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第1章:おうちさがしは大変です その11

 ミアちゃんの仲間たちの時のように別に聖堂に頼まなくとも、弔うことは誰でもできます。

 ですがレティシア嬢が弔うことができないのは、それが『家』を終わらせることとなる――誰かに仕えることに喜びを見出す彼女にとっては、存在意義を失ってしまう。

 それゆえに種族としての、本能的な禁忌なのでしょう。

 だから私たちのような冒険者――レティシア嬢ではない他の誰かに、ナイアさんは弔ってもらう必要があるのです。

 弔いとはつまり、ひとつの区切りです。

 死を確定させる儀式。本来であればもう二度と、その人に逢うことができないという現実を受け入れるための時間です。

 ですが、遺されるレティシア嬢を不憫と感じた使用人たちが、亡霊として再び現れた――これが、このお屋敷の時を停めてしまった原因です。

 かつての使用人が亡霊として戻ってきてしまったから、レティシア嬢はナイアさんが亡霊として現れるかもしれない、という希望を抱くことになり、数十年もの間、主を待ち続けることとなったのでしょう。

 しかし――ナイアさんの日記を読んだ私にはわかります。確かに娘を遺して死ぬ――それは、未練といえるでしょう。

 ですがそれ以上に。愛する娘に、自身の『死』を自覚させたい――『家付き妖精』というレティシア嬢の『終わり』を示す。

 ――母が我が子にできる、最後の教育。


「ミアちゃん。昨夜の話ですとミアちゃんが育ったのは聖堂の孤児院、でしたよね?」


「――え? あ、はい」


 ミアちゃんの仲間たちのように、ちゃんと聖堂の伝道師様に教えを説いてもらって、ナイアさんを弔うものだと思っていたのでしょう。

 私の言葉に、ミアちゃんはうろたえます。


「聖堂でのお弔い、そのお手伝いをしたことは?」


「……あり、ます。お花を渡したりとか……あたしじゃないですけど、音楽を演奏したり、とか」


「では。聖女様のお言葉を、一字一句正確に唱えられなくても大丈夫です。ミアちゃん――あなたが、導士を勤めてあげてください」


 それがどれだけ拙い教典の読み上げであったとしても。ナイアさんを知っているものでなければ、レティシア嬢には響かない――なぜだか、そう思います。

 教典は謎解きにも引用されることがあるので、各宗派の教典はすべてリリサちゃんのリュックの中に入っています。


「……うん、これなら大丈夫、かも」


 その中からラフロイグ家が信仰しているという宗派の教典をミアちゃんに渡すと、どうやら孤児院で教えられていた宗派と同じのようです。


「レティシア嬢、これより私たちはナイアさん――あなたのご母堂の御弔いをさせていただきます。それが、今回の依頼内容であり、彼女の遺志です」


 レティシア嬢は小さく声を漏らすと、まだ湯気の立ち上る夕食を下げようとしました。


「……それは、そのままにしておいてください。ナイアさんの、最後の夕食です」


 死者が食べ物を口にすることはできません。それは亡霊であっても同じです。

 ですが、それを供えることは彼らを受け入れているという証です。

 レティシア嬢がナイアさんを受け入れていた、そこに想いが――願いがあったという最後の証。だからこそ、必要なのです。

 死者に供える、最後の食事。聖堂の葬儀でも重要な意味を持って用いられますが、それが決められた何かであるという指定はありません。

 毎日作り直すほどに待ち焦がれていた、愛する人のための食事。

 だからこそ、これでなければいけないのです。


「私、参列できない。種族、葬儀の参列、禁忌……ご主人、送りたい」


 レティシア嬢は無表情とも言えるような表情でした。

 ですが、ならばなぜ。そんなにも悲しそうな顔をするのでしょうか。

 種族の禁忌というのは、文化ではなくもはや本能です。

 魔族にももちろん禁忌はあります。ですがそれは、私がヒトの社会で生きている上では恐らく、一生犯すことのない禁忌です。

 レティシア嬢が自身でナイアさんの葬儀を執り行ってしまうと『自分の属する家を終わらせてしまった』という、ナイアさんの日記によるとどうやらお世話妖精、あるいは家付き妖精とも呼ばれるらしい彼女にとっては、自身の意義にすら抵触することです。

 だから、代わりに弔うものが必要だったのです。

 そのために仕掛けられた、不器用ながらも娘を愛する母親の様々な感情。そしてそれを追体験させる謎解き。

 ……つくづくズルい人だと思います。

 同時に、そんなズルさを。それをヒトとして認められる人間でなければ、ここまで辿り着くことができなかったのかもしれません。


「では。ここから先は私たちにすべてお任せください」


 リリサちゃんがナイアさんを、つい今の今まで眠っていた寝台のシーツで丁重に包み、お屋敷の倉庫から借りてきた長い棒と天幕で作った担架に載せ替えました。

 お屋敷の倉庫は謎解きの途中で寄った場所で、リリサちゃんにはそこで見かけた物品の中から、担架の材料となりそうな長い棒を借りてくるようにお願いしたのです。


「なんか物凄く怒ってる感じの騎士の亡霊が、倉庫にやってきて威嚇してきました……怖かったですよぉ」


 まあ。さてはレティシア嬢が言っていた騎士の亡霊でしょう。

 ですがリリサちゃんが、ナイアさんを弔うために借りることを伝えたら、跪いて頭を垂れたのだとか。

 つまり……彼らも、主の弔いを望んでいたということです。

 でも彼らは恐らく、ナイアさんからその遺志を亡霊となる前に聞いていたのかもしれません。

 自分たちではない――レティシア嬢を理解してくれる誰かが、葬儀を執り行ってくれることを。

 担架に載ったナイアさんは、とても重たく感じます。

 それは重量というものではなく、想いというもうひとつの重さ。

 ナイアさん一人を運んでいるはずなのに、ナイアさんと共に、この屋敷に残された何十年もの記憶まで運んでいる――そう感じました。

 エントランスホールには、亡霊たちが集まっていました。

 この屋敷に眠る宝を、持ち出そうとする不届き者から取り返そうとするため――ではありません。

 彼らが愛した主人の、最期の姿を見届けるため。

 リリサちゃんが威嚇されたという騎士が、前庭で草木の手入れをしていた庭師が。役職は分からない、他の使用人たちが。

 亡霊なので表情までははっきりと見えませんがきっと、穏やかな笑みを浮かべているのでしょう。


「庭師さん。お庭のロアエスのお花、ナイアさんへの手向けに供えさせていただきますね」


 庭師はゆっくりと一礼をしました。


「執事さん。ご主人の、最期の旅立ちです。あなたが玄関を開けてください」


 執事は扉を開きました。


「騎士さん。ナイアさんの目的地までの、護衛をお願いします」


 騎士は剣を掲げました。


「では。ナイアさんはお疲れでしょうから、代わりに私が――ナイアさんの最後の友である、フィオナ・マクヴェーグが代わりに皆さんへ」


 玄関を出て、屋敷の皆へと向き直り。


「行ってきます」

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