29:四月十八日その⑤
「優木くん、お料理上手ですね」
「この程度が料理って、お前一体どんな生活してきたの? あの母ちゃんが飯は作ってくれてたんだろうけど……」
露木の記憶から先輩が色々と買ってきてくれていたらしいことはわかった。
シャワー中に露木が裸で乱入してきたり、とかそういうドキドキハプニングもなく無事にシャワーを終えて、丁度よく鍋の中身が沸騰し始めているのを見て、色が濃い気がする、と思った俺はお湯を少し足して味を調整する。
それを見た露木が、少し驚いた様な表情で冒頭のセリフを吐いた、というわけだ。
「汗沢山かいてたので、塩分は必要かなって」
「あれだと俺を成人病で殺そう、っていう方向にしかイメージできねぇわ」
「何で愛する人を殺さないといけないんですか?」
「…………」
割とよくニュースとかでも聞くだろうが。
原因は様々かもしれないが、今の世の中狂ってるからな。
あと、面と向かってそういうこと言うの、マジでやめてもらいたい。
「そういえば、冷蔵庫買わないんですか?」
「ああ……本当は昨日買う予定だったんだよ。誰かさんのせいで機会を逃したってだけでな」
「私がキスしたから、買いそびれたってことですか?」
「……それはもっと後の話だろ。大体お前、恥ずかしく……っ!?」
そう言いながらふと露木を見ると、露木の顔が赤い。
最初は風邪? とかありがちなことを考えてみたが、常識的に考えてこいつも恥ずかしかったと言う事なんだろうと言うことはすぐにわかった。
「慣れちゃえば、恥ずかしくなくなりますかね?」
「ば、バカな考えは捨てようぜ。そういうもんじゃねぇだろ、そもそも」
「嫌、ですか?」
「…………」
このまま行くとまた、俺は流されてしまう気がする。
俺は自分の気持ちをひた隠しにしてここまで来てしまっているのに、こんな調子でいいのか?
「優木くん、ちんこむ……沈黙は肯定と……」
「おい待て、今お前はとんでもない言い間違いをしたぞ。か、噛むくらい恥ずかしいなら言わなきゃいいのに」
「聞き流してくださいよ! 今大事なのはそんなことじゃないんですから!」
ぷんぷんと怒りながら露木は俺に迫ってくる。
台所と廊下の壁に挟まれる形で、俺にはもう逃げ場がない。
いや、横に逃げたらいいだけの話ではあるのだが……さすがにそれは露木に悪い気がする。
「今度は……優木くんから、してもらえないですか?」
「…………」
そう言って露木は俺に体を預け、ゆっくりと目を閉じる。
据え膳食わぬは何とやら……昔の偉い人が言った言葉だ。
しかしその据え膳に毒が入っていたら?
そう思うのに、俺の左手は露木の背を抱き、右手は露木の顎に添えられている。
鍋から、シュウウウと少し吹き出した様な音が聞こえるが、露木は目を開けず待っている。
こうなっちまったら、仕方ない。
そう考えて無理やりに自分を納得させ、俺は露木の唇に顔を寄せた。
「!?」
「!?」
その瞬間、物凄くグッドなタイミングで連打されるチャイム。
何となく嫌な予感。
露木も顔を赤くしながら、未遂の為か残念そうな表情で俺から離れる。
「だ、だ誰だろな」
「さ、さぁ……」
何となくの気まずさを押し隠して……全然隠れてないかもしれないが、俺は玄関へと向かう。
「……げぇ」
「何よ、その顔。熱出したって言うから、きてやったってのに」
「優木くん、大丈夫?」
「どうしてここが……ってのは愚問だよな」
先輩の仕業だ。
あの人に口止めをしなかった俺も悪いが……。
「もしかしてお楽しみ中だった? だったらちょっと悪いことしちゃったかもだし、出直すわ」
「ば、バッカじゃねぇの!? んなわけねぇだろ! お、おかゆ! そう、おかゆ作ってたんだよ、危うく毒食わされるとこだったから!!」
「毒ぅ!? 優木くん、私の作ったおかゆを、そんな風に見てたんですか!?」
「ば、バカ野郎! あれはおかゆなんて代物じゃねぇ! 少なくとも生米をお湯に放り込んだだけのものをおかゆと呼ぶ文化は、この国にはねぇよ!!」
「もしかして本当にお邪魔だったかな」
「……ていうか富岡、何でお前まできてんの」
「そんな顔しなくてもいいじゃん……」
割とマジで凹んで見えたので、さすがに言い過ぎたかもしれないと反省して、ひとまず三人を中に入れる。
先輩は用事が、とか言っていたしもう来ないだろう。
そう考えて一応施錠でも、と思ったらそのドアがグイっと開かれて俺は後ずさる。
「ふぅ、なかなか重たいな」
そこには何やらでかい箱を抱えて、軽く息を乱しながら立っている先輩がいた。
「これで漸く、人の生活スペースっぽくなったな」
「これ、どうしたんですか? まさか買ってきたとか……」
「まぁな、ディスカウントストアで安く売っていたから。配送だと明日になるって言うんでな、自分で持ってきてしまった」
「…………」
これにはさすがに全員がドン引きの表情を浮かべている。
人間のすることじゃないだろ、どう考えても。
一応エレベーターもあるし、乗せりゃ何とかなるかもしれないが、ここは五階建ての五階。
しかも近くにディスカウントストアって……二キロくらい歩いたとこにあった気がするけど、まさかそんなとこから?
「あ、あの……さすがにここまでの大きなものは悪いんで、払いますよ。元々買おうと思ってたものなので」
「そうか、それはいい心がけだな。だが断る」
「は?」
「お前は何もわかっていない様だな。こうしてヤサが割れたということは、もう私たちの活動拠点の様なものなんだ。そこに必要なものを買いそろえたに過ぎない。今度はそうだな……キングサイズのベッドでも……」
やっぱこの人頭おかしいわ。
そしてこの部屋の何処にそんなもんが入るスペースがあんだよ。
「優木くん、パソコンとかは、買わないんですか?」
「んなもん贅沢品でしかねぇわ。ゲームもやらんし仕事で使うわけでもねぇんだから」
「見たいものはスマホで十分って?」
戸越が意味深なことを言い出し、それを聞いた富岡が笑いを堪える様な様子を見せる。
立川は、ああなるほど、なんて言っていた。
先輩が余計なことしたから、立川みたいな絶滅危惧種が普通の女の子になってしまったのは残念だが、後々のことを考えたら立川の為か。
「さっきまで一緒に眠っていたんだから、そんなに照れることもないだろ」
「え?」
「一緒にって、え?」
富岡、お前は戸越からある程度聞いてたんじゃないのかよ。
「ずるい」
「な……何でそんな余計なこと言うんですか……」
さすがにちょっと三人の女子から寄せられる蔑みの視線に耐えられなくなり、先輩を睨むも先輩はどこ吹く風、と言った調子だ。
「まぁ、事実ですし、仕方ないですよね。とは言っても救命措置みたいなものでしたけど」
「熱を下げる為にな、一緒に布団に入っただけだ。どうだ、大分下がったんじゃないのか?」
「…………」
俺は特に悪いことをしたつもりはないが、それでもさっき血迷いかけた、ということもあって何となくの罪悪感がないわけでもない。
「さて……そこの他校の女子は、噂の?」
「そうです、富岡亜沙美ちゃんです」
「なら丁度いいじゃないか。ここでもう、過去のわだかまりを清算してしまうっていうのは、どうだ?」
更に先輩がとんでもないことを言い出し、俺も富岡も目を丸くする。
勝手にやっててくれよ、そう思って立ち上がるが玄関へ出るドアの前に先輩が立ちふさがっていてままならないという。
「いつまでも逃げ回っていたって、仕方ないだろう。こうして彼女は歩み寄ってきてるんだ。話してダメなら、その時は仕方ないかもしれないがな」
色々と借りが出来てしまった手前、強いことも言えない。
諦めて座ると、先輩も俺の隣へきて逃がさないためにか、がっちりと腕を掴んでくる。
多少の痛みに堪えながら、俺は富岡が話し出すのを待つことにした。




