとっては大事な人間なんだ! あんたが大事に出来ないって言うなら、俺が代わりに大事にするよ!! とっとと縁切れ!!』
自分の声で脳内再生されて、改めて俺は恥ずかしさがこみあげてくるのを感じる。
こんな、愛の告白みたいな……しかも相手の親に向かって。
本人も第三者もいる前で。
危なかった。
おそらく俺の人生の中で三本の指に入るくらい、危なかった。
「そういえば優木くんの部屋、エッチな本とかなかったですけど。そういうの、どうしてるんですか?」
「……何でそんなこと聞くんだよ」
「気になるじゃないですか。想像派だったりします? あ、そうか人の記憶で……」
「言うと思ったけど、違うから。世の中にはインターネットっていう便利なものがあるからな。ネットは何でも教えてくれるんだよ」
「まぁ、そうだろうな。とは言っても優木、お前にはもうそんなもの、必要ないんじゃないのか?」
「は?」
俺に禁欲生活しろってのか?
そこまで盛んな方じゃないし、別に年単位で我慢しろとか言わなければどうにかなるかもしれんけど。
「露木さんはもう、お前のものなんだ。親公認でな」
「……だから、それは」
「そ、そうですよ。好きにして、いいんですよ?」
「……はぁ」
「それに私も、お前のそういった部分の処理に協力するくらいは構わないと思っているからな」
「……そこは構いましょうよ」
またそういうこと言うから、露木の顔が……。
表情がそこまで変わらないのに、雰囲気だけがどんどん邪悪な感じになってるのは、やっぱ母親の血筋なのか?
好きにしていいわよ、とか言われたからって、やったぜ! なんて思えるほど俺は単純に出来てないつもりなんだけどな。
「あ、そうだった。ケーキを買って帰るぞ。どうしよう、食事もこれからだし……」
「別にコンビニで適当に見繕ったら良くないですか? ていうか本当にやるんですか? 明日も学校あるのに」
「祝い事なんだから、気にするな。それに多少の寝坊程度で遅刻もないだろ」
「そうですよ。それとも……ご迷惑ですか?」
またこの流れか。
抵抗しても無駄なのだということは、よくわかった。
だから俺は仕方なく、二人の言う通りにすることにした。
「じゃ、とりあえず……優木、誕生日おめでとう」
「十七歳ですか、私まだ半年くらいありますね」
「……どうも。ていうか狭いな、やっぱ。三人も人間が入るなんて想定してないからなんだろうけど」
結局ケーキはコンビニでそこそこのお値段のものをいくつか買って、食事に関してもコンビニ飯なのだが……またしても俺たちは先輩に奢られてしまった。
こんなに借りばっか作って、後々後悔する様なことにならないといいが……。
「まぁ別に問題ないだろう。それより優木、露木さんがお前にプレゼントをしたいそうだぞ」
「は? そんなもんいつの間に……」
「あ、買ったりしたわけじゃないんです。ただ……」
「ん?」
飯を食いながら、顔を赤らめて露木が俯く。
え、何?
そんな恥ずかしいもの俺にプレゼントしようとか?
まさか下着を、とか。
いらねぇんだけど。
「その、ですね。私の、初めてを……」
「はぁ?」
「上中下、どれがいいですか?」
こいつ、とうとう頭おかしくなったんだろうか。
何だよ初めての上中下って。
全くもって意味がわからん。
「察してやれ、優木。露木さんもこれでも相当な覚悟を決めているんだから」
「…………」
察しろ。
相当な覚悟を決めている。
それらの条件から導き出される答え。
つまり……。
「おい、本気で言ってんのか? あんま自分を安売りする様な真似は……」
「安売りなんてしてません! 優木くんにだけです!」
「あ、は、はい」
あまりの剣幕に圧され、つい口ごもってしまう。
何でこいつ、こんな必死なんだよ。
こいつはきっと、俺が上中下で意味がわからないと思っているんだろう。
少し、この俺をナメ過ぎている様だな、露木。
上……つまりは、つ、つまりはキスだ。
中……は何だろ。
腹パン?
いや、そんなマゾいやつじゃなかった気がするんだが……この二日くらいで変わっちゃったのか?
まぁ保留でいいだろう。
そして下。
これはもう、あれだろ。
本番及びそれに準ずる何か。
そしてこいつは、俺が絶対に下を選ばないと高をくくっているに違いない。
それならば俺は、その裏をかくだけだ。
少し男に対して怖いという感情を植え付けてやれば、こいつだって無防備にこんなところへやってきたりなんかしなくなるはずだ。
「ふっ。じゃあ下で」
「えっ」
「何だよ、不満か?」
「い、いえ……」
俺の答えに露木が更に赤くなり、下を向く。
またにしましょう、とかそういうことになるのであれば、俺としても望むところだ。
大体先輩いるのに本番とか……。
そうだよ、先輩いんじゃん。
なのに本番って、ありえなくね?
ってことはだ。
「ゆ、優木くん……こちらへどうぞ」
「…………」
やられた。
バカなのは俺の方だった。
俺の方こそ、露木をナメていた。
「ど、どうぞ」
「…………」
座っているその腿の辺りをポンポンと両手で叩き、露木は俺に催促してくる。
マジかよ。
これは予想もしてなかった。
今から変更とか、利かないんだろうな。
「あんまり女に恥をかかせるんじゃない」
「え、ちょ……」
モタモタと迷っていたら先輩のバカ力で頭をぐいっと掴まれ、そのまま俺の頭は露木の太ももにダイブしてしまった。
ドキドキの、思いもよらないプレゼントを与えられた誕生日会は、まだ始まったばかりだ。




