24:四月十七日その⑤
「……独り言に返答してんじゃねぇよ。昔教わらなかったのか?」
「優木くんが言いたいのは、独り言に対してではなく寝言に対してではないですか?」
「どっちでもいいよ、そんなもん。堂々とサボって何してんだ、優等生」
「成績のことなら私は並み程度です。優木くんだって、知ってるんじゃないですか?」
そうか、そうだったかもしれない。
順位だけ見たら確かにこいつは俺とほとんど同じで、真ん中程度だった気がする。
「例の女の子と会っていたんですよね? どうしてそんな顔をしてるんですか?」
「質問の多いことで。こんな顔もクソも、生まれつきだけど何か文句でもあるのか?」
戸越みたいにすぐさま鏡で確認しようとか、そんな気にはならないが……露木がそう言うってことは相当ひどい顔をしているんだろうとは思う。
「優木くん。どうしたの? あなたはそんな冷たい人間じゃなかったじゃない」
「立川、お前が俺の何を知ってる? 俺は確かにお前の記憶を見たからある程度知ってるが、お前が見た俺の記憶はほんの欠片程度のもんだ。俺マイスターになりたいんだったら、まだまだ足りないぜ」
「本当に、どうしちゃったんですか、優木くん」
何なんだろうな、本当。
何でこいつ、こんな悲しそうな顔してんだよ。
立川も何かを懸命に我慢してる様な顔で、俺を見ている。
「露木、戸越から話は聞いたのか?」
「学校でお会いしましたから。あと……栗田くんと小林くんには謝られました。優木くんを止められなかった、って」
「…………」
何様のつもりだ、あいつら。
勝手に挑んできといて、意味がわからない。
止めるだの何だの……ほっといてくれよ、マジで。
「今の優木くんは見ていられません。何をそんなに怖がってるんですか?」
「あ? 何の話をしてんだよ。お前らこそ、何でこんなとこにいんだよ」
「私たちは、美理亜ちゃんに呼ばれたから……」
「そうかよ、なら早く行け。旨そうなケーキとサンドウィッチがお前らを待ってる。もっともあいつらが食っちまってなければ、だけどな」
「優木くんも、一緒に……」
「俺は食欲なくなったんでな、帰る」
そう言って立ち去ろうとしたところで、二人は俺の前に手を広げて立ちふさがる。
通行の邪魔だろうが、迷惑なことしてんじゃねぇよ。
露木も富岡と同じこと言うしで……こんなのが二人もいる様なとこで呑気に飯なんぞ食ってられるか。
帰ってカップ麺でも食ってる方が精神衛生上まだマシってもんだ。
見ていられないって言うなら、見なけりゃいいだけの話だろうに。
「……どけよ。あと他の人の邪魔だろ。あの二人も待ってんだ、とっとと行け」
「その二人は優木くんのことも待っているはずですが」
「知らねぇよ。俺は会いたいなんて一言も言ってねぇ。余計なお世話だってのは戸越にも言ってある」
「……そんなこと、言ったんですか?」
「おお、言ったぜ。それがどうした」
ここまで来ちまったら、仕方ねぇな。
何だか凄い形相で俺のこと睨んでるし、これでいいのかもしれない。
「見損ないました、優木くん」
「そうかい。けど勝手に買いかぶったのはお前らだろ。それで勝手に失望って、随分な言い草だな。まぁいいけどよ。それで、見損なったらどうするって言うんだ? ほっといてくれるのか?」
「力づくでも、優木くんにはついてきてもらいます」
「ほう、面白ぇ。力づくで、って言ったならお前も力づくで制圧される覚悟があるってことでいいんだな?」
「望ちゃん、ダメだって……」
早くも立川は勝てるわけがない、と思い始めている様だ。
当然のことだし、俺だって本気でこいつらをぶん殴って、なんて考えてはいないが露木がやる気だって言うなら、受けて立つ覚悟はある。
そうしてしまうことで、もう戻れないのだとしても。
「何を迷ってるのか知らねぇが、こないならこっちから行くぜ。多少の怪我は覚悟しろよ?」
ポリシーには反するが、言葉で解決できるとは思えないし仕方ない。
俺はただ、火の粉を振り払うだけだ。
そう思って振り上げた拳は、またも第三者の手によって止められた。
「優木、貴様そこまで堕ちたのか」
「……はぁ、とんだ厄日だな本当に。あんたも学校サボりかよ。生徒の見本たる生徒会長様がそんなことでいいのか?」
「お前もその生徒の一人だ。教育的指導が必要そうだからな」
「そいつはあんたの役目じゃねぇだろ。教師にでも任せとけよそんなもん」
俺の手首を掴んでいた先輩の手を振り払い、一歩距離を取る。
化け物一人に素人二人か。
ちっとばかり腹ペコな俺には荷の重い相手かもしれない。
「何故私たちを遠ざけようとする? お前は一体、何をするつもりでいるんだ?」
「…………」
さすがにこの人は鋭いな。
だけどまだ、認めてやるわけにはいかない。
まだ何も、始まってはないんだから。
「んなつもりはねぇよ。けどまぁ、戸越のやつもこれで手間が省けたな。俺とあんたらとじゃ、認識にズレがあったみたいだ。あんたが作ったあのこっぱずかしい集団は、俺の居場所じゃなかったらしい。だからいち抜けさせてもらう。もう俺に関わってくんな」
「それが優木くんの本音なんですか? なら何でそんな顔をしてるんですか?」
「うるせぇよ。どんな顔でも生まれつきだよ。お前みたいな美人さんと違って、俺はこういう顔で生まれてきたんだ」
「何にせよ、ここでお前を止めなければ手遅れになるかもしれん。悪いが全力で止めさせてもらうぞ」
言うなり先輩は俺に怒涛の猛攻を仕掛けてくる。
言うだけあって、やはりこの人は格が違う。
寸前で見切ってはいるが、やはりスピードで押されるとこちらとしてもかなり不利ではあるかもしれない。
「やっぱりお前の身体能力に、記憶を読む力の合わせ技は常軌を逸した力だな。あの乱闘の時も、かすり傷一つ負っていなかっただけのことはある」
「そいつはどうも。ただの努力と研鑽の成果だよ」
とは言ってもギリギリかわせているだけであって、これ以上のスピードで押されたら俺だって、ある程度本気にならざるを得ない。
それだけこの先輩が化け物じみた戦闘能力を持っている、ということだ。
「あんま長引かせると警察でも呼ばれかねないからよ。早々に決めさせてもらうぞ」
「この私を相手にして短期決戦か。面白いじゃないか」
できれば女は殴りたくない、なんて考えることもあるが……目の前の怪物にその理屈は通用しない。
女だと思って油断してるとこっちが死ぬ。
「先手必勝、行くぜ!!」
叫ぶなり俺は走る。
先輩の視界を左右に揺さぶり、一瞬でも隙を作る為に。
どんな達人でも何処かに必ず隙は出来る。
一瞬ちらりと露木を見やると、先輩の意識も俺の視線に引きずられたのか目が露木の方を向く。
コンマ数秒の世界ではあるが、これが勝敗を決すると言っていいだろう。
「戦いの最中によそ見とか、愚策もいいとこだぜ、先輩!!」
「!!」
遠慮なく俺は指を二本立てて、先輩の目を狙う。
しかし隙があったにせよさすがに異常な勘働きをしているらしく、当たる寸前で顎を引いて、眼球への直撃だけは避けた様だった。
とは言っても、瞼をかすって血が流れ始めてはいるし、完全に回避するには至らなかった様だが。
「いきなり目つぶしとは……やってくれるな」
「言っただろ、短期決戦だってよ。死んでも文句、言うなよな!!」
視界がある程度でも潰れてくれればこっちのものだ。
先ほどよりもスピードを上げ、かき回す作戦に切り替えるとやはり視界の悪さが災いしたのか、俺の動きについてくるのが苦しくなっている様だった。
「くっ、目に血が……」
「おやすみ、先輩。いい夢見ろよ!!」
「ダメ!! やめてください優木くん!!」
先輩の背後に回り込み、延髄にソバットが決まると漸く目の前の化け物は沈黙する。
露木が俺を止めようと駆け寄ってきていたが、先輩が沈むと絶望の表情と共にその足を止めた。
これで、本当に自由だ。
それにしても……切り離されて得る自由って、こんなにも冷たいんだな。




