第1章:おうちさがしは大変です その10
「なんだかんだで、もう夕方ですか……」
窓から差し込む光も、茜色へと変わっていました。
会議室に置いてあった日記帳を読んでからは、謎解きの問題文を探すのに苦労しただけで、その答えは非常に簡単でした。
――そのすべてが、レティシア嬢に関することだったのです。
まるで、彼女のひととなりを理解してもらうかのような、そしてその謎が用意されていたのは、その思い出を作ったであろう場所。
会議室に日記が置かれていたのは、そこがこのお屋敷の物語の始まりの場所だったから。
同じ部屋に何度も訪れることもありましたが、それだけの思い出を、ナイアさんは彼女と作ったのでしょう。
そして私たちは、それを追体験するような形です。
知恵比べですらなくなるのですから、謎解きとしては失格です。
ですが私がこれまで調査した中で、最も美しい謎と断言できます。
リリサちゃんはそれに気付いてからはずっと泣いています。ミアちゃんは思うところがあるのか、次第に言葉が少なくなっていました。
そして、恐らく最後の謎が遺されたお部屋――ここは、ナイアさんの寝室で間違いありません。
ナイアさんが日記に記すことができなかった、最期の思い出が残る場所。
ノックを三回鳴らして、返事を待ちます。
「――誰?」
困惑と、希望が混ざった声が返ってきました。
「フィオナ・マクヴェーグと申します。ナイア・オブライエン・ラフロイグ様の依頼により参りました」
逡巡ののち、扉がゆっくりと開かれました。
私たちを迎え入れたのは真っ白な髪と、長い耳を持つ女の子です。
小柄なリリサちゃんより更に一回り小さく、これでは確かに子供のエルフと見間違えても仕方ないです。
そして天蓋付きのベッドには、一人の老婆が静かに眠っていました。
不思議なことに数十年経つというのに、腐敗した臭いもせず、その肉体は保たれたままです。
枕元の背板に目を向けると、またもや魔石が埋め込まれていました。
聞いたことがない魔法ですが、魔石に込められているのは恐らく、状態を保存するというような魔法なのでしょう。
それはきっと、弔うことができずに朽ちていく姿を娘に見せたくがないが為の想いなのでしょう。
――そしてこれが、私たちが最後に解かなければならない謎解きです。
「冒険者、いつも玄関で帰る。ひどい冒険者、ガーラントに追い払われた。でもあなた、ここまで来た。なぜ?」
「たまたま私が、ナイアさんの遺志を理解できるものだったから――でしょうかね」
私が偶然古リム語という、ナイアさんの愛情を示す言葉を理解できたから、この言葉に偽りはありません。
ですがナイアさんの築いた想い出に触れていくうちに、なぜだか眼の前の、妖精族の女の子を放っておけなくなったのです。
「ご主人、ワタシが泣いた。商会の人、呼んだ。ご主人、死んだ後。いつか冒険者、来る。ご主人、死んだ。あなた、初めて」
まあ。レティシア嬢はちゃんと、ナイアさんが既に亡くなっていることは理解しているようです。
ですがナイアさんの眠るベッド横のテーブルには、未だ湯気が昇るパン粥のお皿が載っています。
「みんな、帰ってきた。でもご主人、まだ帰ってこない。それ、ご主人のご飯。今日も、帰ってこない。明日また、作り直す」
私の視線に気づいたその言葉に、胸が締め付けられるような思いでした。みんなとは恐らく、亡霊の皆さんなのでしょう。
ですが、ナイアさんの寝室に至るまで、ナイアさんだと思われる亡霊の姿はどこにもありませんでした。
それこそナイアさんが長い時間を過ごしたであろう工房にも、です。
ああ。あなたはひどい母親です。
最後の最後。これまでの謎解きの『こたえ』を、私に言わせるだなんて。
こんなことをするぐらいなら、あなたの口で、彼女に伝えてあげればよかったのです。
「――しあわせにおなりなさい」
これが、ナイアさんが愛娘に遺した伝言。
すべての謎が解き明かせるのが食事時。彼女が、必ずナイアさんの部屋に居る時間。
その時間まで計算した――最後の謎解きの、答えです。
私が口にした言葉で、枕元の背板にはめ込まれた魔石が、輝きを失いました。
「状態――いえ、時間の保存……それならば、保存していた分の時間の還元がない? では――凍結? 時間を停止する? そんなことが、許されるのでしょうか……?」
私が思わずうろたえてしまうほど、ベッドに眠るナイアさんの姿に変わりはありません。
時間という概念にすら干渉しうる、人知を超えた魔法。
愛娘に、ヒトとしての尊厳を――そして、ナイアという個人を保った状態で弔ったという事実を伝える。ただそのためだけの、結界魔法の極致。
「……レティシア嬢、私がナイア様より受諾した依頼は『娘に変わって弔って欲しい』という依頼です。これより、屋敷の裏手で依頼人を、弔わせていただきます」




