27:四月十八日その③
「……やっぱお前、帰れ」
「どうしてですか? 嫌だったんですか?」
誤解を生みそうだから一つ言っておくと、俺は露木を襲えなかった。
それどころか、躊躇ってしまってその躊躇った瞬間に露木に顔を掴まれ、そのまま唇を奪われたのは俺の方だ。
一瞬で頭が真っ白になり、何も考えられない様な状態に陥り、ひどく混乱したものだったが、それもほんの少しのことですぐに俺の頭は落ち着きを取り戻した。
「そういうわけじゃ……そうだよ、嫌だったんだよ。だから……」
「そうですか、なら帰ります。また来ますけど。でも最後に一回だけ、私の目を見てください」
「……何でだよ」
「何ででもです。そしたら帰りますから」
一体何だって言うんだ、本当。
でもそれで帰ってくれるんだったら……そう考えて俺は露木を見る。
「……クソが。もうマジでくんな」
「それが優木くんの本音なら、そうします。ではまた明日」
あいつの記憶から読み取れた情報。
それは……。
『いいいいぃぃぃやったぁぁぁああああぁぁぁ!! とうとう!! 漸くこの瞬間が来た!! 甘い……あまあああああぁぁいぃぃ!!』
飛び込んできた情報に驚かされるって、どういうことだよ。
あいつでもこんな風に考えることあんのか。
甘いとか言われても、ぶっちゃけ俺はそんなの感じる余裕すらなかったってのに。
ドアが閉まる音がして、やっとあいつが帰ったのだということを実感する。
どうかしてる、あいつも、俺も。
あいつらも全員、頭のおかしいやつばっかりだ。
俺が嫌だった、って言っても微塵も動揺してないどころか、信じてすらいなかった。
つまり……見破られてると考えるのが自然か。
あいつらを、人質みたいな扱いにしやがって、クソどもが。
死ぬほど後悔させてやる。
「さて、これなら速さも損なわれないか?」
翌日。
俺は露木が来るかもしれない、というある意味での恐怖から逃れるためにホームセンターに来ていた。
関連性が全く感じられないかもしれないが、対露木ではなく、俺は学校側をとっちめてやることに決めたのだ。
俺本人を狙ってくるならともかく、あんなクソみたいな手段に訴えやがった学校を、許しておくわけにはいかない。
それで退学になるなら仕方ない。
それでも俺は、許すことができなかったのだ。
卑怯な手も搦め手も、俺の専売特許だ。
それを俺に使ったことを、心の底から後悔してもらう。
「必要なものは揃ったし、一旦帰るか」
誰かを連れているわけではないが、最近まで賑やかだったからかついつい口を突いて出てしまう。
別に誰が聞いているわけじゃないからいいんだが。
「……本当にきたのかよ、お前」
「来ましたよ。多分毎日きます」
「俺が何したのか、忘れたのかよ」
「私がされたんじゃなくて、した側ですよね。あのまま犯されてても私、文句言えない状況でしたけど」
「……玄関先でする話じゃねぇな。それ以上は迷惑だから、中入れ」
何より現役女子高生の口から犯されても、とかそんなセリフを聞いていると俺がおかしくなってしまいそうだったということもあって、俺は露木を部屋に招き入れて鍵をかける。
その俺の手元を見て、露木は不思議そうな顔をしていた。
「……何だよ」
「いえ……優木くん、自分から逃げ場塞いじゃって大丈夫なのかなって」
「…………」
昨日の件に関しては、正直俺が悪いと思っている。
ああいう手段に出なかったらもしかしたら、露木だってあんな暴挙に出たりはしなかった。
俺が自らエサをぶら下げて挑発した様なものなのだ。
だから露木を責めようなんて思っていないし、言うなれば自業自得なのだ。
というか……こいつ、俺をどうしようとか考えてるわけ?
「昨日、あんなことされてそんな相手を家に招き入れるなんて、優木くんこそ大丈夫なんですか? 私が襲わないと思ってたりします?」
「…………」
まさか、昨日のでリミッター外れました、とか言い出すんじゃないだろうな。
そうだとしたら、確かに身の危険はこいつよりも俺にあると思うが。
「そ、そんなことより……みんなには言ってないだろうな」
「言ってませんよ。そんなに確認してくるのは、言いふらしてくださいっていうフリですか?」
「言ったらお前との縁は完全に切る。海外に逃げてでもな」
「どうやら本音の様ですね。さすがにそれは困るので、私も約束は守ります。それより、まだ学校に行く気にはなりませんか?」
「ならねぇな。昨日のお前の記憶見て、尚更行く気なくなった」
仮に行くんだとしたら、俺は安心して学校生活を送りたい。
しかし今の状態じゃ俺までも人質にされかねない勢いだ。
学校にいなければ俺は別に生徒扱いされることだってないし、違った角度からこいつらを見ることだってできるのだ。
ならばまだ学校には行く段階にないと言えるだろう。
「私たち、別に乱暴なことされたわけじゃないですよ?」
「んなことわかってる。そんなことになってたら……ざ、ざまぁみろって笑ってるわ」
「…………」
何笑ってんだよこいつ、本当イラっとするな。
どうせそれも嘘だ、とか思ってんだろうけど。
そう思った時、玄関のチャイムが鳴った。
「私、出ましょうか?」
「頼むからじっとしててくれ。一歩も動くな」
荷物来る予定なんてあったっけ、とか思いながら立ち上がり、玄関へ行きドアからレンズを覗きこんで、フリーズする。
「おい露木お前……つけられたな」
「はい?」
「おい開けろ、優木。いるのはわかってるんだ」
「…………」
チャイムを鳴らさなくなった代わりに、ドアへのノックをし始めるその人物……お馴染み渕上先輩だ。
そしてそのノックが一撃ごとに……いや、ノックを一撃とカウントするのもおかしい話な気がするが、まるで打撃の様な強さで打たれているものだから、壊される前に俺はドアを開けることにした。
「何なんですか、あんた。新手の借金取りか何かですか? あんたに借金した覚えとかないんだけど」
「こないだしこたまご馳走してやっただろ。その分を取り立てに来た、とでも言ったらいいか? 二日ぶりだな、優木」
不適な笑みを浮かべ、お邪魔するぞ、とか言いながら先輩はズカズカと部屋に入ってくる。
遠慮もクソもないな、本当に。
「悪いが露木さんを尾行させてもらった。寮に戻っていない、ということだったのでな。さて、ここ最近のお前の奇行について聞こうか」
「……さむ」
「何か言ったか? ダジャレったわけではないんだがな、偶然だ。私に本気で蹴りをくれたんだ、決して安くはないぞ」
「その割にはピンピンしてません? あんた本当に人間ですか?」
「何だ、またゴリラだとか言いたいのか? 私が人間の女であるところを、ここで披露してほしいというフリなら、私も望むところだがな」
この状況は非常にまずいのではないだろうか。
金がもったいないけど、これは再度の引っ越しも視野に入れないといけない気がしてきた。
「尾行されちゃって、すみませんでした優木くん」
「……全っ然謝意が感じられないな、そのセリフ。別に思ってもないこと言わなくていい」
「口裏合わせたりはしてないがな、それよりお前寮にはもう戻らないのか?」
「戻らないですね。というか何でそこまでして俺にこだわるんですか?」
「聞きたいか?」
ニヤリと薄気味の悪い笑みを浮かべ、先輩は獲物でも見るかの様な目で俺を見る。
露木も何だか同じ様な顔をしている様に見えるんだけど……気のせいかな。




