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22:四月十七日その③

 何となく授業を受けようという気分でもなくなってしまった俺は、ひとまず寮にでも帰ろうかと玄関に向かって歩く。

 特に邪魔してくる様な人間もおらず、今日は一人で過ごせるかもしれない、と考えていた矢先。

 校舎を出てすぐのところで、一人の男子生徒を見かけた。


「…………」


 そいつの目は俺を捉えて離さず、俺の行く先に立ちふさがっていた。


「どけよ。ったく次々……」

「そうはいかねぇ。てめぇにゃ露木ちゃんを守る義務がある。とっとと教室に戻れ」

「んな義務ねぇよ。別に俺のもんじゃねぇ。そんなに大事なら、てめぇが守ってやったらどうだ? 俺なんぞよりよっぽど忠実な犬っコロになれんじゃねぇの?」


 と、俺がそう言った瞬間、目の前の男子は俺に拳を振るう。

 さっきの栗田と小林とはちょっとばかり違う様だ。


「……てめぇ、やっぱ異常だな」

「そいつはどうも。けどパンチ一発避けた程度でそこまで言われるとは心外だな」


 避けて避けられての人生だった俺だが、全員が避けて通ってくれていたわけじゃない。

 こいつの様に……堤誠一の様に、面と向かって、或いは不意打ちでの急襲を仕掛けてくる様なやつだって、それなりにはいた。

 そんな生活を送っていれば、こんなわかりやすいパンチ一つ避けるくらいは造作もない。


 ただ、それだけのことだ。


「てめぇもあれか、露木に振られていじけてやがったクチか。親衛隊気取りでご苦労なこったな。んな感じでグチグチいじけて俺に怒りをぶつける元気があんなら、もっとてめぇ自身の男でも磨いたらどうだ?」

「……あの子は真っすぐにお前だけ見てんだよ、優木」

「…………」


 こいつが余計なことを言ってくれたおかげで、またもあいつとの日々が脳裏によみがえってしまう。

 せっかく振り切れそうなのに、何なんだ本当。

 俺の邪魔ばっかしやがって、どいつもこいつも。


「そりゃご愁傷様。振られたてめぇの為に空涙でも流せば報われますってか? まぁ確かにあいつは可哀想なやつだよ。家庭にも恵まれず、惚れた男がこんなんだからな。けど、本当に可哀想なのはお前だよ。てめぇの気持ちを誤魔化す為に、こうやってお門違いの喧嘩しかけて憂さ晴らしするしかねぇんだからな」

「何だと?」

「露木を諦めたのは何でだ? あいつの気持ちが本物だ、とか思ったか? そんなのは建前だろうが。てめぇが可哀想なのは、気持ちを誤魔化さなけりゃならないからじゃねぇ。てめぇがあいつと違って、本物の気持ちを持てなかったことさ」

「やめろ……」

「んな偽物の気持ちに引きずられていじけてるてめぇが一番可哀想だ。何度でも言ってやんぜ。内心で俺にムカついてて、それがお前の偽らざる本音だろ? あいつの為だなんて建前捨てて、全力でそのイライラを俺にぶつけて見せろ、この偽善者野郎が!!」

「てめぇええええええ!!」


 そうだ、これでいい。

 激昂して我を失った堤は、その瞳に怒りの炎を滾らせ俺に殴りかかってくる。

 そしてその堤の攻撃の悉くをかわし、時にはいなし、一発ずつ確実に打ち込んでいく。


「くそが……」

「何だよ、クソを我慢してたのか? だったらとっとと行ってこいよ。じゃねぇと振られたいじけ野郎ってだけじゃなくて、脱糞野郎なんて不名誉なあだ名までついちまうぞ? ま、その間に俺は帰るけどな」


 闘志に比例して隙もでかかった堤は俺の攻撃のほとんどを急所に受けていて、既にボロボロになっている。

 もう戦える体ではない、と思うのだが……それでも倒れないのはきっと、露木の為という気持ちが大きいのかもしれない。


「てめぇは結局、自分の心をそれ以上傷つけるのが怖かっただけだ。あいつのことよりも、それが上回って俺なんかに向けてきやがったってな。てめぇの気持ちのやり場が俺に向いた時点で、てめぇは既に負け犬だったんだよ」

「…………」

「本物ってのはな、自分がどうなろうと相手の為にって動けるものを指すって俺は思ってるからな。その点確かにあいつは本物かもな。どんだけ滑稽だろうと結果が伴わなかろうと、堂々としてんだから。言うなればあいつとお前じゃ格が違い過ぎる。身の程を知りな、負け犬野郎!!」


 もう楽にしてやろう。

 そう思って俺は堤を問答無用で戦闘不能の状態に持ち込む。

 とは言っても別に殺したわけじゃないが。


「そのまま寝てれば誰かしら見つけてくれんだろ。もう来るんじゃねぇぞ。次絡んできたら殺すからな」


 顎への一撃で、堤は漸く沈黙する。

 そして堤をその場に残して、俺は学校の敷地を出た。



「あーあ、こんだけやっちまったらさすがに退学かもな」


 適当に、放課後までの時間を潰そうと駅前の繁華街へ出てきて、一人呟く。

 当初の予定じゃここまでするつもりはなかった。

 俺からしてみたら火の粉を振り払ったに過ぎないが、世間はそうは見てくれないだろう。


 けどこれで、俺に関わろうなんて思うやつは激減するだろうし……巻き込まずに済むなら安いものだ。


「まぁまぁ、いいじゃん。こんな時間にこんなとこにいんだったら、暇だってことだろ?」

「きっと楽しくなれるよ? 飯くらいなら奢っちゃうからさ」


 そんなことを考えながら歩いていた時、前方から軽薄な感じの声が聞こえてきて何となくうんざりさせられる。

 何処にでも湧くんだな、こういうゴミって。

 道のど真ん中でナンパとか、邪魔以外の何物でもない。


「邪魔だ」


 そこどいて、とかいちいち言うのもめんどくさくなり、通りがかりにナンパに興じていた二人組の片方を蹴りつけ、道を無理やりあける。

 これで通りやすくなった。


「てめ、何なんだ一体!! 俺が誰だかわかってんのか!?」

「……知らねぇよ。ゴミに名前なんぞいちいちつけるやつがいんのか? ゴミはゴミらしくその辺に掃き溜まってろよ」


 そのゴミと目が合い、記憶を読んでみてもやっぱり知らないやつだ。

 俺にゴミの知り合いなんかいないからな、仕方ないよな。

 そのまま立ち去ろうとしたところで、もう一人が俺の肩を掴む。


「おいおいおい、俺たちの邪魔しといてそのまま帰れるなんて思ってるん? だとしたら……」

「だとしたら、何だ? 殺してください、ってか?」


 その腕を掴んでひねり上げるともう一人が悲鳴をあげる。

 こいつらも戦闘経験値ほとんど皆無なのに、何でいちいち絡んでこようとするのか。

 環境省とやら、仕事しろよ。


 こんなでかいゴミ放置しやがって。

 掃除掃除、とか呟きながら手をひねり上げたままで背中を蹴りつけ、最初に蹴りを入れた方のゴミにぶつける。


「ゴミがいっちょまえに口利こうなんて、百万年は早えよ。隅っこで震えてろ」

「な、何なんだよ、お前……」

「ただの高校生だよ。それよりもうこの辺歩くなよ。次見つけたら殺しに行くからな」


 そう言い捨て、視線を向けると二人は泡を食って逃げていく。

 ゴミのテンプレみたいなやつだな。

 何にしてもこれでお掃除完了したし、行くか。


「あ、あの」

「…………」


 何だよまだいたのか、この女。

 俺があいつらとやり合ってる隙にでも消えてりゃいいのに。


「助けてくれてありがとう……って、優木くん?」

「……?」


 しかも何だ、俺のこと知ってる風だけど……。

 そう思ってついそいつの顔を見てしまう。

 

『思い出せ、お前の幸せは他人の不幸の上に成り立っている』


 何だ……?

 声にならない声が脳内に、響いた気がした。

 そして俺の見たその女の記憶と、女の顔。

 

「お前……富岡……?」


 向こうも驚いている様だが、俺だって相当の驚きを隠すことが出来ない。

 何しろ今朝夢に見たのは、こいつと俺の小さい頃の話だったのだから。


「あれ、優木。それに亜沙美ちゃんも。いつの間に会ってたの?」

「…………」

「…………」


 そしてよすぎるほどにピッタリなタイミングで現れる戸越。

 富岡にだけは、会うまい会うまいと決めていた今日。

 しかし運命のいたずらとでも言うのか、俺は逃げることの敵わない宿命に囚われていたのかもしれない。

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