第1章:おうちさがしは大変です その9
庭師の亡霊がいるぐらいですから予想はしていましたが、ギルドで得た情報の通り、絨毯の上にはほこりひとつありません。
花瓶もよく磨かれていて、前庭で見かけた花が活けられています。
……これならば確かに、乱雑に扱えば亡霊も怒るのも当然です。
「――ぶべっ!」
私が周囲を観察しているさなか、リリサちゃんがいきなり変な声を出して鼻を押さえました。
中央から左右に伸びる階段を登ろうとしたようです。
ですが、そこにはなにもないように見えました――が。
「恐らく障壁結界、ですね。二階を探索したかったら謎解きが必要、と」
認められていない存在を退ける、かなり高度な魔法の結界です。もしかすると廊下へつながる道も同じかもしれません。
「ミアちゃんも見えないところに壁がある、と思って行動してください。勢いよくぶつかると怪我しますから」
ミアちゃんは恐る恐るといった感じで手を伸ばしています。
ですが結界を維持することを考えると、魔石が魔力の源だとしても設置されているのは限られているはずです。
ひとつの区切りとなる場所が塞がれている、そう考えるのが自然だと思います。
ぐるりとエントランスホールを一周しましたが、手がかりとなるようなものはなかなか見つかりません。
こういう場合は必ず、どこかに問題となるものがあるのですが。
「……ああ、やっと見つけました」
なかなかに意地の悪いところに隠されていました。花瓶です。
模様にしか見えないそれはよく見ると、古リム語で細かい字で綴られた文章です。
[この花は我らが主が愛した花である。その名を唱えよ]
どのようにも解釈できる謎解きではなく、その過程を試すタイプが最初の謎解きのようでした。
これは恐らく古リム語を理解できるかどうかで仕分けるための、予行練習のようなものなのでしょう。
……問題文を理解できるのであれば、の話ですが。
「ロアエス。ラフロイグ領でよく見られるお花です」
私の言葉に、特に反応はありません。ラフロイグ家のお屋敷という背景まで含めると、よく似た別のお花とは思えませんが。
「……あっ! フィオナさん、あっちの棟の柱にあるアレ、さっきまで光っていた、と思う……」
ミアちゃんが自信なさげに、玄関の扉を背にして左側の棟の、廊下との境目の柱を指します。
柱の上部には魔石が埋め込まれていますが、活性化が止められたのか、淡い白色の光を放たなくなっていました。
あの魔石が障壁結界の魔力の素だとすると、正解と判断していいでしょう。
「次はこちらですね」
もちろん廊下にもなにかヒントがあるかもしれませんから、用心しながら進みます。
それにしても窓ガラスも、今朝磨いたばかりのように輝いています。
このお屋敷の主はとっくの昔に亡くなっているそうですが、まるで今も誰か住んでいるかのような清潔感です。
これは恐らく、私が予想していた魔法の仕掛けなどではありません。
その目的まではわかりませんが、亡霊たちが管理しているのでしょう。
「まあ。この部屋だけ施錠されていませんね」
これまでのお部屋はすべて施錠されていましたが、ここだけあっさりと扉が開きました。
いきなり何らかの罠が発動する可能性もありますが――なぜだかそういう小細工はしないタイプだという確信がありました。
一応の警戒はしつつも、お部屋の中へ足を進めます。
ここは会議室なのでしょう、大きな円卓と十二脚の椅子がありました。
ですがここも亡霊たちがきちんと管理しているのか、円卓は深みのある輝きを放っています。そしてその中心には一冊の本がありました。
恐らくこの本を読め、ということなのでしょうが念のため、他にも妙なところがないかをみんなで手分けして探します。
「……なんとなくだけど、謎を解かれたがっている感じがしませんか?」
椅子の裏を覗き込んでいたミアちゃんが、ぽつりと呟きました。
侵入者を排除するだけなら罠で充分機能します。それでも謎解きを用意するのは、なんらかの目的があるからなのでしょう。
そして解かれない謎は、謎として機能しません。
これまでこのお屋敷を調査したすべての冒険者が最初の謎解きで脱落した、というのは古代言語でも珍しい古リム語での出題、それも花瓶の模様に擬態した形ですので、仮に気付いても解読ができなかっただけ――そう断言できます。
「なぜか皆さん、謎解きに古代言語を使いたがる傾向はありますけど、おおむねその通りです。簡単に言ってしまえば『この謎を解けるものに私の遺産を授ける』とか、そういう姿勢ですね」
その遺産は金銀財宝に限らず、未発表の魔法の研究成果などです。
かつて私が謎解きの果てに見つけた中には『美味しいスープのレシピ』なんてものもありました。
クランハウスに戻ってから料理担当のメンバーにレシピを教えましたが、さして美味しくなかったです。
さて、円卓の彫刻も、ラフロイグの家紋が施されているほかには不自然なものは特にありませんでしたし、ミアちゃんが調べてくれた椅子の裏にも特になにかがあったわけではありません。
やはりリリサちゃんが手に取っている、円卓の上にあった本が次の謎解きなのでしょう。
「最初の謎解きが古リム語でしたから、その本もそうでしょうけど……なにかわかりました?」
「ええっと、かなりメチャクチャですっ。古リム語もそうなんですが、古バス語と古コルヴ語も使われていて、かと思えば最後の方はほぼ共通語に近い綴りでの文章ですし……なんかその時の気分で、言葉を使い分けているっていう感じですっ」
この国の古代言語を駆使して、そして終わりには近世の共通語を用いている。
ある一定の法則に基づいて記された手記、あるいは日記――そういうことなのでしょう。
「それがわかれば解読は楽になります。そのつもりで読めばいいのですから」
リリサちゃんから本を受け取り、読み始めます。
半刻ほどかけて読み終わった本に記されていたのは、結界魔法の極致だったこのお屋敷のかつての主の日記でした。
そしてそれは――今も、このお屋敷を保ち母親を待ち続ける、レティシアという妖精族との、物語のようなお話。
家に仕え、家事をすることに喜びを感じ、家に不幸が訪れると涙を流す。それが彼女の種族が生まれ持った性質なのだとか。
そういう妖精族がいるという話は、長年生きてきましたが伝承でしか知りません。
妖精族は身長が低いエルフや魔族と間違えられることも多いので、もしかしたら私が小柄なエルフのメイドさん、と認識していた人がそうなのかもしれませんが。
リリサちゃんは涙を流し、ミアちゃんは先ほどからうつむいたまま、身体を震わせています。
様々な言語を用いられていた理由は、研究の成果の覚え書きのようなものだったり、商会との取引内容についてでした。
ですが古リム語で綴られていたのは――レティシアという愛娘への、深い愛情です。
読めるものにだけ、自分の真の想いを知ってほしいということなのでしょう。
「フィオナ・マクヴェーグ、ナイア・オブライエン・ラフロイグ様の依頼を受諾致します」
日記帳に向かって宣言しました。
この幽霊屋敷の調査依頼は、名義人はサレンディア商会となっていましたが、真の依頼者はいまは亡きこのお屋敷の主、ナイアさんでしょう。
そしてその本当の依頼内容は――
――弔うことが許されないレティシアに代わり、私を弔って欲しい。




