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37:四月二十三日その④

「私ミラノざぶとんピザとお好み焼きパスタ、それからディアボロスハンバーグにいちごのパフェ」

「お前いつから食い物になったんだよ。おかしな自己紹介すんな」

「バカじゃないの? 私が食べるのがこれ、って言ってんの。寝不足過ぎて脳みそ腐ったんじゃないの?」

「…………」


 戸越の注文を聞いて、店員が苦笑いする。

 いや、戸越の注文だけじゃなくて多分俺のこともあざ笑ったに違いない。

 そこそこ可愛らしい姉ちゃんなのに、冗談の通じるタイプらしい。


 こりゃモテるんだろうな。


「私はエビのグラタンで」

「私、明太子パスタで」


 露木と立川の慎ましさを見ると、戸越のは一体何なのか、と思う。

 というかディアボロスハンバーグって何? 

 悪魔の肉とかどっから仕入れたんだよこの店。

 

 あと座布団ピザなんてあんのか……んで何でデザートだけ普通なの?


「私は煮込みビーフカレーで。あとこのケーキを……」

「お前らはデザートいいのか? 戸越を見習ってもいいと思うぞ。見ろ、この太々しさ」

「はぁ!? 私が太ってるって言いたいの!?」

「バカか、物のたとえだろ。つーか公共の場で騒ぐなよ、恥ずかしいやつだな」


 ではメニューお下げします、と笑うのを堪えながらお姉ちゃんが下がっていく。

 こいつのせいで俺の好感度はブラジル辺りまで下がったぞ、どうしてくれるんだ。


「戸越さんだっけ、優木くんと仲いいね」

「そう見えるんだったら、眼科行った方がいいですよ池野さん。こいつが一人でギャーギャー騒いでるだけなんで」

「何? また私の涙が見たいって言うフリ?」

「……ほんと卑怯だな。飯奢ってやってんだから黙って食えよ。何ならこの店出るまで黙っててくれてもいいんだぞ」

「でも実際仲いいとは思いますよ。本当、嫉妬しちゃうくらいに」

「…………」


 露木、お前キャラ変わってんぞ。

 もっとニコニコと、あくまでイメージは奥ゆかしい感じのキャラじゃなかったか?


「こんな風に憎まれ口叩いてるけど、優木くんは戸越さんのこともかなり大事に思ってるんじゃないかなと思うなぁ、お姉さんは」

「へぇ? そうなんだ、優木」

「……やっぱ眼科行くべきですよ、池野さん。別にこいつのこと嫌いじゃないですけど……」

「多分この中じゃ私が一番好感度低いかな……」


 立川が何となくハイライトの消えた、虚ろな目で虚空を見つめて乾いた笑いを浮かべる。

 順位付けとかナンセンスだと思うし、みんな違ってみんないいってなもんじゃないのか、それこそ。

 そうじゃなかったら正直一緒に行動はしてない。


「そういう順位付けみたいなの、優木くんはしてないと思うけどな。多分私がここに入ったとしても優木くんは大体平等に扱おうとするんじゃないかな」

「でも、割と冷たいんですよ、優木のやつ」

「本当に憎んでたら多分、ご飯なんて一緒に食べないし奢るなんて以ての外でしょ。相手によって態度変えてるのは優木くんのポーズみたいなものだよ」

「……その辺でやめてもらえません? 分析するのは自由ですけど、本人いないとこでやってください」


 恥ずかしくてこの場から消えてしまいたくなる。

 何で飯食いにきただけなのに、こんな公共の場で辱められないといけないんだよ。


「私にもその優しさを少し、分け与えてくれたらなって思いますけどね」

「はぁ? 十分分けてるだろ」

「昨夜優木くんが、露木ちゃんに何言おうとしたか、当ててあげようか」

「!!」

「え? 知りたいです」

「いや、聞かなくていい。っていうかマジでやめてもらえません? 俺を辱めるのが目的ですか? 俺の意識ない間でどんだけ仲良くなったんですか本当に」


 俺が寝てる間に、一体どんな密約が交わされたというのか……正直聞いてみたい様な聞きたくない様な。


「そんな、恥ずかしいことなんですか、優木くん」

「ああ、恥ずかしいことだ。それこそバラされたらアラブ辺りにでも夜逃げしたくなっちまうね」

「あんたが恥ずかしがるなんて、相当じゃない?」

「優木くん、顔に出にくいだけで割とシャイなんだよ?」


 俺の何を知ってるんだよ、と言いたい気持ちをぐっと堪えて早く飯こないかな、と厨房の辺りに目を走らせる。

 ふとさっきのウェイトレスのお姉ちゃんと目が合い、すぐに逸らされた。

 何笑ってんだあの女、この仕事そんな暇か?


 少しずつ客入り始めてる様に見えるけど。


「さっきのお姉さんがそんなにお気に入りなわけ、優木」

「……あ? ちっげーよバカ。飯早くこねぇかなって思っただけだ。お前みたいな恋愛脳と一緒にすんな」

「はぁぁああぁぁ!? 泣くわよ!! マジで!! ギャン泣きするわよ!!」

「お前の安い涙で俺がそうそう揺らぐと思ってんのか、大体何で店の中でまでサングラスしてんだよお前ら。どうでもいいけど、超目立ってるからな」

「あんたに記憶読まれない様にする為だからね!?」


 だったら俺から目を逸らせよ、あの姉ちゃんみたいに。

 つってもあの姉ちゃんも一瞬とは言え俺と目を合わせちまったから、俺に全て掌握されてる様なもんだけど……。

 あの姉ちゃんの性癖が特殊過ぎて、俺にはとてもじゃないが手に負える気がしない。


 人参とかきゅうりって、そういう用途で使うものなんだっけ? って言いたくなる様な、食べ物への冒涜じゃないのか、って感想を持つのは俺だけじゃないはずだ。

 大根は思いとどまったみたいだけど、時間の問題な気がする。


「何を見たの?」

「……聞かない方がいいと思います。飯がまずくなる」

「何となく察しついちゃった。この子たちには言わない方がいいかもね」


 勘の鋭いガキは嫌いだけど、勘の鋭いお姉さんも苦手だわ。


「それよりお前ら、明日は稽古なんだろ。今日はさすがに帰れよ」

「池野さんと何するつもりなの? って言っても大体聞いてるけど、本気でやるつもりなわけ?」

「いや、池野さんは明日も確か朝から入ってたでしょ、バイト。だから飯食ったら解散しましょ」

「ええ? 約束違くない?」

「いいえ、違わないですよ。しっかり果たされました。池野さんが言ったのは、俺の家に来ることが条件でしたから。それ以上のことは何も約束に含まれてません」

「……記憶力いいね、さすが」

「当たり前でしょ。これでも記憶関連のスペシャリストみたいなもんなんですから」


 池野さんはどうやら誤魔化したりするのが好きではない様で、あっさりと引き下がる。

 これなら俺も平和に夜を過ごすことが出来そうだ。


「ところで、優木くんはそれぞれの子のことどう考えてるの?」

「どうって?」


 飯が運ばれてくるや、池野さんはぶっこんだ質問をしてくる。

 こいつらが耳を欹てながら飯を食っていることは間違いない。


「そういうすっとぼけ方はよくないと思うなぁ。まぁ、付き合いの深さとかあるだろうから、違いも出るんだろうけど」

「…………」

「そう言えば、優木がそういう事話してるのって聞いたことないわね」

「そういうキャラに見えるのか? お前も眼科行って来いよ」

「見えるとは言ってないでしょ!?」


 いちいち騒がないでいられないのか、この女。

 もう少し慎ましくしてくれれば、俺の中の印象も……いや、いきなり変わったら気持ち悪い以外の何物でもないな。


「ねね、今度一人ずつ優木くんとデートしてみたら?」

「!?」

「さすが池野さん、いい案ですね」


 露木が目を輝かせて賛同する。

 俺の意志は何処行った?


「考えもしなかったわね。でも、面白そうかも」

「異議あり。何で俺が、んなしちめんどくさいことしなきゃならんのだ」

「優木くんは拒絶するわけでもなく傍に置いてるんだから、それくらいはする義務あると思うよ。もちろん最後でいいから、ちゃんとお姉さんともデートしてね」

「…………」


 絶対これ、近くの席の人間に爆発しろとか思われてるよな。

 平和に飯だけ食って帰るつもりが、めんどくさいことになってしまった。

 この国に重婚制度とか出来たら多少は楽になりそうなのに。

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