25:四月十八日その①
翌日。
俺は学校に行くこともなく、当然のことながら寮にも戻らず駅前にある漫画喫茶から出て朝食でも、と辺りを見回す。
あれから先輩や露木たちがどうなったのか、正直知らないし知りたくもない。
ひとまずは俺がこれから先、あいつらに関わることはもうないと見て良いだろう。
考えてみたら簡単なことだったんだ。
俺が楽しい、とか幸せだ、って感じていた時、必ず誰かが不幸になっていた。
その最たる例が俺の家族だ。
俺の誕生日に楽しいと、幸福であると感じてしまった俺の心が、家族の不幸を呼び起こした。
結果、取り返しのつかないことになり、俺は永遠の孤独を余儀なくされたのだ。
「もっと早く気づいてりゃ、父さんたちも今頃は笑って過ごせていたのかもしれないのにな」
あの時聞こえた怨嗟の声は、聞き覚えがある。
家族の葬儀の時、そこへ来ていた母方の祖母だったはずだ。
その時は聞き流していたはずなのに、何故かその言葉だけは鮮明に覚えている。
「……たまにはこういう食事も悪くないか」
安い早いが売りの牛丼屋のチェーン店に入り、俺は定食を注文する。
安い割にそこそこ栄養のバランスが考えられていて、それなりの量もある。
昨日の喫茶店から出て以降、まともに食ってなかったのを思い出して腹が鳴るのを感じた。
幸い漫画喫茶にはシャワーがあったから、適当にコンビニで下着を買って事足りたし、匂うということもないはずだ。
注文したものが運ばれてきて、別に旨くも不味くもない食事を進めていく。
漸く体に活力が少しだけ戻ってきた気がするが、俺がそんな程度のことで幸福感を得たらこの店潰れたりしないか、なんて考えるとさすがにそれは困る。
値段の面から言ってもこの店は丁度いいし、また利用することもあるかもしれないんだから。
もっとも本来そんなに金を持っていない学生であるはずの俺が、こんなところを毎日の様に利用するというのもおかしな話ではあるんだが。
「さて……」
腹ごしらえが済んだら次は拠点探しをしなければならない。
今どき廃ビルなんてあっても、なかなか世間の目が厳しいせいもあって潜り込むことは出来ても、塒にするにはちと不安要素が多すぎる。
それならもう、正攻法で行くしかないだろう。
とりあえずそこまで有名ではない不動産屋はめぼしいところをいくつか探してあるし、まずはここから一番近い場所を訪れてみることにした。
「ええと……学生さん、ですよね」
「そうっすね。親権者の承諾が必要って話ですか? もう死んでこの世にいないんですけど。霊界通信とかできるんだったら、連絡とってもらっても構わないっすよ。俺にはやり方わかんないんで、そっちでやってくれるなら、ですけど」
「…………」
俺が用件を伝えると、とりあえず座る様に促され、早速障害にぶち当たる。
この男はこの男で、俺が金持ってるのか、とかそういうことが気にかかる様だが……金は十分すぎるくらいに持ってるし、多少多めに払って口止めするのも手としては悪くない。
しかし今やってるバイトだけで生きていくことにするとしても、やはり親の金を無駄にするのは望ところではなかった。
「そうですね……親戚の方でもいいんですよ。一応の身元引受人って言うんでしょうか。一人もいらっしゃらないですか?」
俺のことはどうやら知らないらしいこの男、よくこの街で生きてこられたもんだと思うが、一人だけ心当たりがないでもない。
こないだの呪詛の様な言葉を吐いた張本人でもある、母方の祖母。
素直に乗ってくれるかは別の話になるんだろうが、話をするだけならしてみてもいいだろうとは思う。
もちろん気乗りしないし、世間話をする様な間柄でもない。
それは俺の引き取りを拒否したことからも明白だろう。
面倒だからこいつの恥ずかしい記憶を片っ端から挙げて行って、脅すっていう手段も……いや、やっぱりこんなところで目立ちたくないし、中には脅しには死んでも屈しない、みたいなやつもいる以上そんな手段を取るべきではない。
「……一人だけ、心当たりがあるんで待っててもらえます? ただ遠方なんで、電話で取り次ぐことになると思うんですけど」
そう言い残して店外に出ると、俺はあのババァの連絡先を探す。
『定期的に連絡だけは入れておいで。仮にもお前は依子の子どもなんだから』
あのババァはそう言って俺に連絡先を押し付けてきた。
まさかこんなところで使うことになるとは思わなかったがな。
『やっと連絡してきたか。まだ生きてたとはね。てっきり死んだかと思ってたよ』
「仮にも孫に向かって、随分な言い草だな。便りがねぇのは元気な証拠っつーだろが」
『相変わらずの憎まれ口だ。それで、何の用だ』
心の底から死んだなんて思ってはいなかった様で、ひとまず話だけは聞いてくれるらしい。
なので俺は手早く用件を伝える。
幸いにもまだ耳が遠くなるほどの耄碌はしていない様で、話自体は伝わった様だ。
「まさか断ったりはしねぇよな?」
『断らないと、どうして思えるんだ?』
「そうかい、なら一つ搦め手を使わせてもらう。あんたの息子夫婦……母さんの兄貴だっけか。あそこん家はかなりマニアックなご趣味をお持ちの様だな。夜の生活丸ごと、覚えてる限り世間にぶちまけてやってもいいんだぜ? 最近ちょっと記憶媒体に記録する手段も見つけたもんでな」
当然のごとく真っ赤な嘘だが、これくらい言っておいた方が効果的だろう。
世の技術の革新とやらは目覚ましいものがあるし、いずれ夢ではなくなる日がくるかもしれないわけだし。
『…………』
「一族の恥になっちまうんじゃねぇの? 逆にあんたが首を縦に振るだけで、一族の体裁は保てる。安い話だろ。別に金まで出せなんて言わねぇし。腐るほど、金ならあるんだからな」
『お前の話を聞く限り……漸くお前の特性に気づいた、ってところか。ついでに大事なものも出来た、そうだな?』
このクソババァ、本当にいやな奴だな。
こういう見透かしたところが、マジで昔から嫌いだった。
『だがその大事なものを既に不幸にして、お前は逃げ回っている。そんなところだろう』
「ゴチャゴチャうるせぇよ。引き受けるのか受けねぇのか、それだけ言え」
『ムキになることはあるまいよ。不幸にしたくなければ、どうすればいいのかはお前が一番よくわかっているはずだ。だが、引き受けるには一つ条件を出させてもらおうか』
「ああ? 言える立場だと思ってんのかよ」
『その記憶媒体とやらにお前の記憶を保存して、ネットにでも何でも流したければ好きにしたらいい。あの子たちだって、お前という存在が生きている以上はそういうことになる可能性の一つくらいは考えているだろう。とりあえず簡単なことさ、無茶をしろとは言わないから聞いておいて損はしないと思うがね』
この口ぶりだと、俺の嘘はとっくに見破られている。
その上で敢えて言及しないのは、別の意図があるからだ。
「何だよ、条件ってのは」
『その大事な人を、何が何でも手放すな。お前の未来はそう暗いことばかりでもない様だ。その子たちの出現によって、お前の運命は変わりつつある。一年以内にお前の呪われた宿命にケリをつけて、その子たちを私の元に連れてくること。それが条件だ』
一体何を言ってやがるんだ、このババァ。
とうとうボケたのか?
ていうか、俺の呪われた宿命は一生涯つきまとうって、そう言ったのもこのババァなのに。
「……へっ。あんた、一年後も生きてんのかよ? もしあんたが先にくたばったらどうなるんだ?」
『本当に口の減らないガキだね。私はまだまだ生きるよ。ただ……まぁ、仮に死ぬ様なことがあるんだとしたら、その時は約束は無効にしてもらっていい。どうするんだ?』
何だよそれ、破格すぎる提案じゃねぇか。
しかも俺に何のマイナスも……なくはないか。
あんだけのことをした俺を、あいつらが許すとも思えない。
『答えは出てるんじゃないのか? 条件を飲むなら、そのまま店員に代わりな』
「…………」
一分ほど考えて、俺は店内に戻る。
そして店員に電話を手渡した。
「相手は祖母です。引き受けてくれることになったんで、話してもらえますか」
こうして俺は、一人で暮らしていく為の棲み処を手に入れることが叶った。
一年後の今日までに、俺は面倒ごとを全部片づけてあいつらを説得しなければならない。
……出来るんだろうか。




