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ラベル・エラベット  作者: 天海 悠
回廊にて
23/162

伝令 2








「よう、お早う」


 アギーレが早足で歩いてきたカペルの横に寄り添った。

 軍のキャンプは城門の外に広がっていて、小高い丘の上から小さめの城が湖に姿を映す景色がはっきりと見えた。

 冷たい風が肌を刺す。


「いよいよだな」

「うん」


 山道をさきほど見送った伝令が馬で下り道をかけおりていくのが見える。

 王都に着くまで三日はかかるか、とカペルは考えた。

 アギーレは妙な顔をした。


「何だお前、声ガラガラじゃねえか。ケツ出したまま寝ちゃって風邪でも引いたんかい?」


 並んで歩きながら、一小隊が横を通りすぎる。

 はやし立てられる前にカペルは大声で怒鳴った。


「やってない!何もやってないから!」


 アギーレはぽかんとし、カペルは顔を歪めて苦しげに喉を押さえた。


「参ったよ。ずっとこれだ。ちょっとのど休めねぇと進軍の合図までもたねぇわ」

「え、お前なに」

「やってない!」

「え、やってないの?」

「だからなんもしてないって!」

「嘘だろカペル、そんなはずないよね。もしかして照れてる?いまさら?」

「してない。できなかった。そんな時間あるか!」


 アギーレは戸惑った顔で首をひねる。


「だけどなんでそんな喉をからしてんの?言わなくていいじゃん。そんなん別によくね?好きに思わせとけば」

「いや、そこはトゥアナの名誉は守らないと」

「名誉!?」


 アギーレは足を止めて、足早に歩き去るカペルを口を開けて見送った。


「はーーーこりゃロトが心配するわけだ。かなりいかれてるわ」





 中央に配置された司令部のテントの幕を開き、カペルは中に入る。

 いつものことだが、男臭さと土臭さがむっと匂った。アギーレも後から入った。

 ロトとサウォークが机の上に地図を広げている。その上にカペルは、袋の中身をどさどさっと広げた。


「手紙か?」

「手紙ですね」


 副官たちがつまみあげる。


「見ろ、あれだけ送ってまだこれ。ぜんっぶ、署名したんだ。一晩中!もう手がしびれてどうかなりそうだ」


 カペルは手をもみながらチェストの上に腰をかける。


「姫様なんか徹夜だぜ。ご丁寧に朝にも追加で署名させられたわ。無理!むしろ少し寝たい」


 詳細に封印を調べていたロトがつぶやく。


「各市長から町長、部族の長への伝達書ですね。中身は?」

「お前、さっき聞いてなかったの!?連名の通告だよ。これ以上の戦闘はしない。早期にモントルー地区とも停戦を結び、協議して新体制を樹立する。これで半分。あとはもう出した。こっちは進軍途中の街あてだから、直接渡した方が早いんだ」

「妥当な内容ではありますが」

「まわりからまとめにきやがったな。これだけの量一日で出来るか?お姫様はとっくに絵を描いてやがったんだ」

「え、主導権握られてない?それって大丈夫なの、乗っかっちゃっていいの?」

「問題は肝心のモントルーが聞くかです」


 ロトは慎重に言った。


「裏を返せば、それだけ彼らの反発が強いのです。勇猛な民ですし、ラベル地区とは共存の歴史も長いが、確執もある」


 サウォークはカペルの顔をちらっと見た。


(迷ってる?)


「ばかじゃね。油断させてとっととやっちまおう。考えることなんかねえ。皆殺しだろ」

「仲介役としてギアズを連れて行こうとしたんだけどなあ」

「どうしたんだ?」


 ロトが肩をすくめた。


「勘弁してくださいにょ!」


 ロトとサウォークに囲まれて頼まれても、ギアズは悲鳴を上げて抵抗した。


「絶対に嫌です。あいつら、本当にヤバいんですって。冗談が通じないれんちゅなんですにょ!!!」

「そんな、冗談を言いに行くわけではないんですよ」

「いじめてくるの。悪口言うし、石投げてくる時もあるし、大嫌いですにょ!!」


 思いもかけないギアズの抵抗に閉口して、それ以上の無理強いは出来なかった。


「同族嫌悪かな」

「そんなもんじゃないやね。ここのやつらは、山岳地帯が入るなら俺らの方がずっとましって思ってる。野蛮だし最低なんだと。情報で取れるよりずっと憎み合ってるようだな」


 カペルはトゥアナの手紙にあった文言を思い出していた。




 モントルーとラベルとの間に殺戮がありました。

 どんな戦いも綺麗なものなどないとは言え、血族を巻き込んだ戦いは特に醜いのです。

 世界最初の戦いは親族同士だった。

 兄弟だけではない。親は子供を私物と思うし、子供は親を邪魔者と思うのです。

 お互いの兵がゲリラ戦を展開して、私の父が私と都にいる間、一時ラベル城を占拠しました。

 二度目、三度目の争いだけは、絶対に避けたいのです。




「じゃあ、頼りになるのはこれだけだ。姫様から、親玉への手紙。預かってるよ」


 はっと気が付いてロトがカペルの肩に手をかけた。


「カペル!」

「?」

「その、そのなかに、何か固いものが入っていませんか?塊のようなもの」


 カペルは分厚い封筒を引っ張り出すと、押したりさすったりしてごそごそ探った。


「ない」

「なに、何の話」

「その手紙に公の印章はされていましたか?本体が入っていないですか。姫はこっそりモントルー公に渡す気かもしれない。こちらを出し抜いて!」

「持ってみろよ」


 カペルは渡した。


「ほらな、入ってない。トゥアナは直筆でサインをしていた。目の前で書いたんだ。おれがじかに確かめた」


 サウォークがアギーレにささやいた。


「あいつ、名前呼びなんかしちゃってるよ」


 サウォークを無視して、アギーレは言う。


「ソミュール伯をぶっ殺したときも、兵の中に山岳派はいなかったと思うぜ。やつらは独特だし、粘りが違えや」

「モントルー軍はほぼ無傷で待ち構えているという事です」


 アギーレは腕を組んでカペルに聞いた。


「さてどうする?司令官」


 全員がカペルの方を見た。

 カペルは疲れてはいたが、何処どことなく生き生きしていた。

 どこか宙に浮いていた顔付きがはっきりして目が据わり、心が戻って来ていた。

 慣れた場所、慣れた顔ぶれに声と会話だ。

 机に手を付き、れて低い声ではあったが、はっきりと宣言した。


「女の言うことなんて当てにはならない。山岳地帯は地の利もある。情報も足りない。それにな、戦う時のモントルーがどんな相手なのか、おれはよく知ってる」


 ロトの目が下を向き、眉が寄せられた。何か思い出しているようだった。


「手強い相手に最初から和平のつもりで行ったら、噛み殺されるだけだ。やるなら、徹底的にやる。ここまで主力を温存出来たのが、この一戦の為だと思うことにする」

「お手紙はいいのかよ」

「油断させるためになら、いくらでもばらけよ」

「それでこそ俺らのカペルだ」


 伝令が司令部のキャンプから各部隊に走り、サウォークは生き生きしたカペルの後ろ姿を見ながらつぶやく。


「あいつ、フラれたのかな?」

「何でもいいさ、色ボケよりゃましだ」


 東西にそびえる二つ塔の上には女たちの顔が鈴なりになって出発を見守っていた。







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