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28:四月十八日その④

「どうした、顔色が悪い様に見えるが」

「……いえ、別に」


 そう見えるんだとしたら、この状況に対する危機感からくるものであることは間違いない。

 何事もなく、この二人がおとなしく帰ってくれるなんてどうしても思えないし、正直なことを言ってしまえばこれは恐怖でしかない。

 ときめきを感じる様な状況……見方を変えればそう見えないこともないかもしれないが、それはあくまで平和に過ごしてきた場合に限定されるのではないだろうか。


「優木くん、呼吸が荒くないですか? もしかして体調良くないとか?」

「……んなわけねぇだろ。それよりマジで何しにきたんだよ」

「それよりって……いや、お前熱あるだろ。動くなよ」

「ちょっと、近づかないでもらえませんか!?」


 先輩が俺に触れようとしたのが何となく怖く感じられて、俺は先輩から距離を取るべく立ち上がろうとする。

 しかしその手を先輩はがっちりと掴み、俺は床に引き戻された。


「動くな、と言っているだろ。手で触れられるのが怖いのか?」

「…………」

「なら仕方ない、やったことはなかったが……こういうのはどうだ」


 そう言って先輩がシャツのボタンをどんどん外していく。

 見てはいけない、あれは俺に呪いをかける部位なんだ、とか訳の分からないことを考えながらも目が離せない。

 そして直後に俺の視界は塞がれた様に真っ暗に……というか塞がれたわけだが。


「おっぱい検温だ。どうだ、男の夢を詰め込んだ様な、まさに理想的な検温じゃないか?」

「く、苦しい……息が……」

「ふむ、やはり熱があるな。露木さん、布団を敷いてくれ」

「あ、はい」

「は、離せ……微熱程度だろ……」


 道理で少し怠い気がする、とは思っていたが……おそらく原因は昨日のアレ。

 そう、知恵熱というやつだろう。


「風邪でも引いたか? 布団かけないで寝てたのか?」

「そんなんじゃないです……いや、やっぱ風邪ってことで」

「ほぉーう、そうかお前……知恵熱というやつだ、そうだろ」

「…………」

「え、それってもしかして……」

「ん? 露木さんは何か心当たりがありそうだな。何があった? 言ってみろ、優木」


 この人、わかってて言ってるんじゃあるまいな……。

 そう思わされるほどに意地の悪いニヤケ面。

 ちらりと露木を見ると、静かに首を横に振るのが見えた。


 どんだけ鋭い勘持ってるんだよこの人……。


「先輩、とりあえず優木くんを休ませてあげないと」

「おお、そうだったな。どうだ優木、美女二人の添い寝付きだぞ」

「頼むからもう帰ってください……」

「そうつれないことを言うな。男の生理現象くらい、私は見ないフリしてやってもいいと思ってるんだ。まぁ触るくらいはするかもしれんが」

「余計なことしないでもらえませんかね……」


 いかん、何だかどんどん体調がよくなくなってきている気がする。

 だから普段、少しくらい体調悪くても俺は熱を測ったりなんかしないし、体温計も置いてないというのに……それが仇になるとは。


「おい、マジで入ってくるなっつの……」

「わかってないな、優木。熱を下げるなら思い切り熱を上げてしまうのが近道だ。状況的にうってつけじゃないか」

「お邪魔しますね」

「お前まで……」

「そんな、力の入らない状態で私たちを押しのけられるものなら、やってみることだな」


 何でそんな得意げなんだよ。

 元気になったら、覚えてろよ……。


「…………」

「優木、寝たか?」

「…………」

「寝たんですかね」

「…………」


 暑い。

 人肌恋しくなる、とか言うけど冬以外絶対ごめんだわ。

 確かに先輩は汗をかかせて、みたいなことを言っていたがこれはさすがにやりすぎな気がする。


 こう密着されてると色々考えてしまって、しかも熱のせいなのかテンションがおかしなことになってしまいそうで、俺自身が怖くて仕方ない。


「露木さん、眠たくなったら寝てしまってもいいんだぞ」

「先輩こそ、まだ病み上がりみたいなものですし、ご無理はなさらず」

「…………」


 その無理を今一番させられてるのが俺だ、なんてのはこいつらきっと、気づいてないんだろうな。

 何しろ俺は今、男としての尊厳をかけた己との死闘に挑んでいるんだ。

 大体何であんな化け物みたいな力持ってる先輩の腕とかが、こんな柔らかいんだ?

 

 筋力って一体何の力なんだよ。

 先輩の力は筋力とは別の、フォースでも使ってんのか?

 あと露木。


 何でこんなふわふわいい匂いすんの?

 眠ってしまえば、と思うのに頭の中が異常なまでの興奮状態でとてもじゃないが眠れる気がしない。

 マジで悪化させに来たんじゃないだろうな、とか思うが……そうか、それでいいんだ。


 俺が不幸であればあるほど、こいつらに幸せが行くんじゃないのか?

 なら別に構わないじゃないか。

 そんなことを考えている内、俺の意識は微睡み始めた。



「そろそろ……」

「……ですね……でも……」


 何やら声が聞こえてきて、俺の意識が少しずつ覚醒するのがわかる。

 物凄い量の汗をかいているが、寝ている間に色々されたとか、そういう形跡は見当たらない様だ。


「ん? 起きたみたいだな、優木」

「あ、本当ですね。優木くん、調子はどうですか?」

「…………」


 先ほど……眠りに落ちる直前までの倦怠感はないが、額に何か違和感が、と思って触ってみるとザラっとした感触があった。


「これ……」

「ああ、先輩が買ってきてくれたんですよ」


 狩って……冷えピタをハントしてきたのか?

 いや、普通に考えて買う方か。

 どっちでも違和感なさそうに見えるから困りものではあるが。


「……いくらでした? 払いますよ」

「病人がいらん心配なんぞするな。たかが数百円だ。でもさっきまでよりは調子が良さそうだな」

「汗がすごいから、ちょっと気持ち悪いですけど」

「シャワーでも浴びたらどうだ? 私は少し用事があるのでな、お暇するが」

「そうですか、何から何まで、すみませんね」

「こういう時は謝罪なのか? まぁ、気持ちはわからんでもないが」

「……ありがとうございます。心配ないと思いますけど、気を付けて」


 俺がそう言うと、避妊はしっかりしろよ、とか訳のわからないことを言いながら先輩は帰って行った。

 時計を見ると、もう夕方の六時を回っている。


「優木くん、お腹空いてませんか? おかゆ食べます?」

「は? おかゆ? 誰が作ったんだよ」

「え、私ですけど」

「…………」


 露木の言葉が、俺の中に不安しか生まないのは何でか。

 それはこいつの記憶に、学校の家庭科の授業以外で料理をしている記憶がほとんどないからだ。

 一体どんなものが、と思って見てみると……。


「これ、おかゆ?」

「そうです」

「…………」


 何でお湯につゆの素入れて、その中に生米入れただけでおかゆになると思ってるんだろうか、こいつ。

 こんなん食ったら腹壊すんじゃないか、そう思って露木を見ると、子犬が構ってほしそうにしている時の様な目で俺を見ていた。


「お前、おかゆ食べたことある?」

「いえ、これまでに風邪とかで寝込んだことがないので」

「……ああ、そう。ちなみにこれ、お前食ってみる?」

「いえ、私はまだお腹空いてませんし、それにおかゆって病人食なイメージありますから」


 信じられないことを次々に口にしていく露木。

 偏見と、それから寝込んだことがないという驚異的な健康さ加減。

 バカは風邪ひかない、を地で行く女だったのか、こいつ。


「……腹は減ってるけど、とりあえずおかゆはいいや。シャワー浴びてくるから、その間それ触るなよ」


 鍋に放り込まれた生米を捨てるのも気が引けた俺は、そのまま本物のおかゆにしてしまえ、と中火にかけてバスルームに入る。

 それにしてもうちに米なんてあったっけか。

 まさかあれも先輩が買ってきたなんて言うんじゃないだろうな……。

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