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8:四月十二日その②

「なるほどなぁ、そんなことが。というか優木、お前は一体何と話をしている? 私の顔はそこにはない。それはおっぱいなんだが」

「……お、男の子ですからね。どうしても目立つとそこに目が行ってしまうものなんです」

「…………」

「素直だな、いいことだ。触ってみたいか?」


 昼休み。

 午前の授業終了のチャイムが鳴るや否や、俺と露木は生徒会長の渕上先輩から拉致され、生徒会室へと連行された。

 一瞬のこと過ぎて何が何やら、と言う感じだったが生徒会室には俺たちの他誰もいない様だった。


 昼飯は律義にも俺たちの分まで食堂で買って来てくれていたらしく、奢りだから気にするな、とか言っておいて飯代の代わりに昨日の話を聞かせろ、と渕上先輩は迫ってきた。

 そして簡単に説明していたところで、冒頭の会話になった、というわけだ。

 正直な話、触ってみたい、という気持ちがゼロなわけではない。


 いや、更に正直なことを言うのであれば、ゼロどころか限りなく百に近いと言っていいだろう。

 俺だって斜に構えてはいても思春期の男の子なのだ。

 こんなにも巨大なおっぱいを目の前にして、興味がないわけがない。


「触らせてもらったらいかがですか、優木くん」

「…………」

「別に少しくらいなら、私も構わんぞ」

「い、いえ……」


 しかし露木の軽蔑の眼差しから、とんでもない憎悪が感じられてしまった俺としては何というか興が削がれた思いになってしまい、それどころではなくなった。

 大体昼飯中だってのに、そんなの……それこそ昼飯どころじゃないだろ、もう。


「ゆ、優木くんは大きい方がいいんですか?」

「は?」


 何でそこで自分の胸触ったりしてんだよ。

 そして今気づいたけど、俺のシャツ着てるからかいつもと違う感じに見えるな。

 男女でボタンの位置逆なんだっけか、確か。


「い、いえ……」

「お前だって別に小さくはないだろ。この人が規格外なだけだ」

「規格外な、まぁ誉め言葉として受け取っておこうか。それより優木、彼女の誤解を解かなくていいのか?」

「誤解とは? 俺と先輩の間に、何か特別なものがあるとでも?」


 たまに会ったら世間話をする、と言ったその程度の関係でしかないのに、余計なことをベラベラと口走って自滅、なんてそれは間抜けのすることだ。

 もちろんこの先輩が俺のことを可愛い、なんて思っているということはわかりきっていることだし、それがわかっていても尚、この人は俺に対する態度を変えたりしない。


「私と優木はそうだな……姉弟みたいなもんか?」

「やめてください。俺にとっての姉貴は死んだ姉貴一人です。……入学して間もない頃にな、ちょっとだけ世話になったんだよ」


 ちょっと、とは言ったがちょっとなんてくくっていいのか、という思いはある。

 あの一件があったせいで、渕上先輩は俺と言う人間を認識してしまい、そして俺の境遇を少しでもよくしたい、なんてバカな理由から生徒会長にまでなったのだから。


「露木さんは、乱闘騒ぎがあったのを知ってるか。去年の今頃だったか、なぁ優木」

「…………」

「ありましたね。とは言っても私、その時校舎にいたので詳しくは知りませんけど……それが、まさか」

「ああ、優木の仕業だったんだ。私と同学年のバカが絡んだらしくてな。優木も最初は流していたらしいんだが、たまりかねて手を出して乱闘になった、というわけだ」


 入学して数週間で、俺が超有名になるきっかけになった事件。

 もちろん停学一週間なんていうおまけつきで、俺は寮で引きこもる羽目になった。

 家族の忌引で一週間近く休み、そしてその休み明けのことだったし、何てツイてないんだ、と思ったのを覚えている。


 そしてその乱闘を納めたのが何と渕上先輩だったのだ。

 俺としてはその時、もうどうなってもいいからこのバカぶっ殺す、くらいに思ってとどめを刺そうとした瞬間だったが、その一撃を難なく止めた怪力女。


『これ以上やったら、本当に死んでしまう。こんなところで人生を棒に振るつもりか?』


 ある程度のところから見ていた、という渕上先輩は俺に元々非がなかったことを見抜いていた様だったが、停学に関しては両成敗ということでどうにもならなかった。

 更にこの人は俺の停学期間中、授業が終わるとほぼ毎日俺の部屋を訪ねてきて、助けてやれなくてすまなかった、なんて言っていた。


「そんなことが……」

「ああ。私もそれから度々優木のことは気にかけていたんだがな」

「余計なお世話ですよ。別に俺が退学になろうと人殺そうと、先輩には関係なくないですか?」

「それだと私が生徒会長になった意味がなくなってしまうだろ。お前が少しでも過ごしやすくなれば、と思って私は立候補したんだから」

「…………」


 そんなこと言うと、またこいつ嫉妬の眼差し向けてくるから……。

 この人、何の悪意もなく言うから尚更タチが悪いんだよな。


「そ、それより他の生徒会の人は? 今日はいないんですか?」

「普段生徒会の集まり以外でここを使うのは私だけだな。しかし話のすり替え方がやけに雑じゃないか、優木。よほど露木さんが大事と見える」

「そ、そうなんですか、優木くん」


 何でそこで目ぇキラキラさせてんだよお前……。

 別に俺が誰をどう思っていようと、お前には関係ないと思うんだけどな。


「お前は黙って飯食ってろ。先輩もあんま余計なこと口走らないでくれませんかね」

「な? 可愛いだろこいつ。否定はしないんだからな」

「…………」


 そうなんだ、私のこと……とか口走って目の焦点が定まらなくなっているが、こいつ本当に大丈夫だろうか。

 一応言っておくと、俺は嘘が嫌いだ。

 周りが俺に対して嘘をつけないのに、俺が嘘をついてしまうというのは何となく違う気がするから。


 だから肯定も否定もしない。

 これが一番、と思っていたはずなんだけど……本当に渕上先輩はやりにくい。


「そういえば……昨日優木くん誕生日だったんですか?」

「……!?」

「そうなのか?」

「昨日優木くんの部屋で、四月十一日が誕生日っぽいことが書いてあるものを発見して」

「……人様の部屋を物色してんじゃないよ、お前は」

「ご、ごめんなさい」

「…………」


 やばい、別に隠す様なことでもないのに、こいつの考えてたことがまたわかってしまって、つい動揺してしまった。

 ちょっときついこと言っちまったか……?

 シュンとして見えるのが、割と心にくるな。


「いいじゃないか、それくらい。露木さんも、祝ってやりたかった、って気持ちがあったんじゃないのか?」


 俺自身も昨日のあれこれで途中から誕生日だなんてこと、すっかりと忘れていた。

 昨日の朝くらいまでは、帰りにケーキでも買って帰ろうか、くらいのことは考えていたはずなのに。

 

「昨日のことがあったから、忘れてしまってた、みたいな?」

「……大体そんな感じだな。もう過ぎてるし、気にしなくていいから。大体誕生日なんてのはそいつが生まれた日、ってことでしかないだろ。大げさに祝って、なんて風習が間違ってるんだよ」

「そ、そんなことありません!」


 露木がバン! と机を叩いて立ち上がり、先輩の用意してくれた昼飯ががたりと揺れる。

 俺的には、誕生日を祝ったことがないという目の前の変わり者を気遣ったつもりだったのだが、またしても俺は地雷を踏んだ様だ。


「私……優木くんのお誕生日、祝ってあげたいです。私の誕生日も、祝ってほしいですし」

「…………」

「優木、それくらい許してやったらどうだ? 百パーセント好意じゃないか。彼女が可哀想だとは思わないか?」

「…………」

「ダメですか?」


 別にそんな顔しなくてもいいじゃないか。

 昨夜泣き腫らしていた顔は大分その面影が消えている様だが、また泣かれたら台無しだ。


「……わかった、いいよ。つったって場所とかどうするんだよ? まさかお前」

「きっと今夜も、行く場所がないので……ご迷惑なら、何処か自分で探してみますけど」


 人の弱みに付け込むなんて、卑怯な女だな本当に……。

 昨日から俺はこいつに翻弄されっぱなしな気がしてならない。


「お、今夜やるのか?」

「その言い方だと違うことするみたいなんで、やめてもらえます? まぁ、そういうことになるんでしょうね」

「私も行っていいか? ケーキとプレゼントくらいは用意するぞ」

「そんなんいいですって……」


 一体何が狙いなんだこの人も……。

 しかし俺の意志に反して、この二人に押し切られる形で俺の部屋は今夜占拠されることとなってしまった。

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