↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼々快々  作者: 脳楽


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/13

漆✿ 影 に危機あり常軌に忌あり《かげにききありじょうきにきあり》

 木ノ宮城天守五階に瑠輝はいた。

 そこは畳貼りの四角い広間であり、今は東西南北すべての襖が開放されていた。この階層は、室内で行う季節の催し物や、舞踊の稽古場などに使われるそうだ。

 物見櫓としても機能するこの場所から眺める朝日は、極めて壮観で美しかった。

 空がじりじりと焼かれるように色が変わる。整えられた町の上を、巨大な桜から散る花びらが、ぐるぐると踊っていた。この景色は、天守からの特別な景観だ。

 だがそんな美しさを、瑠輝は満足に楽しむことはできていなかった。


(ここまでとは、あまりにも敵が多すぎる) 


 上座には、名代たる敬親《たかちか》と臣下の斑花紋助、周囲には花の刺繍がほどこされた布で顔を隠す、斑花家の女中達がいた。

 瑠輝の目には、いま異常が映っている。紋助は相変わらず全てがのっぺりとなにも見えない。だが周囲の女中は違った。体内その心臓付近に黒いヘドロのような何かが蠢いている。

 例の、呪泥だ。取り憑かれている者の会話には違和感はない。だがどこか言いようのない怖気を感じた。呪泥を宿した十数名が、急に牙を剥き襲いかかってくる可能性すらあった。

頼りの星集は、いまいない。

 いまこの場で問題ないのは二人、木ノ宮敬親と、その娘、梔子《くちなし》だ。

 納得はできる。木火土金水を冠する家系は、強い五行の守護があるからだ。


(できればご不調の芍薬様に、直接会って無事を確認できればよいのだけど)


 城主による定期的な神事によって、木ノ宮の守護は保たれる。代わりができるのは、血族であり姫たる梔子だけだ。

 手順としては梔子が一時的な城主となり、芍薬の代わりに儀式を行う予定である。

 今は必要な神楽の稽古を行っていた。

 シャン、と冷たい空気をかき混ぜるように、淡い桜色の巫女装束を着込んだ梔子が踊る。右手に握った、鈴を吊るした桜の枝が花を揺らす。

 鈴音に合わせて、顔を隠した女中たちの楽が流れる。二日後の満月の夜に、天守六階にて神事が行われる。もし何かが起こるなら、その日が最も怪しい。

 たん たん たん

ひときわ大きく梔子が跳ね、桜色の足袋を履いた足が畳を打った。

 演奏が合わせて止まり、神楽はひとまずの区切りを見せる。


「素晴らしいなぁ、梔子は」


 拍手をしながら敬親が立ち上がる。


「これなら芍薬の代わりも十二分に務められるだろうなぁ。誇れる娘を持って嬉しいよ。なあ紋助もそう思うだろ?」

「はい、誠に。これであれば芍薬様のご負担も軽減されることでしょう」

双眸を細め、紋助は恭しくうなずいた。

「本当ですかっ」

 

 二人の言葉に、梔子はぱっと花開くような笑顔を見せる。


「母様のためなら、いくらでも稽古しますっ。ではもう一度最初からやりましょう」


 女中に演奏をと急かすが、無理が見える。小さな手足が疲れで震えていた。汗も滝のように滴り、巫女衣装が重たく肌に張り付いている。

 七歳の女児が、もう一刻は動き続けていた。子どもは体力があるとはいえ限度がある。自分は本来意見する立場にないが、今回の依頼は護衛兼世話役だ。この後の予定に間に合わせるのも仕事の内だろう。

 瑠輝は武器を置いてすっくと立ち上がり、静々と梔子の側に寄った。

 窺う周囲の視線がまとわりつく。振り払うように片膝をつき、梔子の視線に顔をあわせる。


「さしでがましいですが姫様、すぐに朝食の時間にございます。しっかりと栄養を補給していただき、休憩された後に続きを行いませぬか」

「夜見殿、でもっ」肩で大きく息をする梔子。

「武芸であれば疲れた体で稽古することも大事ですが、これは演舞の練習でございます。踊りの軌跡は術式と同義。正確に舞うことこそなにより重要なのです。間違った動きを身に着けない方がよろしい」諭すような声音で止める。

「そう、ですか」


 しゅんとする梔子を見て心臓がぎゅうと縮む。母を想い無力な自分に絶望する様が、記憶の底をかき乱した。胸に手を当て、首にかけた指輪を抑え呼気を整えた。


「もう時刻です。この後も稽古は続きますので、朝食はこの五階にて準備されます。と言っている内に、誰か来ましたね」


 背後の階段、着物の袖をたすき掛けにした、一般的な女中が膳を手に部屋に上がってきた。

 膳の数は四、敬親、紋助、梔子、そして瑠輝の分が部屋の中央に用意された。

 最大限に警戒したまま、敬親達が席につくのを待ち着席する。

 朝食は、米と梅干しに味噌汁と小鉢の煮付けと緑茶であった。

 おや、妙だ。視ても、間違いなく食事に呪泥の痕跡がない。こちらが食していない事など向こうもわかっているはずだが。

 慎重に視ていると、同じように朝食をみていた紋助が訝しげに顔をしかめた。


「なぜ、献立が予定と異なっている。誰が指示を出した」


 場が冷える。膳を運んだ女中が、雰囲気を察して顔を青くしてと駆け寄った。ひそひそと耳打ちをする女中、なにを話しているか聞こえないが、紋助の細い目が段々と険しく開かれた。


「そんな巫山戯た事があるのか、お前は私を謀《たばか》っているのか」

「いや、そんな滅相もご……がっ」


 穏やかな一面しか見せていなかった紋助が、人が変わったように慌てる女中の首を掴み、吊るすように持ち上げた。子供に見せる行いではない。即座に梔子に見えぬよう背中に隠した。

 あまりに急な変化だ。すぐにでも首をへし折りそうな殺意が溢れ出ている。

 女中の足がばたつく音だけが響く。止めるべきか迷っている間に、敬親が立ち上がった。


「よい、どうした紋助、お前の厳しく真面目なところを買ってはいるが、人の失態をあまり厳しく咎めすぎるのは良くない」


 静寂。虫でも睥睨するような冷たい双眸が、敬親の言に伏せられる。


「は、申し訳ありませぬ」


 一瞬の後、紋助が女中を丁寧におろした。


「大丈夫か、すまぬな。治療して貰うといい、私の名を出し今日は休んで良い」


 むせ続ける彼女に、紋助は穏やかに言うが、空気は恐ろしいほどに冷たい。

 梔子は背後で口を噤み怯えていた。縋るような視線が自分へと向けられていると感じる。得意でもない微笑みを返してやった。


(まず彼女をどこかへ避難させたいけれど、勝手に動いてよいものかしら)


 敬親に目を向けると、無言の頷きが返る。

 袖を握る梔子を敬親の元へと優しく導き、女中に肩を貸し四階まで連れて行く。軋む階段を慎重に降りた所で、女をゆっくりと離す。まともに立てず、彼女は内股で座り込んだ。


「大丈夫、大丈夫よ。ちゃんと休んで、なにかあったら私に相談して、必ず話を訊くから」


 背中を叩く。蚊の泣くような声がして、彼女は小刻みに震える頭を下げて去った。

 階段を上がろうとした所で、部屋の片隅に佇んでいる老人と視線が合う。

 擦り切れ真っ黒になった甚平を着込んだ、老練の磨師、唐墨《とうぼく》簾《すだれ》だ。

齢八十は越えているように見える彼は、両手を置いた杖でトントンと地面を叩いた。


「なあ嬢ちゃん、上でなんかあったのけ。随分物騒な気配がしたがね」

「少し斑花殿と女中の間で悶着がありました。事情はわかりませんが、献立が異なっていたことが原因のようでした」


 ふぅむと髪も髭もない皺くちゃな顔をさらに皺だらけにすると、頭の上に大きな鼠が姿を現し【ぢゅう】と鳴いた。


「飯ごときであの殺気か? そりゃあ死体で土嚢でも作れそうなほど短気よな。ようまだ下女が残っとるぜ」

「流石にそれは、ほかに理由があるのでしょう」


 とそこまで言った所だった。聞き慣れた羽音が耳に入る。なんとも折が良いことに、情報収取に出ていた星集が戻ってきたのだ。

 ばさりと羽で風を受け、夜見の肩に柔らかに着地した星集。【いい報告なのか、悪い報告なのか】と、どう伝えたものかと悩むように小首をひねり、そっと耳元へとくちばしが寄せられた。


【例の傾楽木と、狼の頓馬《とんま》共が盛大にやった。城の食料庫から備蓄まで、どうやったか不明だが全て処分した。それが発覚して今朝方契約破棄されて城外に放逐されたがね】


 は? まて思考を回し、状況を理解しろ。

 は? やっぱり意味がわからない。

 こめかみに少し爪を立て、軽く叩く。


「なにをどうやったら、ああどこまで考えなし……なの? それであの朝食、そりゃあお上も激怒するわね。もしかして狙って? でもそれで力封じられて追い出されてなんの意味が……」


 脳内がこんがらがっている。瑠輝の思考の糸を、小さな謳歌が体に巻き付けて転げ回っているような気分だ。ぐちゃぐちゃで解く気も起きない。

 貯金の額でも思い出して気を落ち着かせ……駄目だ、そういえば少なくなったばかりである。

 深呼吸。冷静に、慎重に、それが自分の長所だ。

 努めて表情を変えていないつもりだったが、口をへの字にした簾に「へっへ」と笑われた。


「嬢ちゃん、にらめっこかい、百面相しているみたいだったぜぃ」


 おのれ傾楽木、許すまじ。


 〓◇〓


「ぶへええええっくしょんっ、だーっくしょんっわっしょーい、いえーい」

【戯けたくしゃみだ、風邪か、馬鹿なのに】


 イモムシのように進んで邪羅と二人城下の表店の影に隠れ、猿轡を噛みちぎっててもらった直後、すごいクシャミが飛び出したのである。

 しかし困った。口輪はないが、まだ体は縄でぐるぐる巻きだ。良いことをしたはずなのに。


「くそぉ命力が封印されて、体も随分だるい気がする。こんなんじゃあ縄だって解けねぇよ。ふざけるなー、こんちくしょー」

 地面を転がり文句を言っていると、邪羅が獣にあるまじきくらい素っ頓狂な表情をした。

【おい本気で言う取るのかそれ、救いようがないな】


 は、なんだこいつ丸刈りにするぞ。

 転がって突撃しようとすると、邪羅は【まずは聞け】と言って、体に力を入れ膨らませた。バチンと音がし、邪羅を捕らえていた縄が弾け飛んだ。え?


【謳歌よぉ、お前が命力使うなんぞ弾っころ作る時か、札投げる時だけだろうが。体はだるいかもしれぬが、封印された程度で縄程度抜けられぬわけがあるまいよ】


 狼の言を噛み締め考える。一拍置いて、ふんっと力を込める。

 縄が一瞬で破裂した。

「……ふぅ」と立ち着流しの汚れをはたき落とし、身だしなみを整えた。ふふ、容易いことだ。


「さあ邪羅、俺達にできることはやった。城の中は一旦瑠輝ちゃんと孔雀丸に任せ、外で次の手立てを考えるべきだ」

【おい、なにか言う事があるだろう】

「思い込みとは、時として怖いものだ」

【はぁ、まあ良いがよ。だが気をつけろ、刹那とかいう人間も言ってたが、オレにもお前にも契約の縛り自体はまだ残っているからな。外で中の情報を漏らすなよ、さすがに命に関わるぞ】


 破ったら針千本飲ます的なあれだ。なれば、千冬のところに行っても、磨道連が運営している忌首屋に行っても「なにも喋れなくてぇ」とだけしか言えず、怒られる未来しかない。こうなったら自分単独で捜査していくか。


「確か契約の縛りって、外出るな・外に連絡すんな・外から入れるな・関係者意外に喋るな、だろ。もう一個破ってるけど」

【お前が主導で破っていないからな、出るなって縛りはもう効力がないだろうよ】

「なるほど、じゃあ自分から誰かに連絡しない、誰に言わない。助っ人を連れ込まない、か。瑠輝ちゃんに連絡するのもまずいのか?」

【まあ、詳細は違うがおおよそは合ってる。連絡はやめておけ、お前はもう関係者じゃない扱いかも知れぬしな】


 確かに。しかし間違いないのは、謳歌自身が城に殴り込むことは問題ないだろう。受け止め方を変えようが引っかかりようがない。

 うーむ天才、たぶんだけども。

 まあ再突入する時は末期な状態だ。“奥の手”使って行くだろうし、問題もないだろう。

 さて、では早速歩き回ってみるか――そう思った所で、背後から気配と足音が三つ。

 おや、なにやら既視感がと思えば、これまた犯人も同じであった。

ドンドンドン、と謳歌に二人、邪羅に一人が抱きついてきた。


「兄ちゃん探したってー」「いないもんなー」「なっー」


 当然、まめ粒、ぼて太、赤ふくのガキども三人である。

 本当速いねー君たちは。これで札祝屋にでも向かったら、過去に戻った気分になれそうだ。

 まあ、今回ばかりは本当に顔を合わせ辛いので、札祝屋には行かないが。


「元気か、こんな所でなに遊んでいるんだ」


 右足にセミみたいにくっ付いたまめ粒、足をくいと上げて背中をぺしぺし叩いてやる。まめ粒は頭頂部で結んだ髪をピコピコ揺らし、首をぶんぶんと振った。


「兄ちゃんさ、遊んでるってのは心外だぜ。わざわざ探してたって言ってんじゃん」


 頬を膨らませる小僧と「じゃんー」と左足に張り付くぼて太。


「むぁー」

【やめろ、耳を食うなっ】


 赤ふくに美味しく頂かれ、邪羅はぎゃあぎゃあ騒いでいる。とりあえずあっちは放置だ。


「探していたってのは、一体どういう?」


 まめ粒に問うと謳歌が上げた足の上で、まめ粒は器用に身を起こした。猿みたいだ。


「それがさ、兄ちゃんが城に行った次の日から、急にきな臭くなって、大変なんだっていま」

「ほう」興味深い話しだ。視線で先を促すとまめ粒が続ける。

「大っきな所で二つあるんだけど、一つは前からちょいちょい増えてた失踪だよ。ここ数日で急に数が増えた。子どもを腹に抱えた夫婦ばっかりが消えてるんだ」


 まめ粒の言葉を追うように、ぼて太がぎゅっと抱きしめる手に力をいれた。


「僕のね、友達の父ちゃん母ちゃんたちもないなったって」


 悲しそうにしゅんと顔を伏せている。駆け落ちだろうと噂されていたあれだ。


「いま親が消えちゃった子ども達数人を札祝屋で預かってるんだけどさ、それで千冬姉が表には出さないけどすごいピリついてて」

「まあ、そうだろうな」


 誰かの、特に子どもの為に真っ先に動く人間だ。義憤どころか憤怒が吹き出して当然である。とはいえ、子どもを置いて動けるような性格ではない。代わりに

まめ粒達が動いたって流れのようだ。謳歌も段々と腹が立ってきた。

「で、もう一つはなんだ」促すと、まめ粒は周囲を見渡し、誰もいないことを確認した。


「城から仕事を受けた磨師達の様子が変なんだ。朝日が登る頃になると行列作って、結界の補強をするってでっかい木桶を担いで、日がな一日巨桜まで往復するんだぜ。気になって着いていったら、磨師の一人に見つかって怒鳴り散らされてさ、すごい剣幕で不気味ったらねーよ」

「なるほど、なあまめ粒、余計な事は聞かないで答えてくれ。桶の中身は見たか? 普段見ない磨師はいたか? どこから桶は運ばれてくる?」


 普通は子供に訊く事じゃない。しかしまめ粒達を舐めてはいけない。彼らの行動範囲は広く、知り合いも多い。千冬仕込みの情報通である。

 期待通り、まめ粒は自慢気な顔をした。


「任せてよそのくらいはさ。桶の中身を直接は見てないけど、磨道連の人が中を確認して、特に問題ない水だって言ってたぜ。変わった磨師って言えば、顔を数字書いた布で覆った奴かな、二番三番とかを見た」


 一旦そこで切り、思い出すようにして続けた。


「桶は四箇所から運ばれてるみたいだぜ、全部斑花関係の屋敷からって友達に聞いた。一つは本家、残りは分家からだよ、オイラが直接見たから」


 まめ粒の話に、思わず邪羅と視線を合わせる。


「おいおい、あんまり危ない事するなよ」

「え? 平気平気、近くの木の上に作った秘密基地から、隠れて見てたから、バレてないって。最悪秘密基地はそこら中にあるしっ」


 こいつら本当に至る所に作ってそうだ。

 しかしかなり嫌な感じになってきている。結構危ないかもしれない。

 まめ粒とぼて太の頭をわしわし撫でて、邪羅にすがりつく赤ふくを抱き上げて下ろす。


「お前ら、ここからは俺に任せろ。これ以上は指示に従って余計な事はするな」

 釘を刺すと揃って嫌そうな顔をする。仕方ない。謳歌は腰に吊るした銃をまめ粒に渡した。

「ほら、持ってろ」

「わわっ」


 貴重品でも掲げるように両手で受け取る豆粒に、謳歌は笑う。


「お前らのことは信用してるんだ。だからこれを一旦三人に預ける。本当に危ない時だけ撃て。これもってガキども守っていろ」


 じっと目を見る。三人の子どもの目がきらきらと見開かれていった。千冬の教育していた子ども達だ。その瞳には責任感、使命感、正義感の息吹がきらめいていた。


「撃つ時は、やってやるって気合いれて引き金を絞るだけだ、わかったな」

「わかった!」

「よし、わかったならほら行け」


 しっしと手を降ると、子どもたちは銃を懐に隠し、走り去っていった。

 屋敷の裏で見送っていると、邪羅がつまらなそうにいった。


【相変わらずガキに甘いなお前は。良いのか渡して、オレらもこれからが必要になりそうな頃合いだろうがよ。二枚ある札も命力封印されてこのままでは使えぬのに】

「貸しただけだ、ケチ臭えな。すぐ返してもらう。それにまだ俺らには“三本”あるだろうが」


 腰帯から根付けの紐で吊るされた、円筒状の代物が三本。

 墨字で埋められたなめし革を巻かれたそれを、謳歌はポンと叩いてみせた。


【随分頼りない数だがね。使い時を見誤るなよ】

「なに無関係ぶってやがる。どうせいつも一緒だろうが、俺が誤ったらお前も一連託生だ」

【ろくでもない最後だ。そうなったら必ず手前を盾にしてオレが一秒でも後で死ぬね】

「絶対に許さん、そうなったら敵をぶっ殺してお前もぶっ殺して俺が最後に死んで勝つ」


 煙管を取り出し、スパーっと煙をくゆらせる。立ち上る紫煙を眺めながら【心底くだらぬ勝利だなぁ】と邪羅がぼやいたのを合図に、謳歌と邪羅は地面を蹴った。

 着流の裾と黒い尻尾を翻し、宙空に躍る。長屋の屋根に揃って着地、そして駆けた。

 タン タン タン

 極小まで抑えられた下駄の音、瓦葺《かわらぶき》の屋根から屋根を飛び移る。

 中央の多くは武家地だ。白い塀が碁盤の目状に伸びた先、遠くに見えるひときわ大きな斑花家の屋敷がある。今回はそれを横見に、太陽から逃げるように西へ向かう。

 目指すは、札祝屋もある寺社地の端、巨桜の一本である。

 武家地から路地へ、表通りへ入る。


(普段より、行き交う人が多い。満月の祭りを目当てか)


 人々の隙間をくぐり、時には頭上を飛び越えた。飛脚が、商売人が、火消しが、飛ぶように駆ける謳歌にぎょっと視線を向けてくる。

 雑踏を飛び越え、火の見櫓の側を抜け横町へ。近くの裏路地に、子どもくらいの大きさの子鬼の姿をみつけたが、通りすがりに邪羅が食った。


(昼間でもこれか、妖鬼も増えてるようだな)


 適当に見かけた子鬼や、触手の生えた目玉のような雑魚妖鬼をしばき殺していく。

 張り巡らされた水路にかかる木橋を越え、城下町の中心部から抜けた。

 ひときわ大きな水路を渡り寺社地に入ると人が少なくなり、自然が増える。

 石畳の道を過ぎ、街道へ。緑豊かな山肌へと続く未舗装の山道へと道が別れた。


「頻繁に人が行き交っている様子があるな」


 分岐には多くの足跡が残っている。

 指先で跡を触る。重いものを運んだのだろう、痕跡は深い。足跡は山道へと続いている。

風に揺れる木の葉が作り出す陰の下、邪羅がベロリと舌を出した。


【濃いな、空気にすら味が漂っておる。大桜の方角で間違いない】


 断言である。わざわざ味で表現したあたり、やはり臭いはないのだろう。


「ひとまず上の様子でも見に行くか、邪羅のお陰で、なにかは見つけられるんじゃねぇか」


 たまたまこの辺りを通りましてね、という顔つきで山道を進む。

 巨桜を見上げるように歩いてしばらく。やがて鳥居にも似た形の、朱色の門へとたどり着いた。門の前には、白い布で顔を覆った磨師が二人立っていた。布の数字は二と三となっている。

 どうせ名前は二白と三白だろうと決めつけて「どうもー、お勤め大変ですねー」とか適当に頭を下げて横を通り抜けようとした。


「止まられよ」「控えられよ」


 白樺の錫杖が交差され、二白と三白に行く先を止められる。

 びっくりしたといった風に、謳歌は「わっ」と驚いたふりをしてみせた。


「なんだいなんだい、ちょっくら桜見に行くだけだぜ。仕事なんだ」


 文句をつけてみるが、錫杖は動かない。


「ここは現在、調べの最中につき、通行は堅く禁ぜられておる」

「此度、御公儀の御定めに依り、往来の者ども、此処を通ることまかりならぬ。そも其の方は、城の一番へ配属されていたと記憶しているが?」


 記憶力が良いことで。


「だから仕事の一環でよ。外の様子をそれとなく見てこいっていわれてさ」


 すっと一歩踏み込んでみると、交差された錫杖がそのまま首元へと突きつけられた。


「そうであれば書状を示されい」

「もしくは、押印のある許可証を提示されよ」

「許可証ね。確か、ここに。あれ? ないなぁ、落としたかな。良いじゃねーか少しだけだぜ」


 指ですこーしとやって見せるが、微動だにしない。指を丸め、銭ですかねぇと示すと、二白と三白の手が腰元の白鞘の脇差しへ伸びた。


「かーーっ、冗談も通じねぇのかよ。わーったわーったよ。はいはい帰りますぅ」


 くるりと背を向ける。剣呑な雰囲気はそのままだったが、殺気は収まった。

 山道を少し降りる途中、下から上がってくる者たちとすれ違った。神輿かのような大きさの樽を、棒で渡して担いだ磨師達である。幾人か顔を覚えていた。城にも来ていた者たちだ。

 口を真一文字に結び、無言で大樽を運んでいく。道の端へと避けた謳歌のことを一瞥するも、誰一人として声を発することなく通り過ぎていった。。

 はっはと舌を出す邪羅が、視線が合うと鼻息を飛ばした。


【さてどうするつもりだ。オレは全員噛み殺すのが手っ取り早いと思うね】


 なんて暴力的な奴だ。


「何人いると思ってんだよ、こっちがぶっ殺されちまうぜ」

【けっ“一本使えば”皆殺せるだろ】

「花摘む気軽さで殺そうとするな。流石にまだ早いぜ。暴れたいだけだろうが手前は。運動不足か? 安心しろ、これから散歩につれてってやるから」


 山道の横を見れば、緑が詰まった山林が目に入る。樹海もかくやと言う育ちっぷりだ。

 そらそら、森へおかえり。 

 ぺしぺしと邪羅の尻を山林方向へと向かって叩くと、ものすごい唸り声と共に、後ろ足で砂を蹴り飛ばしてきた。反射で避けると、背後で凄い音がした。見れば後ろの木の幹の皮が、飛ばされた砂でべろりと向けている。

 加減を知らないのかこいつ。やはりこんな奴は野に離してはいけないな。


(大樽は早朝から運び出すって話だ。夜の内は人が少ないだろ。それまでに着けば御の字か)


 さてさて、と生い茂る木々を押しのけ、山に分け入る。

 普通は頂上には登るには、山道を進む。なぜならこの辺りは上に登れば登るほど、切り立った崖が多くなるからだ。山には雑魚とはいえ妖鬼なども多く、結界だってある。だが謳歌なりに一生懸命考えた結果いけると踏んだ。

 妖鬼は殴り、崖は登り、結界は痛いし火傷するけど我慢して無理やり突き破る。これだ。


(待っていろ悪党どもめ)

 くくく。ははは。

 無言の高笑いでふんぞり返って歩いていたら、枝にぶつかって葉っぱに顔を突っ込んだ。「だー、もうっ」と枝を折って突き進むと、葉っぱまみれになった。これが自然を利用した罠か。


【似合っているじゃあないか、ほーれほーれ】

「くそ、生き生きしてんじゃねぇよ」


 嘲笑うようにすいすい進む邪羅が、わざと落ち葉を撒き散らす。さすが四足歩行の獣、全く追いつけず仕返しもできない。

 待てこら。いやお待ちを、ちょっと迷子になったらどうする。暮らすぞ、山で。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。