第1章:おうちさがしは大変です その8
幽霊屋敷の調査は薬草の採取と同じく、冒険者ギルドで常に募集している常設の依頼のひとつのようです。
これまでに挑戦した冒険者のパーティーは百をゆうに超えるそうですが、その誰もが最初の謎解きで詰まってしまっているため、推奨等級はなし。
また、屋敷で亡霊の怒りを買って襲われたという冒険者もいるそうなのですが、たとえ新人冒険者であっても大怪我まではしていないそうです。
ギルドの受付さんから聞いた話だと、まるで指導でもするかのような霊体の剣裁きだったそうな。
つまり、求められるのは武力ではなく謎解きのためのひらめき、なのでしょう。
私がこれまでに関わってきた遺跡やダンジョンの調査でも、たまにそういったものがあります。
特に多いのが古代の魔法使いの研究所だったような場所です。
もしも彼らと同類であったとするなら、古代語での出題とかそういったところでしょうか。
ただそうなると依頼の報酬が、古代語の解読を含めての遺跡調査を得意としていた私からすると安すぎます。
これでは熟練者が興味本位でもなければ、依頼を引き受けるはずもありません。
万が一、亡霊に襲われたときのことを考えているのでしょう。ミアちゃんは受付さんの説明を受けている最中、不安そうな表情を浮かべていました。
魔物といえば筆頭格のゴブリンをはじめ、ドラゴンだろうと殴れば死ぬ生き物です。
ですが亡霊系は実体を持ちません。殴っても普通は倒せない魔物です。
まあ世の中は広いですから、昔には拳に光属性の魔力を乗せて戦う巫女――聖堂で正式に、聖女の教えを学んだ女性のことを指しますが、そういう冒険者がいたという逸話もあります。
ですが私がそのような戦い方をしないので、ミアちゃんにちゃんと教えられるかというと疑問が残ります。
はい。安易に希望をもたせるような指導はしない方針です。
「……それにしても。本当にこれが、幽霊屋敷なんですか?」
ミアちゃんの疑問はもっともです。
お貴族様の別荘なだけあってお屋敷の前庭は、植え込みが綺麗に刈り込まれていて、なんなら今も亡霊のひとりがハサミを持って庭木を剪定しています。
ギルドからの伝達事項にもありましたが、私たちの姿を一瞥しても、襲ってくる様子は一切ありません。
つまり、幽霊が出る、という意味での幽霊屋敷のほうなのでしょう。
恐らく庭師と思われる亡霊に会釈をして、正面玄関に来ました。
樫の木の扉に施された彫刻は……これはラフロイグ家の家紋でしょうか。
「まあ。これは私でなければ突破口が見つからないかもしれません」
私のご先祖様が、ラフロイグ家とは文化的な基礎を共にしているので、縁もゆかりも無いわけではないお貴族様です。
探せばたぶん私の親類に、今でもラフロイグ家との関わりがある魔族がいるかもしれませんし。
このお屋敷の所有者がラフロイグ家であるなら、古代語としてはあの地方のものはかなり知名度が低いです。
遺跡調査を得意とする冒険者でもあの地方の古代語を、文化的な背景を理解したうえで自然な文章に直せる人はそれほど多くありません。
「うげっ……となると古リム語ですか?」
「はい。謎解きに用いられるのは古バス語や古コルヴ語ではないと思います」
古バス語や古コルヴ語――バスティオン地方、そしてモントクレール地方の古代の言語ではないと推測するべきです。
それらであったとするなら、恐らく既に攻略されているでしょうから。
リリサちゃんが身構えるのも無理はありません。
遺跡調査だと『蒼穹の翼』のような大きなクランだと、ポーターさんには荷物運びの他にも、謎解きに参加してもらうことが多いのです。
ですが古リム語はかなり癖の強い古代語で、ご先祖様がゆかりのある私でも、理解に数十年かけたような古代言語です。
「同じ綴りなのに読みがまったく違うとか、睡眠は冬の比喩だと思ったら普通に熟睡だったりとか、意味がわからないですよアレっ!!」
リリサちゃんの言い分はもっともです。私でも判断に困ることがある言葉が出てくることもよくありますから。
ちなみに遺跡やダンジョンの謎解きで難しい言語は、古リム語以外にはもうひとつ、体系があまりにも異なる、恐らく遠い遠い国の文字だと思われる記号です。
そちらは私でも諦めました。文字の体系が違いすぎて解読の手がかりすらないのです。
「とりあえず謎解きは私が読み進めますから、困ったときには知恵を貸してくださいね」
さて。先ほどの庭師の亡霊のように、このお屋敷は今も誰かが活動している場所です。
いきなり不躾に玄関を開けるのはさすがに失礼だと思いますので、ドアノッカーを三度鳴らします。
するとやや時間を置いて、内側から扉が開かれました。どうやら中にいる亡霊が開けてくれたようです。
扉もよく整備されているようで、軋むような音すらありませんでした。
「……歓迎、されているんでしょうか?」
まあ。拒絶されているのであれば、もうとっくに先ほどの庭師と一戦交えています。
「フィオナ・マクヴェーグ、リリサ・フラハーティ、ミア・デュボワと申します。これより冒険者ギルドにて受諾した調査を始めますので、よろしくお願いします」
扉の向こうのエントランスホールには誰もいませんが、一応名乗りはあげてから足を踏み入れました。




