36:四月二十三日その③
「要……女の子を一人に絞らないといけないなんて法律はないわ。だって、結婚するわけじゃないんでしょう?」
久しぶりに見た母の夢。
夢の中とは言え、母がとんでもないことを言っていることに、俺は驚きを隠せなかった。
こんなこと言う人だったっけ。
「要、元々優しいんだからモテないってことはないはずだよ。能力の有無なんて、大した問題じゃないでしょ」
姉はまぁ、こういうこと言ってた気がする。
それにしても何で二人とも、こんな嬉しそうなんだ?
「俺も鼻が高いよ、要。彼女たちにご挨拶できないのは残念だけど、俺たちの代わりに今後は彼女たちを大事にしてあげなさい」
質よか量でご挨拶してる気分だよ、俺は。
父さんまでそんなこと言うとは思ってなかったが、まさか昔は俺もこんな風にハーレムをこさえていたものさ、とか言わないだろうな。
「ちゃんと見守ってるからね、あんなことやこんなことも色々!!」
三人がやたらとニヤついた顔で、俺に向かって手を振りながら叫び、その姿が遠のいていく。
待て、行かないでくれ!!
誤解……じゃねぇけど、色々と俺にも言い分があるんだよおおおォォォォ!!
「……はっ!?」
「あ、目が覚めたみたいです」
額に何かが押し当てられる様な感覚と共に、俺の意識は覚醒した。
呼吸が荒い。
そういえば俺、玄関先で倒れたんじゃ……。
倒れる前までよりはいくらか体も軽く、しかしその分空腹感が凄い。
そして俺の額に押し当てられていたのは、露木のハンカチだった。
「何かうなされてたみたいだけど、大丈夫?」
立川が俺の顔を覗きこんでくる。
割と本気で心配してる様だが、やはりそのサングラスはおかしいと思う。
「あんたを布団まで運ぶの、苦労したんだからね」
「……恩着せがましいな、お前。飯でも奢ってやるよ、ありがとう。ていうか俺、何時間寝てたんだ?」
「四時間くらいかな。もう夕方だよ」
「……まだいたんですね、池野さん」
「いきなりのご挨拶だね。君の貞操は今、私たちのご機嫌次第だってことを忘れてやしないかな?」
「…………」
例のゴム製品を取り出し、ニヤリと微笑む池野さん。
それが未開封であることに心底安堵したが、俺が下手なことを言って機嫌を損ねれば即座に襲われるぞ、と暗に言っている。
「……さすがに腹減ったな」
「ご飯にします? お風呂にします? それとも……」
「ああ、そういうボケいいから飯。とにかく食わないとそろそろ死ぬかもしれん」
「…………」
サングラスをかけていても、恨めしそうに睨んでいるのが伝わってくる露木の表情。
それはないわ、と戸越に呟かれ、立川も心無しか軽蔑の眼差しを向けてきているのがわかる。
だけどお前ら、考えてもみろよ。
何するにしても俺が生きてなかったら、成立しないんだからな?
だから飯くらい食う権利くれてもいいと思うんだよ。
「っていうかお前ら先輩の稽古どうしたんだよ。今日は休み、なんて日和ったこと考えてて俺に勝てるなんて思ってるのか?」
「明日はあるからね。それに稽古は八割完成してるって、先輩も言ってたから。舐めてかかると死ぬのはあんたの方よ」
え、死ぬって何?
殺し合いすんの?
そんな狂った関係とか俺、築いた覚えないんだけど。
「ほら優木くん、エサ……ご飯です。早く食べてください」
「お前今エサって言いかけて……いや割とはっきり言ったよな。いや食べるけど」
「言ってませんよ。彼女を疑うんですか?」
「かの……? 誰が?」
「……は?」
「…………」
露木が俺の前にぽいっと温めた弁当を放り投げ……食べ物を投げるんじゃない、って親に教わってないのか。
……あの親じゃ教えてくれなくても不思議はないな。
今考えたらトイレトレーニングとかどうしてたんだろ、なんて考えてしまう。
「食べるの早いね、優木くん。ちゃんとゆっくり食べないと」
「……あれ?」
池野さんの言葉にはっとしたが、受け取って一分経つかどうかくらいで弁当は付け合わせの安い漬物まで残らず空になっていた。
もちろん誰かに横取りされたなんてことはなく、間違いなく俺が食ったわけだが。
「もう一個食べますか?」
「ああ、頼む……」
普段こんなに食ったりしないのに……とは思うが考えてみたら俺、何食食ってないんだよってレベルで食べてなかった。
弁当一個で満足する方がどうかしてる。
「それもいいけどさ、さっきご飯奢ってくれるって言ってたから外でみんなで食べない?」
「……図々しいな、お前。俺の栄養補給くらい待ってくれよ」
「何でそんないやしんぼみたいに言うわけ!? あんたの中で私って一体何なのよ!?」
「お、おいそんなマジにキレんな。飯くらいいくらでも奢ってやっから……」
「あー、優木くん泣かした」
「ちょ、マジかお前! 悪かったからやめろ、泣くんじゃない!!」
割とガチで泣かれるとは思ってなかった俺は、さすがに居た堪れなくなって立ち上がり、財布と携帯を用意する。
「ほ、ほら行くぞお前ら! さっさと支度しろ!」
まだ少し明るい街中を、女連れで……しかも何だよこの人数。
超浮きまくってんじゃねぇか。
目立つの嫌いなのに、新手の拷問か?
「優木、私あそこのホテルのフレンチ食べてみたいんだよね」
「バカ言ってんじゃねぇ。こんなゾロゾロ入って行ったら迷惑だろが。大体学生の身分で何がフレンチだ、これから行くのは有象無象のファミレスだからな」
ケチ、とか呟くのが聞こえたが俺は別に金持ちでは……ないこともないが、身分的なものもあれば体裁的なものもあって、大体こんな普段着で入れるとも思えない。
ドレスコードを突破できる様な服とか持ってないし、戸越の願いはまず叶わないだろう。
「でも優木くん、私までご馳走になっちゃっていいの? お姉さん払うよ?」
「……一人だけ金出せ、なんて感じ悪いこと俺が言うわけないでしょ。ちゃんと全員分奢るので気にしないでください」
あと自分のことお姉さんって言うの、やめてください。
どっかの超ハイスペックな姉妹思い出すから。
ま、非実在青少年とか言うやつだからそんなに心配することはないと思うけどな。
「ここらでいいか? オサレなカフェとかマジで勘弁だからな」
「ま、仕方ないかな、優木だし」
「美理亜ちゃん、奢ってもらうのにその言い方はひどいよ……」
「私は何でもいいですけど……さっきのことちゃんと説明してもらいますからね」
「いいねいいね、若いって。さ、入ろう。混みあってきちゃうとこの人数じゃ厳しいかもしれないから」
池野さんが先導する形で、俺たちは近くにあったファミレスへと足を踏み入れる。
飯くらい静かに食いたいのに、って思うが戸越がいる時点でもうそれは叶わない願いであることはよくわかった。
こいつの口にピザとか片っ端から詰め込んだら少しは静かになるかな、なんて考えた時戸越から何故か睨みつけられて、立川も苦笑いしている。
さて、ここからどうやって回避する方向にもっていこうか。




