23:四月十七日その④
「お前、学校はどうしたんだよ」
「あんたがそれ言うの? まぁご覧の通りサボったんだけど」
こいつもまぁ、真面目とは言い難いところではあるかもしれないが……それにしても露木のやつはきっとこいつから富岡のことを聞こうって探してる頃かもしれないぞ。
「富岡、お前もサボりなのか? あの母ちゃんが黙ってないだろ」
「うちのお母さん、もう離婚して他人だから」
「…………」
さっきその情報は見たはずなのに、何で忘れてたんだ?
どうも今日は調子が狂う。
「そうかい。じゃ、まぁ用事も済んだことだしごめんなすって」
「まぁまぁ、待ちなさいよ。どう見ても用事はこれからなんだから。今朝の会話、忘れちゃった?」
「忘れた。じゃあな」
「逃がすわけないでしょ」
両サイドからがっちりと腕を掴まれ……それでもその気になれば逃げることは出来ないこともないんだが、何となく暴力に訴えてまでっていうのはさすがに気が引けた俺は、観念することにした。
「何でお前、俺とこいつを会わせようなんて考えた? お前だって富岡から聞いてんだろ、昔のことは」
「だからよ。あんたは亜沙美ちゃんのことを正しく知る必要があると思った。そうすることで、少なくともあんたの因縁の一つは解消できる」
「……さっき色々見たかもしれないけど、私の話を聞いてほしい、なんて言うのは勝手かな。あの頃、大いに誤解も含まれていたと思うし、その誤解だけでも解いておきたいんだよね」
勝手な言い分だな。
過程はどうあれ、俺は結果としてあの頃を境に人を避けることを余儀なくされて、今の俺を形成するに至った原因にもなったっていうのに。
時間が経っていることでもあるから、その時間が解決してくれるはずだ、なんて幻想を抱いているんだろうか。
「それが解けることで、お前に何の得があるんだ? 俺に何かメリットがあるか? もう昔の話なんだし、今更古傷ほじくる必要もねぇだろ。俺たちはあの時、道を違えたんだ。過程がどうとか、そんなもん聞いても何の意味も為さねぇよ。結果が全てだ、人生っていうクソゲーはな」
「そうかな、だったら何で優木くんは過去を見る能力を持っていて、未だに使ってるの?」
「使ってる、ってのは語弊があるな。こいつは俺の意志じゃどうしようもねぇ。目が合っちまったらそれだけでオートだ。それとも俺に一生下向いて生きろってか? さすがにお前がそれを言うのは傲慢だと思わないか?」
「そんなこと言ってないじゃない……それに私そういう条件があるんだってことも今知ったんだし。無責任なこと言ったのは、謝るよ」
そんなあっさり謝られると、こっちとしても少し毒気が抜かれた気がして戦意をそがれる。
とは言ってもこいつと仲良く茶を飲みながら、とはまだどうしても思えないわけだが。
「優木がそこまでムキになるって、やっぱり変よ。だから、話くらい聞かない? それで納得できないっていうことなら仕方ないと思うし」
「……めんどくせぇな」
「え?」
「何でも。何処で話すんだよ。こんなとこで立ち話でいいならそれでいいけどよ」
「じゃ、私奢ってあげるからそこの喫茶店行こうか」
「奢り……ね。ほーん、じゃいいぜ、行こうか」
そんなことを軽々しく口にしたことを、せいぜい後悔するがいいさ。
とりあえず俺たちは連れ立って、近くにあった喫茶店に入ることにした。
「俺、ブルマンのNo.1とデラックスミラノサンド、それからこのザッハトルテってやつで」
「……あ、あの、本気でそれ頼むの?」
「悪いなぁ戸越、奢ってもらっちゃって。丁度運動した後で腹減ってたんだわ。他人の金で飲むブルマンも旨そうだ」
「えっと、やっぱり折半にしない?」
「……はぁ、バカが。最初からおかしな見栄張ろうとすんなよ。心配しなくても女から巻き上げようなんて考えてねぇわ。お前らにゃ一円も払わせたりしねぇから安心しろ」
意地悪だなぁ、とか富岡が言うのが聞こえたが、この際無視することにする。
こいつの夢を見て、こいつを避けるために今日あんな意味不明なことをしてきたってのに、全部台無しだ。
「で、話って? とっとと話せよ。帰って昼ドラ見たいんだから」
「あんたの部屋、テレビないでしょうが」
「いちいちツッコむな。心の目でご近所様のテレビを失敬するんだよ」
「ますます意味わからないんだけど……」
「仲良いね、美理亜ちゃんと優木くん。付き合ってるんだっけ?」
「は? んなわけねーだろ。こいつがつきまとってくるだけで……」
「はぁ!? 付き合ってんでしょうが!! 先輩の作ったハーレムの一員になったのよ、私だって!!」
時間的に平日でもあることから人は少ない様だが、戸越の放った一言は衝撃的だったのか、店員がこちらを見ている。
ただでさえ制服姿の男女が、なんて思われてそうなのに、こいつは……。
「吠えんなよ。んなワード大声でとか、恥じらいってもんはないのか、お前」
「あんたの意識が低すぎるのよ、バカ!! そりゃ確かにあんたまだ私たちに指一本触れてないけど、知ってるんだからね、望ちゃんの裸見たってこと!」
「…………」
あいつめ、余計なことを……。
というか俺の中で、こいつらと交際をしている、という意識はない。
状況的に女沢山の中に男一人、というだけだし、言ってしまえばハーレム状態であるというだけに過ぎないと思っているからだ。
別に恋愛感情がどうとかそういう意識で一緒に行動していたわけじゃないし、クラブ活動の一環、くらいの認識だったんだが……俺がおかしいのか?
事実戸越の言う通り、指一本触れていないわけだし、既成事実もない。
だったら別に俺の認識で間違っているとも思えないんだが。
「ハーレムってことは、少なくとも優木くんを慕って集まってる女の子が沢山いるってことだよね? 十人? 二十人? まぁ何人だとしてもそんなにモテて、さっきみたいな強さも持ってるのに……何でそんなに優木くんは怯えてるの?」
そんな十人単位とか、既成事実出来たら俺死んじゃうだろ、いい加減にしろ。
まぁ今のところ作るつもりはないし、このままいけば自然消滅してくれそうな気もしなくはないから、現状傍観者でいられるんだけどな。
そして俺が怯えてるって一体何の話をしてるんだ、こいつ。
「お前は一体、どういうつもりでそんな上から目線なわけ? 昔シカトしちゃってごめんなさい、ってか? お恵みを差し上げるつもりだったけど、お母さんが怖くてできませんでしたって? んなもん誰が頼んだよ。別にお前がどうしようとお前の勝手だし、理由がどうだろうとお前がそうしたって結果は変えられないし、聞くだけ無意味ってもんだろ」
「ちょっと、優木……?」
「俺が怯えてるだ? そう見えるってんなら別にそれでいいぜ。お前の中ではそうなんだろうさ。そんな俺を見たくない、とか思ってるならそれももうすぐ叶う。見たくないなら見なきゃいいだけだし、見てくれなんて俺は頼んでねぇからな」
「……言い方が悪かったよね、ごめん」
「そりゃ何に対して謝ってんだよ。俺はそんなの望んでもねぇよ。不愉快な野郎だな」
「もういいでしょ、やめなさいよ本当」
とうとう堪忍袋の緒が切れたのか、戸越は怒りに燃えた目で俺を睨む。
言い過ぎだって言いたいんだろうが、そんなのはとっくに織り込み済みだ。
「戸越、お前も何に対してキレてんだか知らないけどな。俺は別に富岡と仲良くしたいなんて考えてもねぇよ。気を遣ったつもりか知らんが、余計なお世話だ。あと先輩が作ったあのこっぱずかしい集団な。俺はただの仲良しクラブくらいの意識だったけど、どうやら認識のズレがありそうだからいち抜けさせてもらうわ。やっぱ性に合わねぇらしい。先輩に伝えておいてくれよ。食欲なくなったから帰る。こいつで払っといてくれ。じゃあな。久しぶりに会えて楽しかったぜ、富岡。グッドラック」
もうどれが本音なのかわからなくなりそうだったが、少なくとも食欲は失せてきてしまっていたこともあって、金だけ置いて俺はそのまま店を後にする。
戸越が絶望的な、呆気にとられた表情で俺を見ていたのは何となくわかったが、フォローしてやろうという気にもならなかった。
「はぁ……何だってんだ本当。一体何の恨みがあって、こんなこと……」
もちろんあいつにそんな意志があったなんて考えてはいないが、どうにも悪い方向にばかり頭が行ってしまう。
しかし、正体不明のあの声が、俺に忘れるなと言っているのはきっと……。
「俺が関わることで、周りがどんどん不幸になってくってことだろ? んなの、とっくに気づいてるっての。俺の幸せは他人の不幸で構成されて……他人の幸せは俺の不幸で構成される。もっと早くこうしとくべきだったな」
既にあいつらにはもう、十分に嫌な思いをさせてしまってきている。
思い出すのが遅すぎた。
あんな居心地のいい空間を演出されたら、やっぱ感覚も鈍っちまうもんなのか。
「人並みの幸せなんて、このクソッタレな能力を持った時点で望めるはずもなかったんだよな」
「そんなことで、幸せを掴めなくなるわけないじゃないですか」
全く、次から次へと……こいつら単位足りなくなっても知らねぇぞ。
俺の独り言を聞いてそれに応えてきたのは、毎度おなじみ露木。
そしてその脇にいたのは立川だった。




