19:四月十四日その②
「せん……ぱい……もう俺……限界……です……! そんな、早くしないでください……」
「ば、バカ者……お前はそんなに軟弱だったのか? もう少し、粘って見せろ……」
「…………」
「…………」
「…………」
決して色っぽいベッドの中のワンシーンではなく、俺たちはまだ外にいる。
かのストーカーであるところの原本を俺と先輩とで運ぶことにし、学校までもう少し、というところまで来たときの一コマだ。
想像していたよりも重たく、だからと言って俺や先輩以外の女子の細腕にこんなの運ばせるわけには、という話になってもはや雨だか汗だかわからないことになりつつあって、声も思わず上ずってしまう。
それに何かこいつ臭いし、どっかに置いてとっとと手を洗いたい、という気持ちも生まれつつある。
それにしても、何て言うか気持ち悪いやつのテンプレみたいなこと言ってたな、たえちゃんは渡さない、とか。
学校に引き渡したらこいつの部屋にも行かないといけないのか。
もっと臭そうだし、やだな、なんて内心で思ってしまう。
「ふぅ……漸くついた」
「う、腕が……」
普段の運動不足が祟っているな、と思う。
まだ十代なのにこんな調子では、将来危ういかもしれんし……また訓練を再開してもいいかもしれない。
「とりあえず私は守衛さんに話してくるから、ここでこいつを見張っていてくれ」
そう言って先輩は校舎内に入って行き、伸びたままの原本は床に転がされている。
スタンガンとナイフは縛る時に取り上げておいたし、割ときつく縛ってあるから一人で抜け出すことは出来ないだろう。
だがしかし。
「こいつ臭いから、お前らもう少し離れてた方がいいぞ」
「…………」
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて」
「…………」
それにしても何だってこいつらまで一緒にやらないといけないのか。
別に俺と先輩だけでいいと思うんだが……寧ろ今回なんか、下手したら人質とかにとられたっておかしくないってのに。
「待たせたな。じゃあ、お願いします」
「了解しました」
そんなことを考えている間に先輩が守衛さんともう一人、教師を連れてきてその手には台車が押されているのが見える。
やっぱりあったのね。
そして手際よくその台車に原本は乗せられて、運ばれていった。
「さて……被害者が奴の家にいる、ということだから向かわなければな。もう少しだけ、みんな付き合ってくれるか?」
「もちろんです、全員でやらないといけないんですし」
「そうね、存続の危機になっちゃうのはちょっとね」
「大丈夫です」
「では、行こう。傘を拝借していくか」
五本も持っていくと邪魔になるから、ということで三本の置き傘を拝借し、俺は一人でさすことにした。
遠足にでも行くかの様にわいわいした感じではあるが、いよいよ大詰め。
俺の見た限りじゃ、たえちゃんとやらにそこまでの被害はなかった様に見えたが……何しろ直後に戦闘になっちゃったから詳しく見れてないんだよな。
「ここか」
先輩が予め原本のポッケから抜き出しておいた鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。
どうでもいいけど、やってることもう犯罪者だよな。
鍵が開く音がして、先輩がノブを回してドアを引っ張ると、何かに引っかかる感覚があったのか、ドアが半端な位置で止められた。
「ん? 何だ?」
「あの、先輩……そこ」
「ああもう、めんどくさい!! もう少しだってのに!!」
先輩が自棄になって叫ぶや、渾身の力を込めてドアを引っ張り……ガチャン!! という破壊音と共に外からかける鍵も吹っ飛び、ドアがその口を開ける。
「し、信じらんない……」
「俺でもあんなんできねぇわ……」
よく見ると、部屋の鍵らしきものとは別の鍵が申し訳程度にちょこんと、キーホルダーにぶら下がっているのが見えた。
今どきサルだのでも普通に鍵くらい開ける時代ってのにこの人は……。
「お前、今私をサル以下だ、とか思っただろ」
「え!? いや、そ、そんなわけ……」
「後で覚えておけよ。今は被害者の救出が先だ。行くぞ」
「…………」
後で一体何をされるのか。
その恐怖だけで今日はもう、眠れる気がしない。
俺たちが部屋に足を踏み入れると、中はシンプルな作りの2DKとでも言うのか、一人暮らしなんだったらいい部屋だな、と思える様な部屋だった。
そして寝室と思われるスペースに、彼女はいた。
「……あれぇ? おっさんは? ご飯買ってくるって言ってたんだけど」
「…………」
「あんたたち誰? おっさんの友達?」
あれ、俺が見たのって、こんなんだっけ。
原本が天使だの女神だのと言う勢いで扱っていたたえちゃんは、かなりくつろいでいて、引きこもり生活のせいかやや太って見える。
……あの野郎、記憶のねつ造でもしてやがったのか?
「何だ……話と違わないか?」
「ですね……」
「何か私の仲間調達してくる、みたいなこと言ってたけど、あんたたちが? っていうかあんた、会長だよね」
「…………」
何とも太々しい態度。
これ、あれだろ。
攫ったはいいけど逆に虐げられて、的な。
「私、ここん家居心地いいから、帰る気ないんだけど。もしかして迎えにきた、なんて言わないよね」
「そのもしかして、だよ。受験生だろう、君は」
「ええ、別に大学なんか行かなくてもあのおっさん私を食わせてくれるって言うし。正直もううんざりなんだよね。だから学校と親にもさ、よろしく言っといてよ」
「そうやって怠けて暮らすのが、性に合ってるとでも言うつもりか?」
先輩もやけに食い下がるな。
もちろん未成年をさらった、って時点で犯罪だし許されることじゃないのはわかるけど……。
「でも、その原本って人はもう捕まりましたよ? 今日だってもう、帰ってくることはないです」
「はぁ? 何してくれてんの、本当あいつ……」
「…………」
「養ってやるって言うからついてきたってのに。ホントつっかえ……」
そこまで言った時、パァン! と甲高い音が聞こえて、たえちゃんなる人物が頬を抑えて放心していた。
殴ったのは先輩でも俺でもない。
「あなた……両親は健在なんですよね。なのにその両親に少しでも心配かけて、何とも思わないんですか?」
「な、なんだよお前!! 後輩のくせに!!」
「学校辞める覚悟を決めていたのだったら、あなたは年齢がただ一つ上のだけの人間です。私が遠慮する必要はありません」
「この……」
たえちゃんが怒りと痛みに震え、涙目で露木を睨むが露木は一歩も引く様子がない。
それどころかこのまま放っておいたら追撃を入れてもおかしくないんじゃないかとさえ思えた。
それくらい、露木も怒りに打ち震えていたのだ。
「おい、露木。気持ちはわかるがその辺にしとけ。俺たちは一応、こんな奴相手でも救出にきたんだ。俺たちが手を出してどうすんだよ」
「止めないでください。この人、本当に許せない。家庭に恵まれているくせに、その幸せにも気づかないで好き勝手して……!」
「私も概ね同感だけど……今はこの人連れて帰らないとでしょ。愚痴なら後で聞いてあげるから」
「小松。お前が帰りたくないというならそれでも構わん。それがたとえただの現実逃避だとしても、私は責めたりするつもりはない。しかし、依頼は依頼なんでな。否が応でも連れ帰らせてもらう。その後のことはきちんと自分の意志で伝えることだ。自分の意志で親と話して、それでも納得できなければ家出でも何でも好きにすればいい」
そう言うと先輩はたえちゃんの腹に一撃入れて昏倒させ、そのまま担ぎ上げる。
さっきあのデブを二人がかりでヒイヒイ言いながら運んだ時とは違い、まるででかい人形でも抱き上げるかの様に、軽々と。
「行こうか。これで一応、依頼は完了だろう。というか小松の情報なんか私には入っていなかったんだが……これは本当に優木がいなければ解決に至らない事件だったな」
「たまたまですよ。偶然に偶然が重なったってだけで……というかそいつも、学校に?」
「ああ。まぁその後親も呼ばれるんだろうが、そこからは私たちの出る幕ではないだろうからな」
たえちゃんはきっと、先輩の言う様に受験やらの重圧から逃げたかっただけなんだろう。
その逃げ方に問題があったし、目の前に旨そうなエサがぶら下がっていただけ、ということなのだろうが……。
「私、今回何もしなかったけどいいのかな……」
「お前の出番が来る日なんて、別に来なければその方がいいよ。それにお前だって、思わぬところで活躍するかもしれないんだから、堂々としてりゃいい」
何となく不満そうな立川を軽く励まし、たえちゃんを抱えた先輩と俺たちは原本の家を出る。
しかし学校としては警察沙汰みたいな表沙汰にはしたくないみたいだが……どうやって事を納めるつもりなんだろうか。
少し気にはなるが、知ってしまったらいけない闇がある気がして、何となく俺は追及するのを躊躇っていた。




