30:四月十八日その⑥
「まず……お母さんに逆らえなかったのはあの頃まだ小さかったし、善悪の区別も自分でほとんどついてなかった、なんて言うのは言い訳かな」
俺の覚えている限り、俺だって当時はそんなのほとんどついてなかった。
だから力加減を間違えたりもしたんだろうし、今からじゃ考えられない様なミスをしていた、ということでもあるのだから、致し方ない部分ではないだろうか。
俺だって家族の言うことは絶対、みたいな感じで慕っていたし、だからこそ富岡の件で怒られた時には少なからずショックを受けたのだ。
「そうは思ってねぇよ。お前がああするしかなかったのはわかってたことだったし、俺が関わらなかったらそうならなかったんだってこともわかってる。全部タイミングが悪くて、だけどお前だって罪悪感みたいなものを感じて生きてきたから、こうして俺の前に現れた、ってことなんだろ」
もちろん全部を理解できるなんて思ってない。
だけど子どもだった俺たちが当時、あれ以上のことを出来たのかって言われたらそんなのはまず無理だった。
そりゃ、ある程度年齢が行けば親の目を欺いて、みたいなことを考えることもあるかもしれないが、今の富岡を見る限りそれなりに従順な娘で居続けたんだろう。
なかなか出来ることじゃないと思うし、そう考えたら別に今更こいつを責めようなんて気にもならない。
第一こいつは……というより俺が、こいつの両親の離婚の原因になったと言っても過言ではないのだ。
「一応知ってると思うけど……私、中学に入ってすぐ、優木くんに謝りたくてこっそり会いに行こうとしてたの」
「…………」
当然知っている。
だけどそれが原因で富岡は母の怒りに触れ、激しい叱責を受けることとなる。
そしてそれが、両親の離婚の原因……いや、引き金になった。
元々育児の方針が両親でやや噛み合っていなかったということもあって、富岡の家は夫婦の仲があまり良くなかったのだ。
父親はどちらかと言えば縛り付けて、みたいなやり方を好まず、のびのびと育てたいという希望を持っていたからだ。
一方母親は将来の為だ、と娘にかなり厳しいことをしてきた。
どちらの言い分もわからなくはない。
何度となく意見をぶつけ合ってはきたみたいだが、結局母の方が富岡と接する時間も長いことから母親の意見が押し通される様な結果になったのは仕方ないかもしれない。
そして自分が母の言うことをある程度聞いていれば、家庭もそこまで亀裂が入ったりすることなく平和に過ごしていける、富岡も幼いながらそう考えて耐えていた。
「私があそこでバレたりしなければ、まだうちの両親は夫婦でいたのかもしれないけど」
「それは違う。元々ギリギリのところで夫婦という絆をつないでいたに過ぎなかった。確かに引き金にはなったかもしれないが、あの件がなかったとしてもそう長く続いていたとは思えない」
「……そう言ってもらえるなら、私も少しだけ救われた気になれるかも」
別にこいつを救おうとか助けようなんてことを考えて言ったことじゃないが、どう受け止めるかは富岡次第だ。
「それに……お前が気に病む様なことなんか一つもない。加減を知らなかった俺にも責任があるんだから。当時まだガキだったのはお互い様だし、寧ろそんなつまらないことをずっと気に病んで生きてきた、っていうお前に俺は多少申し訳ない気持ちが湧いてくるのを感じるよ」
仮に富岡が俺に会いに来たとして……きっと中学くらいじゃ歪み始めていたこともあって素直に聞き入れることはできなかっただろう。
そう考えると時期的には丁度良かったのかもしれない。
「俺が逃げまわっていたのは、お前の人生をこれ以上ぶち壊しにしないためだ。そんなのは傲慢だ、って思うか? だけどこれ以上、身近な人間を不幸にしてまで生きていきたいとはどうしても思えねぇ。俺がどんだけ不幸だろうと別にもういいんだよ、慣れてるから。けど周りが不幸になっていくのだけは、どうしても慣れない。そんなことになるくらいなら、俺は関わらない方が百倍マシだと思う」
「またそうやって逃げるんだ?」
「……何だと?」
どいつもこいつも事情を知らないくせに、勝手なこと言いやがる。
別に俺だって、こんなクソみたいな運命に縛られてなければ無様に逃げ回ったりなんかしない。
それどころかこいつらが善意で集まってくれているんだってことはわかっているんだから、喜んで迎え撃つ覚悟だって出来るはずなんだ。
『その大事な人を、何が何でも手放すな。お前の未来はそう暗いことばかりでもない様だ。その子たちの出現によって、お前の運命は変わりつつある』
くそ、何でこんな時にあのババァの言葉なんぞ……変わりつつある、って言ったって完全に変わったわけじゃない上に、どう変わるのかだってまだわからない。
そんな不確かなものを信用して喜べるほど、俺は能天気じゃないつもりだ。
「優木くん、一人で出来ないこともみんなでだったらどうにかなることだって、あるんじゃないですか?」
「……は?」
「お前は仲間を保護対象か何かみたいに言っているが、それは違うと思うぞ。人間が一人で出来ることなんか、たかが知れている。もう少し周りを信用してもいいと、私は思うがな」
その信用が仲間と認めた人間を苦しめるとしてもか?
そう思うのに、口から言葉が紡げない。
「優木くんが私たちを傷つけたくなくて、必死で頑張ってきたのは知ってる。だけど、そういう部分もちゃんと認めた上で私たちはここにいるんだってこと、もう一回考えて認識してほしい」
取り返しのつかないことになってからじゃ、後悔したってもう遅い。
だから俺は一人でケリをつけるべく孤独であることを選んできた。
なのにこいつらは……。
「だったら話してやる。俺がこれから何をしようとしているのか。それを知ってもお前らが俺についてくるなんて、呑気なことが言えるんだったら……行動で示してもらおうか」
「行動って……何すればいいのよ?」
「簡単なことさ。お前たちが足手まといでないということを証明してくれればそれでいい。逆に出来ないんであれば、お前らには大人しくしててもらう」
「何ですかそれ!! 何するのかも説明されてない状況でそんなこと言われても、納得できません!!」
まぁこう来るだろうと思ってはいた。
こいつらは効率だとか、安全だとか、そういう概念とは別の軸に生きている。
俺がただ危なっかしいから、というそれだけの理由でついてこようと考えている節がある。
俺から言わせればその辺が危ういし、正直何が起こるのかわからない以上、足手まといを連れて行って全滅なんて結果にだけはしたくない。
巻き込んで一生後悔する様なのはもうごめんだし、他人の十字架を背負って生きるなんてもっとごめんだ。
だから俺は――。
「お前ら一人ずつでも全員一遍でもいい。俺と戦って勝てる様であれば、ついてくる権利をやろう。だけど勝てないんだったら……全てが終わるまで大人しくしててもらうぞ」
女相手に何イキってんの? って思うだろう。
だって、俺もそう思うし。
だけどこれは必要なことだ。
こいつらがどれだけの覚悟を持っているのか。
また、その覚悟をカバーできるだけの戦力になりえるのか。
それらを確認できなければ、連れて行くことなんか到底できやしない。
「おい優木……お前は本気で言っているのか? 彼女たちがそんな戦いって……」
「今すぐなんて言いませんよ。一週間、猶予をあげます。その間で先輩はこいつらをしごいてやればいい。一週間もあれば、センスのあるなしもすぐにわかるでしょ」
「……私、やります」
「お前はそう言うだろうと思ったよ」
他に名乗りを上げるやつがいないのであれば、それはそれでいい。
自ら傷つきに行く様な女はそう多くないだろうし、何より人間なんだから自分が可愛いのなんか当たり前なのだ。
「バカにしてんじゃないわよ。私だってやるわ」
「……私も、少し怖いけど」
「えっと……私も混ざっていいの?」
「え? 富岡もなの?」
「いいじゃないか、富岡さんだって優木を憎からず思っているからここへきたんだ。どうするのかはお前の言う、全てが終わってから考えたらどうだ?」
全くこの人は呑気なことを……。
結局全員がやる気になっちゃったら、あとはもう実力行使で振るいにかけるしかないじゃないか。
俺みたいに人の記憶読んで鍛錬したりとかできないこいつらが、一週間で出来ることなんてたかが知れてる。
まぁ先輩を除外しないで相手に加えたからもしかしたら善戦くらいはするんだろうが……俺に勝つってのはないだろう。
万一勝つことがあるんだとしたら……その時は俺も認めようじゃないか、こいつらの根性を。
最高のパートナーであることもな。




