17:四月十三日その⑥
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
あれ?何か様子がおかしい気がする。
俺が渡した記憶は、文字通り生まれてから今日までのダイジェスト版とでも言うべきものだが、大事な部分にモザイクをかけてお送りしておいた。
それだけのはずなんだけど……。
「お、お前……」
「は、はい」
モザイク入れたのが気に入らなかったんだろうか。
そう思った瞬間、露木が俺の左腕を掴んで袖をめくる。
「あっ」
「…………」
「何よこれ……あんた、いつの間にそんなこと……」
「……離せ。くそ、うっかりしてたわ」
露木の手を振り払い、露見した左手首。
そこには一年前の痕跡が残っていた。
俺自身もすっかりと忘れてしまっていたためか、その痕跡が残る過程までも送ってしまっていた様だ。
一年前の事故の数日後。
まだ忌引で学校に行く必要がなかった俺は、寮に入れられて何もする気になれずにいた。
空虚で孤独で……しかし目を閉じれば浮かんでくるのは、あの事故の瞬間か在りし日の家族の思い出だった。
それが二度と帰ってこない日々であることを嫌でも思い知った俺は、部屋にあったカッターで左手首を力いっぱい、躊躇うことなく抉った。
しかし、おびただしいほどの流血をしても俺は死ぬことができなかった。
だからここに今も存在しているわけだが……俺を発見したのは寮の規則やらを再説明にきた教師だったのだが、余計なお節介をと当時は思ったのを覚えている。
当然ながら学校側に報告が行った様だったが、生徒には知らされていない。
いじめなどを懸念してのことなのか、それとも表沙汰になって学校の知名度に傷がつくことを恐れたのかは定かではないが、傷が癒えるまでの間で長袖の制服を着ていた俺は何とかその傷を隠し果せて、ご覧の通り今の今まで誰にも知られることはなかったのだ。
「よく、生きててくれましたね」
「……はぁ?」
「お前、そんな傷抱えて乱闘なんか……」
「問題点そこですか」
「二度と、するんじゃないわよ……」
いくら過去のことだ、とは言ってもそうした事実そのものがショックだったのだろう。
俺ならバカじゃねぇの? とか冷たく言い放って終わる様なことを、こんなにも悲しんでくれる。
つくづくお人好しが多くて嫌になる。
別に今になって死にたいなんて思わないし、あれは一時的な気の迷いだったんだろうと思う。
あれからどれだけ人に迷惑かけようと忌み嫌われようと、俺は生きてきたんだから。
「痛かったよね?」
「あん?」
立川などは目に涙を浮かべて、俺の左手を取る。
別に自分のことでもないのに、何でそこまで熱心なんだこいつら。
「お前は望まれて今、ここにいるんだってことをちゃんと再認識した方がいいかもしれないな。少なくとも一年前の様に、孤独ではないんだから」
「…………」
言われるまでもない。
そんなことはもう、既に痛感しているさ。
大体一年前だって、先輩が何だかんだ絡んできたから孤独らしい孤独ってそこまで感じなかったんだけどな。
「ところで……最近よくない噂を耳にしてな。うちの生徒がストーカーに狙われているという話なんだ」
「ストーカー?」
「ああ、女子生徒が付け回された、という報告が今のところ数件、こちらに回ってきているんだ」
いつの時代もそんな馬鹿野郎がいるもんなんだな。
つけ回すとか、そんな方法でしか愛情表現が出来ないなんて。
「で、だ。私たちでそいつを捕まえてしまおう、という話なんだが……」
「いやいやいや、ちょっと待ってくださいよ。そんなの警察の領分でしょう。少なくとも、俺たち学生の出る幕じゃない。違いますか?」
俺がそう言うと、先輩は苦い顔をする。
これは何か裏があるのだろうとすぐに察したが、俺たちで、ってことは露木や戸越、立川も一緒に、ということになるんだろう。
「優木。この学校はある程度名の知れた、所謂名門校だ。それはわかるな?」
「……ええ、まぁ」
そこまで聞いて何となく話の内容に察しがついてしまって、続きを聞くのが嫌になってくる。
「そして体質的にもやや古めで、厄介ごとを嫌う性質を持っている。だからお前の自殺未遂も今日まで私たちに知られることがなかった」
「…………」
「つまりな、なにが言いたいのかと言うと……」
「表沙汰にして、入学者が減るのを懸念している、と」
「そういうことだ。更に言うのであれば、今朝の全校集会も、不問にする代わりにそのハーレムのメンバー全員で事に当たり、これを解決せよ、とのお達しだ」
「……クソみたいな連中だな、本当」
「まぁまぁ優木くん……そう言わないで。逆に考えたら、それで無事解決できたら私たちの存在を黙認してくれる、ってことですよね?」
やけに事を簡単に考えている様だが、事態はそんなに単純なものではないだろう。
俺以外みんな女子だし……渕上先輩はやや次元が違うにしたって、無駄な傷を負わせるのは俺の望むところではない。
犯人がどんなやつなのかもわかっていない現状で、無闇に首を突っ込むのは危険だ。
「だけど、危険じゃないですかね、相手がどんなやつかもわかっていないのに」
「まぁ、そうなんだがな。学校側の出した条件というのが、私たち全員で、ということだからな。そうなるとさすがに私と優木だけで、ってわけにもいくまい」
「ケチのつく様なやり方で解決するべきではない、ってことね」
そうなると、やり方は十分に吟味する必要がある。
全員で、とは言ったが力を持たない女子三人を矢面に立たせる必要はなく、そう言った面倒ごとは俺と先輩で何とかするとして……情報収集に回ってもらうのが賢明か?
「優木くんの力があれば、すぐに見つからないのかな」
「どういう意味だ?」
「そのストーカーの顔を見た、って生徒がいればその人の記憶を、って」
「……どうだろうな。仮にそいつが見ていたとして、素直に記憶を渡したがるか? 俺の能力は、渡すときは細分化してある程度吟味も編集も可能だけど、もらうときは丸ごとだから。見てほしくないものまでこっちにきちゃうってのは、少なくとも学校にいる人間だったら全員が知ってて不思議ないぞ」
「そっかぁ……」
全校生徒は五百人以上。
そうなると、記憶を見せてもらえる、ってなったとしても容易なことではないだろう。
その間に犯人が逃げていたり、なんてことも十分にあり得る。
「逆の発想ですよ、優木くん」
「は?」
「見た生徒を探すんでなく、生徒を見ている人間を探すんです」
「…………」
一瞬はこいつ、頭大丈夫か? なんて思ってしまったものだが……言われてみれば確かに、それが一番近道な気がしないでもない。
しかしそれだって、十分に危険は付きまとう。
「二組に分かれた方がいいだろうな。私と優木は当然別の組になるが」
「ですね。まぁ残りは注意深く見ててもらう他ないですし、何かあった時の戦闘要員ってことで俺たちは動く他なさそうだ」
「漸くだな、優木」
「はい?」
先輩ががしっと俺の肩を抱き、嬉しそうな顔をする。
一体何が漸くなのか、俺にはさっぱりわからない。
「人を不幸にする目的でしか使うことがない、なんて言ってたその能力が、もしかしたら人の役に立てるかもしれないんだ。こんなに嬉しいことがあるか?」
「…………」
確かに露木の母親の時にだって、一時的にしても露木に辛い思いをさせてしまった。
そしてさっきだって……。
しかし先輩の言う通りなのだとしたら、俺は漸くこの能力を人の役に立てることが出来る、ということになるのだ。
なんて言われても、イマイチ実感が湧かないわけだが。
具体的にいつから動き出すのか、とかそういう話には至ってないのだから。
「明日から、出来れば動きたい。優木はバイトとか、どうにかなりそうか?」
「……どうでしょう。もし、どうしても休めないってときはチーム分けしないで全員で動いてもらった方がいいかもです」
「そうか、そうだな。それに優木がいなければ全員、という条件から外れてしまうわけだし、どうにもならないときは活動そのものを休止する方が無難かもしれない。優木の能力頼みなところもあるわけだし」
その通りだ。
先輩がこう言うってことは……無理をするつもりはないと見て良いだろう。
もっとも俺が一番危険視しているのは、露木なんだが。
近頃、俺に恩返しがしたい、なんてことを考えている様だし、突っ走らない様に後できちんと先輩に見張ってもらおう。




