伝令 1
長テーブル一杯に所狭しと並べられたあらゆる種類の軽食は、王宮の一日のはじまりだ。
その中からよく吟味して、太子はトーストをつまみあげ、端っこをちょっとだけかじる。
優雅な朝の一杯は この異国から運ばれて来たコーヒーという飲み物だ。最近、はまっている。
「ラベル地区に派遣した部隊からの伝令ですが、お会いになられますか?」
太子ががちゃんとソーサーにカップを置いたので、茶色い液体が跳び跳ねた。
「なる!」
伝令は疲れてはいたが、戦地からにしては身なりも悪くなく、余裕を感じさせた。
「カペルから?待ってたんだ。どれどれ。見せて」
従僕が素早く横から渡したペーパーナイフを使って優雅に手紙を開きながら、ご機嫌で太子は伝令に語りかけた。
「その調子だと、首尾よく開城できたみたいね。感心、感心!誉めてやらなくちゃ」
封筒の外側を無造作に投げて、これもまた後ろに控えた使用人が几帳面に拾う。
太子は素早く目を動かして内容を追った。口がとんがる。
「ふーーーーーーーん」
ここでどうかされましたか?と聞いてはならない。
伝令も従僕も直立不動のまま耳をすませていた。
「すごい」
太子は椅子に体を投げ出すと、スプリングに深く沈んで足を組んだ。
ひじ掛けに頬杖をつき、片手で手紙を高く掲げる。
「へーすごい。本当にすごいね。びっくりしちゃったよ、大金星じゃん」
伝令は思わず口許が緩んだ。
「あいつは何かやると思ってたよ。さすがさすが、いきなりすごいじゃん。あいつやばいよ」
伝令の隣に立っている従僕が顔を傾けてささやいた。
「まずいと思う」
「えっまずいんですか?」
「多分怒ってる。内容や意味は分からないけど」
「そんな、カペル様、大丈夫かな」
「何をやらかしたんだ?君たちの司令官は」
「どうしたのですか。何を騒いでいらっしゃるの」
背後から声がして、太子は物思いに沈んで動かなかったが伝令と従僕は深くお辞儀をした。
飾り立てられた豪奢なレースを揺らしながら現れた太子夫人は飾りがなくても、そもそも体格が非常にすぐれている。
(と言えば聞こえは良いが要は太っている)
こちらを見もしない夫の背後から抜き足差し足忍び寄り、太子が高く掲げていた手紙を勝手にぺらっと奪い取った。
「あっ!」
慌てて取り返そうとする太子と太子夫人の間で小さな争いが起きた。
夫人は笑いながらくるくる回り、夫は回転と体格のボリュームにばいんと跳ね返される。
「うそ!」
夫人が素っ頓狂な叫び声を上げた。
「カペルが、トゥアナ・ラベルを妻に?妻に欲しいですって?」
従僕がはっとして、太子の顔を凝視したのが伝令にもわかった。
「素晴らしい、ナイスアイデアじゃないの!」
夫人は侍女たちの方を向いて叫んだ。
「聞いて!聞いて!大ニュース」
「やめなさい」
「あの生意気娘が平民の妻に?プライドの高さだけで脳卒中になって死ねそうなラベル公が、あの世でどんな顔するかしら。平民!面白いわ!あなた、ぜひこのお話すすめなさいよ」
太子は額に皺を寄せ、今は傍目にもはっきりわかるほど不機嫌になっていた。
「そんな、あなたが考えるような単純なお話じゃないの!このおばか」
「わかった、あなたあの地区をカペル一党ににそっくり取られそうなので妬いてるのね?取り立てたのはあ・な・たっ!ちょっとこれは、絶対に皇太后さまにお話ししなくっちゃ!」
「よしなさい、逆にご機嫌を損ねるよ」
太子は頭に手を置いて、大声で絶叫した。
「頼むから、頼むからかき回さないでくれええええ!!」
従僕と伝令は急いで部屋を出て気付け薬を取りに行った。
廊下を走りながら言う。
「大ごとになりそうだ。荒れるぞこれは」




