18:四月十四日その①
「お前らはここにいろ。何かあったら必ず先輩を呼んで、逃げろ。いいな?」
あの翌日。
俺たちは打ち合わせ通りに二手に分かれてストーカーの捜索に乗り出した。
もちろん、見つけたからと言って殺してしまってはいけない。
かと言って逃がすことも当然認められない。
人違いがあってもならない。
そういう事情から、俺の力は不可欠な案件になっていた。
この日、俺と露木、そして立川の三人が学校の正門側、そして先輩と戸越は裏門側の捜索に回り、向こうからは特に怪しい人影がないことが確認されている。
とは言っても見た目からして怪しい人ほど実は何でもない、なんてことはいくらでもあり得る上に肝心の犯人の顔を見ていない以上は単なる見逃しもありえる。
そして一時間ほど探して、俺は一つの落とし穴に気づいた。
「チームを二つに分ける必要、なかったんじゃないか?」
何しろ俺の能力は俺にしか使えず、他の誰かが代わりに、ってことも出来ない。
それならいっそ、一つのチームで動いて十分おきくらいに全員の記憶を確認する方がいくらか効率的なんじゃないか、って思えてくる。
それだって犯人を特定するにはちょっと厳しいものではあるが、こうして闇雲に探し回るよりずっと効果がありそうな気がする。
俺と先輩以外のメンバーには一応護身用に特殊警棒を渡してあるが、仮に犯人とかち合った場合にどれだけ役に立つのか、想像もつかない。
そしてただの学校帰りを装っておく様に言ってあるが、あいつらにその辺の違和感をどれだけ消せるかが問題でもある。
『作戦を変えたいと思うんだけど、どうだろう』
グループメッセージを送り、グループ名がハーレムというふざけた名前であるのを見て、軽く笑みがこぼれる。
先輩が作ったこのグループは、一斉にメッセージを送れるから割と役に立つが、たとえば何かに夢中になってしまっている場合にはメッセージそのものに気づかなかったりする懸念がある。
しっかりと既読が四つついたところを見ると、ちゃんと確認は出来てるっぽいが……。
『どういう作戦だ?』
『このやり方というか、このミッション自体が俺の能力なしで動いても無意味なんじゃないかなって』
『やっぱりお前もそう思うか』
気づいてたなら、言えよな……。
まぁかく言う俺もついさっき気づいた側だから強いこと言えないけど。
『そんなわけなんで、一回合流した方がいいと思います』
『何だ、私がいなくて寂しくなったのか? 仕方ないやつだな』
減らず口が叩けるなら、向こうは心配ないのだろうと思うがやはり若干のイラだつ気持ちは湧いてくる。
そんなことがあって、成果は特に上げられないままで俺たちは一旦作戦を中断して合流することにした。
「降りそうだな」
「ですね……けど、こういう天気の時の方が犯人は動きやすかったりするんでしょうか」
「雨だと足音なんかは消えるからな」
「あの……二人はストーカーの経験でもあるの?」
「は? あるわけないだろ。ていうか雨音って割とでかいだろ? 逆に足音ってそこまででかくないから、気配ごと消えちまうことが多いんだよ」
物凄く失礼なことを言われた気がするが、疑いは晴れた様だったので不問にする。
しかし、作戦はここで振り出しに戻ったと言っていいだろう。
降り出してしまうと、さすがに動くのも困難になることが想定されるし、更に女の子に風邪でも引かれては大変だ。
今日はもう引き上げるか、もう一仕事一気にやっておくべきか。
「何かあの人、ちょっと不気味だったね。誰かを探している様だったし」
そんなことを考えた時、下校中の生徒の声が聞こえて俺たちはそちらを見る。
さっと全員が振り返ったからか、その話していた生徒とばっちり目が合って、そいつの記憶が流れ込んでくるのを感じた。
「……どうだ、優木」
「ナイスタイミングですね、どうやら。あとでこっそりあの子たちに何かご馳走してやりたい気分」
「だが決めつけは早計だ。まずはそいつを捕えなくてはな。犯人かどうかも、そいつの記憶を見ればわかるんだから」
というわけで、俺たちはさっきの子の記憶を頼りにその怪しい男を見たというポイントへ向かう。
幸いにも校門からそこまで離れていない様で、しかもモタモタと行動してくれていたからなのかそいつの姿はすぐに発見出来た。
「……仲間はいない様だが、単独犯なのか」
「ストーカーが集団とか、恐怖以外の何物でもないでしょうよ。先輩はここでみんなを守ってください。万一ってこともあるんで。俺一人で行ってきます」
「大丈夫か? 逆の方がいいんじゃないか?」
「先輩に何かあったら、俺が正気でいられなくなっちまう。だから任せてください」
先輩の返事を待たず、俺は速足でその男に近づいていく。
目深に帽子をかぶり、サングラスなどはしていない様だが上手く行くだろうか。
体格はやや小太りか。
その男とすれ違う振りをして、俺は後ろ回しでそいつの足を払う。
手ごたえはあった。
軽く悲鳴をあげながらその男は転び、俺を見た。
転んだ衝撃で帽子が脱げ、薄くなっている頭が露呈している。
「な、何だ、君……」
「失礼、足が絡まっちまいまして」
悪気はないんだ、とにっこりしながら目を合わせると、男は慌てて帽子をかぶった。
そしてその帽子をかぶり直したのが合図だったかの様に、雨がポツポツと降り出してくる。
「おいあんた……小松妙子って女子生徒を知ってるな?」
「…………」
先輩たちのいるところまで、五十メートルってとこか……記憶が届くか微妙な距離だな。
こいつがおそらくは黒であることは、間違いなかった。
しかし、情報がどれだけ離れた場所まで送れるか、それについては未検証だった。
こうなったら、俺一人でやるしかないかもしれない。
「原本健一……ね。四十二歳独身。悪いな、俺ここの学校の生徒だけどちょっとした特殊部隊でさ。あんたの引き起こした事件を洗ってるとこだったんだわ。覚悟、決めてもらおうか。おかしなことしたら無事に帰れないと思ってくれ」
「っく、ガキが……」
こいつの行動パターンは見えている。
懐にスタンガンが隠してあって、腰にはナイフ……。どっちかでも出されると厄介だ。
「ガキだけど、そのガキと変わらない歳の女子生徒攫って監禁とか、あんたの方こそどうかしてるんじゃないのか? 黙って俺に捕まってくれるんだったら、俺も手荒な真似をするつもりはないぜ」
俺が言い終わるのとほぼ同時に、原本が懐に手を突っ込む。
やはりそう来るか。
説得なんか聞く相手じゃないとは思ってたが、やっぱり戦いは避けられないということか。
記憶を見る限り、こいつに武芸の心得みたいなものはない様だ。
懸念材料があるとしたら、雨が少しずつ強くなり始めていることか。
そんなことを考えた時、携帯がポケットの中で振動するのが感じられ、一瞬だけそちらに意識が移ってしまった。
「あああああ!!」
見事にその隙を突かれ、危うく俺はスタンガンの直撃を食うところだった。
暗くなり始めていた空間に、スタンガンの電光が光る。
「っぶね……てめぇ、こんな雨でスタンガン使うとか、正気か? へたすりゃお前も感電すんだぞ」
「知るかぁ!! たえちゃんは渡さない!! あの子は俺のものなんだ!! 永遠に!!」
一撃目は何とかかわしたものの、勢いそのままにやぶれかぶれに電源をオンにしたままのスタンガンを振り回し、原本は迫ってくる。
左手でナイフを抜く準備をしている様だが、雨に濡れた手が滑って上手くいかない様だ。
「その女の子がどんな思いでいるのか、貴様は考えたことがあるのか?」
聞きなれた声が聞こえ、直後にスタンガンの光も消えて重いものが地面に落ちる様な音がした。
よく見ると先輩が飛び蹴りでも食らわせたのか、原本が吹っ飛んで伸びているところだった。
「何で私たちを呼ばなかった?」
「いや、記憶が届くか微妙だったし。携帯出してる余裕なんかなかったですよ」
「ふむ……まぁそれよりも今はとりあえずこいつを捕えよう。ロープ、誰持ってたっけ?」
震える手で戸越がロープを先輩に渡し、俺と二人で原本を縛り上げる。
寒くて震えているのか、それとも恐怖からなのかわからないが、とりあえず俺はジャケットを脱いで渡す。
「それ、頭からかぶっとけ。少しは雨凌げるだろ」
「あ、ありがとう」
さて……こうなったらこいつももう動けないとは思うが、問題はどうやって運ぶかだ。
台車とか、もしかしたら学校まで戻ればあるかもしれないが……。
割と距離あるんだよな、ここ。




