21:四月十七日その②
そうか、夢で見た何処かで会ったことのある女……それは戸越……。
ええ……こいつなの?
「何よその不満そうな顔」
「え、いえ」
「全く……少しは取り繕いなさいよ」
「優木くん、忘れてただけならともかく、その態度は……」
お前は一体どっちの味方なんだ!? と言いたくなるがそんなことを言って戸越にまた喚かれてはかなわない。
しかしこいつが俺の小学校の同級生だったなんて……絡んだ記憶全くないんだけど。
「あんたとは絡んだことないけど、亜沙美ちゃんとはそこそこ仲良くしてたのよ、私。今でもたまに連絡するし。その時にあんたの名前も出るんだけど……」
「はぁ? 俺の? もっと建設的な話しろよ。将来の貯金はどれくらい貯めたい、とかさ」
「現実的過ぎて嫌ね、それ……」
「優木くん、ちゃんと聞いてあげませんか? ……あ、今朝の夢って」
「……露木」
「はい?」
「勘のいいガキは嫌いだよ」
俺はそう言い残して、二人を置いて先に教室へ向かう。
しかし何だってあんな夢今頃……。
やっぱりこれも無視の知らせなのか?
戸越もあいつの話を出してきたわけだし……。
「もう、何で置いていくんですか」
「いや、何となく。そういう気分だっただけ」
「どういう気分ですか……。それより、さっき話に出てた亜沙美さんって……」
「戸越も言ってたろ、小学校の同級生。ちょっと曰く付きのな」
それだけ? と言いたげだが、俺としてはこんな人の多い教室でこれ以上語ってやろうとは思えない。
俺にだって苦い思い出の一つや二つあるし、語りたくないことだって……そこまで考えて、俺に記憶を見られる人間の気持ちが少しだけ分かった気がした。
もちろん偶然目に入ってしまうのは仕方ないにしても、望んで見てくださいなんて奇特なやつはそうそういないだろう。
俺の知る限り先輩くらいじゃないだろうか。
「俺からこれ以上を語るつもりはないから、どうしても知りたいなら戸越にでも聞けよ。あいつの方がよっぽど仲良くしてただろうし」
「元カノ、とか?」
「小学校っつってんだろ。んなちっこい頃から色恋に夢中になる様な、幸せな脳みそしてなかったっつの。ったく、この恋愛脳が」
「ひどい!! 何でそんなこと言うんですか!?」
おっと、またやらかした。
そしてあまりにも真っすぐ俺を見つめてくるもんだから、ついまた目が合ってしまって露木がどれだけショックを受けたのかがストレートに伝わってきてしまう。
「……悪かったよ、言い過ぎたな。けどマジであいつのことなら戸越に聞いた方が早い。俺はあいつのこと、ほとんど知らないって言ってもいいくらいなんだ」
それだけ言って、俺は露木から目を逸らす。
露木も、そうしますとだけ言って自分の席に戻っていった。
やっぱあの夢は良くないことの予兆なんだろうか。
……いや、さっきのは俺の盛大な自爆でしかないよな。
しかし何て言うか……さっき騒ぎになったせいか周りの視線が痛い。
少なからず露木に好意を寄せている男子もいるみたいだし……。
「おい、優木。ちょっと外出ろよ」
ほらきた。
だから教室であいつと話すの嫌だったんだよ。
声をかけてきたのは……小林悠馬と栗田総一郎か。
前々から露木に好意を持っていたことはわかってたが……。
しかもこいつら、喧嘩一つまともにしたことない平和男子って。
そんなに露木が好きなら、もうお前らが守ってやったら? って言いたくなる。
『わ、私だって! 優木くんが好きなんですから!!』
そんなことを考えた時に限って、何でこんなセリフが……。
何となく腹立たしい気持ちになってきて、俺は黙って立ち上がると首でついてこい、という意志を示した。
当然周りがざわついている様だったが、もはやどうでもよくなってきていた。
「……お前ら、何がしたかったんだ?」
時間的なことなども考えて人が来ない場所、ということで屋上。
そして開戦数分で小林栗田の両名は、地面に転がっていた。
「お前なんかに、露木さんが……」
「露木が、何だよ」
本人に言えないから、俺に言うってのかよ。
勇気がないから、ってことなら……今俺に立ち向かってきた段階で十分だろ。
その勇気を露木にぶつけてやれよ。
「わかっているくせに、とぼけるのかお前……」
「知らねぇよ。言いたいことがあんなら露木本人にでも言ったらどうだ? 喜ぶかは知らんけどな」
「お前、露木さんの彼氏なんじゃないのかよ……」
そこまでこっぴどくやった覚えはないが、苦悶に顔を歪めた栗田が悔しそうに俺を睨む。
まぁ、何処まで行っても俺は悪者になるんだろうし、そんなのは慣れっこだけどよ。
「俺が、そうだと言ったか? 仮にそうだとしたら何だ? お前らに何の都合があるんだ? 違ったらどうだって? てめぇらの気持ち一つ満足に告げることも出来ないチキンコンビが吠えてんじゃねぇぞ」
おかしい。
いつもならこんな小者相手にしないのに。
今日は無性に腹が立って仕方ない。
「俺たちは既に振られているんだ。俺たちじゃダメなんだってはっきり言われてな。だけど……やっぱりお前みたいなのに渡すのは我慢ならない。殺してでも止めてやりたい気分だ」
「殺す? お前たちが? 俺を?」
「そうだ、そのくらいの覚悟を……」
「そうかそうか、オーケイオーケイ。殺すってことは、殺される覚悟も当然してるってことだよな?」
そう言って屋上の柵を見る。
幸いにもこんなもやしみたいな連中ならギリギリ砲丸投げの要領で下に投げ落とせそうな高さしかないみたいだ。
「俺みたいなのに露木を好き勝手にされるくらいなら、死んだ方がマシ、か。大した覚悟してんじゃねぇか。いいよ、じゃあ望み通りにしてやる」
そう言って俺は二人に近づき、手を伸ばす。
抵抗する様子も見せず二人は苦しそうに呻くのみだが、命乞いもしないのはご立派なことだ。
それとも俺が本気で投げ落とすわけがない、とか思ってるんだろうか。
俺がそんな生易しい人間だなんて思ってるんだったら……その認識は改めさせてやらないと。
せいぜい向こうで、悪鬼に殺されましたとか喚いたらいいさ。
「さすがに二人一遍には投げられねぇからよ。一人ずつだな。安心しろよ、どっちが先でもすぐに後追わせてやっから」
何で俺、こんなことしてんだっけ。
まぁどうでもいいか。
そんな風に考えて、栗田の方の首根っこを掴んだその時だった。
「優木、そこまでだ」
「…………」
「お前、何て目をしてるんだ。とりあえずその男子を下ろせ。話なら聞いてやる」
誰かが助けでも呼んだのか、屋上の入り口にいたのは先輩だった。
しかしおろしてやるか、と思っているのに、体は勝手に栗田をどんどん持ち上げて行く。
「あ、お前……くそ!」
先輩の舌打ちが聞こえ、地面を蹴る音が聞こえた。
振り返ることなく栗田の体を先輩に投げつけ、彼女の攻撃をギリギリでかわす。
「お前、どうしたんだ。何があった? 話してみろ」
「…………」
「露木さんも心配していたぞ。一体どうしたんだ……っておい!!」
苦も無く栗田を受け止め、俺を睨む彼女を見て興が削がれた思いになった。
付き合ってられるか。
ふとそんな考えに支配されて、俺は応えることなく屋上を後にする。
野次馬でもいたら叩きのめして、と思っていたがそんなときに限って、誰もいない。
良くないことが起きる予兆。
いつからか俺は、誰かを巻き込むことを怖がっていたことを思い出していたのだった。




